第17話 遠慮は無用です
「叙任式について、ですか?」
「ええ。オリヴィエの意見を聞こうと思って」
「それでわざわざ、ここまで?」
「……そうよ」
騎士団の昼休みを狙って、わざわざ訓練場までやってきたのだ。
しかも、せっかくですから、とメイドたちに言われるがまま、茶会時のように着飾った姿で。
長い髪は複雑な形に結い上げられ、オフショルダーの首元には大きなアメジストのペンダント。
わざわざオリヴィエの瞳と同じ色の宝石を選んだのはデボラである。
「お呼びしてくだされば、すぐにうかがいますよ」
「訓練の邪魔をしたら悪いでしょ? ほら、わたくしはこの時間、特に予定もないもの。あっ、オリヴィエは午後の訓練があるんだから、食べながらでもいいのよ」
そう言えば、騎士団の皆はどこでどんな昼食をとるのだろう。
気になって周囲を見てみると、訓練場から出ていく者もいれば、その場で持ってきた何かを食べ始める者もいた。
「オリヴィエはいつも、昼食はどうしてるの?」
「食堂を利用していますよ」
訓練場から少し離れた場所に、宮殿で働く者が使用できる食堂がある。
貴族も多数利用することもあって、それなりに美味しい料理が出る……と聞いたことはあるけれど、実情は知らない。
「わたくしも一緒に食べてみていいかしら?」
「はい?」
「気になるわ。普段、オリヴィエがどんな食事をしているのか」
セシリアと話すまで、平民がどんな扱いを受けているかを知らなかった。
騎士団の訓練場に行くまで、騎士たちがどれほど大変な訓練をしているか知らなかった。
何事も、実際に見なければ分からないことはたくさんある。
「だめかしら?」
「……殿下が食堂に行けば、かなりの騒ぎになるかと思いますが」
オリヴィエの言う通りだろう。王女であるイレーヌは好き勝手に宮殿内を動けるが、どこにいたって目立つ。
とはいえ。
「行ってみたいわ。ねえ、オリヴィエ、おねが……」
って、危ない!
だめじゃない、わたくしったら! つい、ワガママを発揮しちゃうところだったわ!
食堂の様子を視察したい、という理由があるにせよ、騎士を困らせるような発言をするのは立派なワガママだ。
「殿下?」
「わ、分かったわ。そうよね、騒ぎになっちゃうわよね。昼休みの時間をもらってしまうことになるけれど、どこか別の場所で……」
「殿下」
いきなり手首を掴まれ、驚いて顔を上げる。目が合うと、オリヴィエは溜息を吐いた。
どうしよう。ワガママだって、呆れられちゃった!?
きっと相手がオリヴィエだから、気が緩んでしまったのだ。
「行きましょう」
「え!? でも……」
「宮殿内でなら、騒ぎになったとしても構わないでしょう。別に、なにか問題があるわけではありません」
そう口にして、オリヴィエは食堂へ向かって歩き始めた。もちろん、イレーヌの手首を握ったまま。
どういう心境の変化だろうか。ワガママに呆れたけれど、王女の願いは叶えなければ、と思ったのだろうか。
「オリヴィエ、本当にわたくしはもう……」
いいの、と言うより先に、オリヴィエが急に立ち止まった。そのまま身をかがめ、イレーヌの瞳をじっと見つめる。
「殿下は顔に出すぎです」
「えっ?」
「それに」
急にオリヴィエが笑って、その瞬間、彼の背後に大輪の花が見えたような気がした。
もちろん、ただの勘違いだ。分かっている。
それなのに、汗の匂いがするはずのオリヴィエから、甘い薔薇の匂いがする。
「俺は殿下の騎士ですよ。遠慮は無用です」
なによ。なにそれ。
そんなこと言って、前はわたくしのこと、ワガママ王女だって嫌ってたじゃない。
今度こそ、オリヴィエの忠義に報いたい、いい主人になりたいと思っていた。
だからオリヴィエの前でも、ワガママな本性は隠さなければ、と。
なのにこんなことを言われたら、つい、本性が出てしまいそうになる。
「それより、早く行きましょう。食堂は混雑しますから。殿下も、他人を押しのけて席に座りたいわけでもないでしょう」
◆
食堂、と言っても、宮殿内にある以上、それなりに立派な施設である。
長テーブルの他にいくつかテーブル席、テラス席があり、給仕係のメイドに食べたいメニューを注文する仕組みだ。
昼時の食堂は文官、武官が入り混じり、かなり混雑している。イレーヌが入ってきた瞬間に、彼らは悲鳴に近い声をあげた。
「で、殿下!?」
「姫様!?」
それもそのはずだ。
普段イレーヌは基本的に部屋でしか食事をとらない。そんなイレーヌが食堂にやってきて、空いているテーブル席に腰を下ろしたのだから。
戸惑いつつ近寄ってきた一人のメイドに、オリヴィエは慣れた様子でサンドイッチとスープを注文する。
食堂では食べるのに時間がかかるメニューは提供されず、利用者も早く食べて席を立つのが暗黙のルールだという。
「わたくしも、オリヴィエが頼んだ物と同じ物を」
「ひ、姫様が召し上がるようなものでは……」
食堂で働くメイドは、イレーヌ付きになるようなメイドとは違う。おそらく平民で、裕福な家の生まれでもないだろう。
そのためイレーヌを前にした彼女は、哀れなほど震えていた。
「大丈夫だ。殿下は、日頃ここで提供されている物に関心を持ってきてくださったんだからな」
オリヴィエに声をかけられると、メイドはようやく安心したような表情になった。
……っていうか、ちょっと距離近くないかしら?
食堂に頻繁にきてるから、この子と顔見知りなの?
「殿下? どうかしましたか」
当たり前だが、メイドに対するものとは違い、距離を感じる敬語である。
「別に。……それより、貴女」
「は、はいっ!」
緊張したメイドに、穏やかな笑みを向ける。そして、意識的に優しい声を出した。
「急にきてしまって、迷惑をかけてごめんなさいね。わたくしがきたからと言って、変に気を遣わなくていいわ。他の人と同じように扱ってほしいの」
「姫様……!」
感極まった様子の彼女の手をぎゅっと握り、よろしくね、と伝える。彼女は真っ赤になった顔で何度も頷き、厨房の方へ走っていったのだった。




