第19話 叙任式
「殿下、失礼します」
部屋に入ってきたオリヴィエを見て、イレーヌは思わず歓声を上げそうになった。が、辛うじて王女の威厳で堪える。
叙任式本番の今日、オリヴィエが纏っているのは護衛騎士専用の制服。騎士団の制服とは異なり、オリヴィエだけのために作られた、特注の制服である。
歴代の護衛騎士はそれぞれ、主人の好みや本人の希望によって制服のデザインを決めていたわ。
オリヴィエは動きやすければいい、と言っていたから、これはほとんどわたくしが決めたデザインなのよね。
デザイナーと直接やりとりをし、細部にこだわって決めた制服だ。
主人として、護衛騎士に立派な制服を作ってあげるのも重要な仕事だもの。私利私欲を満たすためのワガママなんかじゃないわ。
と、内心で誰にともなく言い訳をしつつ、オリヴィエを頭の先から爪先まで凝視する。
長い髪はいつも通り後ろで一つに結んでいる。動きやすさを重視して耳飾りはつけていないが、シンプルな首飾りが彼によく似合っている。
丈夫な金の鎖に、王家の家紋が刻まれたペンダントトップ。中央には、イレーヌの瞳によく似た水色の宝石。
そしてなにより、イレーヌが気合を入れて作らせた隊服だ。
基調とする色は黒にした。白と悩んだが、汚れが目立たない方がいいだろうと思ったから。
動きやすいように、華美な修飾はない。けれどその分、襟や袖口、飾り紐のデザインにこだわった。
真っ黒な制服に映える水色の飾りも、もちろんイレーヌの瞳をイメージしたもの。
極めつけはマントだ。漆黒のマントの裏地は深紅。マントの裏地を血の色にする、というのは、セシリアがくれたアイディアだ。
返り血が目立たないように、なんていう物騒な理由だけれど、これもオリヴィエによく似合ってるわね……!
「殿下。殿下。……殿下!」
「へっ!?」
何度も大声で呼ばれるまで、イレーヌはオリヴィエからの呼びかけに気づくことができなかった。
もちろん、見惚れていたからである。
だって、あまりにも似合ってるんだもの!
「そんなに見て、なにかおかしなところがありましたか?」
「な、ないわよそんなもの! あるわけないじゃない!」
とっさに口から出たイレーヌの言葉に笑ったのはメイドたちである。
若いメイドたちはまだ遠慮気味だが、幼い頃から傍にいるデボラなどは、口を大きく開けて笑っている。
「馬車の用意はもうできています。お手をどうぞ、殿下」
差し出された手のひらに、そっと自分の手のひらを重ねる。
騎士が主君をエスコートするのは当たり前のことで、これはイレーヌが誰かと婚約・結婚をするまで続くことだ。
明日からは毎日、オリヴィエに会うのよね。
護衛騎士は基本的に、主君に常に付き従う。もちろん、四六時中一緒にいるわけではない。
騎士として訓練する時間が必要だからだ。
ただ、朝と夜には必ず顔を見せることになっているし、外出時や公式行事の際は付き添うことになっている。
今までとは、顔を合わせる頻度も変わってくるだろう。
別に、楽しみってわけじゃないけど。
◆
宮殿前に用意された馬車は、屋根のないパレード専用の物だ。馬車を引く馬は立派な白馬である。
宮殿を出発し、王都を一周する。そして王都の真ん中にある広場で、民衆に囲まれて叙任式を行う。
広場には王妃や貴族たち専用の席が用意されているが、一般に開放された席もある。
昨日の夜から場所取りに勤しむ者がいたと、メイドが教えてくれた。
国民の前に顔を出す公式行事って、そんなに多くないのよね。
短時間だけど、どうにかしていい印象を残さなきゃ!
入念にメイクをして髪型も整えた。ドレスも、豪華すぎないが似合う物を選んだ。
セシリアに付き合ってもらって、叙任式の流れは何度も練習している。失敗するはずがない。
二人を乗せた馬車が、ゆっくりと動き出す。城門の外へ出た瞬間、わああっ! と歓声に包まれた。
微笑みを浮かべ、手を振って国民に視線を向ける。
なるべく一人ひとりと目を合わせるように、とは意識しているものの、さすがに全員とは無理だ。
ちら、と横を見ると、オリヴィエはにこりともせずに周りを見ている。馬車の周りには騎士団が護衛についているが、だからといって、警戒を怠るつもりはないのだろう。
相変わらず、仕事熱心ね。
それに、国民からの人気とりには関心がないみたいだわ。
もう少し愛想がよければ、オリヴィエも護衛騎士として民衆から爆発的な人気を得られるだろう。
アドバイスしてあげようかしら……とほんの少しだけ思ったが、すぐにやめた。
人気になりすぎたら、仕事がおろそかになるかもしれないものね!
◆
二人が広場に到着したのは、昼過ぎだった。予定通りの時刻である。
パレードと違い、広場では長い時間イレーヌの姿を見ることができる。そのため広場の周辺には、今までとは比べ物にならないほどの民衆が押し寄せていた。
わたくしを見て国民が喜んでいるのは、なんだか不思議な気分だわ。
みんな、わたくしの死刑を笑って見ていたのに。
馬車を下り、広間の中央へ真っ直ぐに進む。予定通りオリヴィエが膝をつくと、所定位置に待機していた騎士団長がイレーヌに一本の剣を手渡した。
あまりにも重い剣は、両手で持っても地面に落としてしまいそうだ。しかし、そんな失敗を犯すわけにはいかない。
この日のために、これを持つ訓練だってちゃんとしたんだもの!
国で一番と称される鍛冶屋に依頼し、オリヴィエの体格に合わせて作ってもらった一級品だ。
かなりの値段だったが、この値段だけは抑えようとは思わなかった。
「オリヴィエ」
深呼吸をし、ゆっくりと剣を動かす。剣先をそっとオリヴィエの肩において、イレーヌは何度も練習した台詞を口にした。
「オリヴィエ・フォン・リシャール。貴方を、わたくしの護衛騎士に任命します」
わあっ! と一際大きい歓声が上がる。立ち上がったオリヴィエはイレーヌから剣を受け取り、歓声を打ち消すほどの大声で宣言した。
「この命に代えても、殿下を永遠に守り続けることを誓います!」




