第15話 ちょっとわたくし、まずいんじゃないの?
「そんなにオリヴィエがいいなら、最初から言ってくれたらよかったのに。ねえ?」
アゼリーがにやにやと笑いながらメイドに声をかけると、メイドたちもにやにやしながら答えた。
「はい、王妃様。ですが殿下は立派な淑女ですから、恥ずかしかったのかもしれません」
「でも、どうしてもオリヴィエ様に騎士になってほしくて、我慢できなくなったんですよね。本当に、可愛らしい方です!」
アゼリーはメイドからの人気が高い。というのも、彼女のメイドは大半が実家から連れてきた付き合いの長いメイドだからだ。
王妃としては欠点の多い彼女だが、身近な人間に対しては愛情深い性格なのである。
幼い時からアゼリーに仕えていたものの、結婚を機に離職したメイドがいた。
そのメイドに子供ができないことを理由に酷い扱いを受け、離縁させられた際、アゼリーは激怒した。
再びメイドとして雇うだけではなく、夫に対しては厳しい罰を与え、夫が営んでいた商家は潰れたのだ。
このエピソードは、アゼリーの身内に対する愛情の深さ、そして他者に対する厳しさを表すものとして、宮殿内外で有名な話である。
「ほら、イレーヌ。貴女が選んだのだから、オリヴィエにも直接伝えてあげなさい。ふふ」
オリヴィエを騎士にしたい、というイレーヌのワガママをアゼリーは受け入れてくれたようだ。
しかし……どうして、これほどにやにやしているのだろうか。
それに、オリヴィエの顔も真っ赤だわ。
立ち上がりつつ、先程の自分の言動を振り返る。とにかくオリヴィエを騎士にしたくて必死だっただけなのだが……。
「オリヴィエ」
名前を呼ぶと、オリヴィエはすぐに跪いた。騎士として正しい姿である。
やっぱり、オリヴィエほどの騎士はいないわ。わたくしの目に狂いはなかったわね。
「貴方を、わたくしの騎士にしたいわ」
「一生、命をかけて殿下をお守りいたします」
一生、なんて言葉も、命をかけて、なんて言葉も、オリヴィエ以外の者が口にすれば軽く聞こえるだろう。
だが、オリヴィエの言葉は特別だ。耳に心地よい低い声が、イレーヌに安心感を与えてくれる。
「オリヴィエ……」
「未熟な点も多々ある身ですが、俺を選んでよかったと言っていただけるよう、頑張ります」
「貴方以外選ぶわけないじゃない!」
つい即答してしまうと、オリヴィエの頬はさらに赤く染まった。
しかも、背後からはアゼリーとメイドたちの楽しそうな笑い声がまた聞こえてくる。
またやっちゃったのかしら!?
でも、仕方ないじゃない。前はちゃんとオリヴィエに応えてあげることができなかったんだもの。今度こそ、オリヴィエの忠義に報いたいのよ。
「……殿下、あの……」
一瞬顔を上げたオリヴィエは、すぐにまた俯いてしまった。
その拍子に髪が揺れ、耳飾りが見える。男性用のシンプルなデザインの物だが、水色の宝石は彼によく似合っていた。
邪魔だからって、装飾品は嫌いなはずなのに。
「その石、似合ってるわね。アクアマリンかしら?」
「……申し訳ありません、殿下。宝石には疎く、何の石かは知らないのです」
「あら、そうなの?」
「はい、ただ……」
再び顔を上げたオリヴィエと目が合う。
「殿下の瞳の色と、似ていましたので」
「だから選んだの?」
「はい」
オリヴィエらしい理由だな、と思う。
宝石に興味がない彼としては、装飾品なんてなんでもよかったのだろう。だからこそ、イレーヌの瞳に似た宝石を選んだに違いない。
きっとそれは、王妃も気に入る色だろうから。
「殿下の色が似合うなんて、光栄です」
だからきっとこの言葉も、ただのお世辞。分かってはいても、微笑みながら言われると少しだけどきっとしてしまう。
だってオリヴィエ、普通に格好いいんだもの!
昔は、正直なところ、オリヴィエの見た目なんて全く好みじゃなかった。大きすぎる身体はなんだか怖いし、上品に思えなかった。
落ち着いた黒髪よりも華やかな金髪が好きだったし、騎士ではなく、貴公子らしい見た目の人が好みだったのだ。
でも今は違う。軟弱な男ではいざという時に役に立たない。
心身ともにたくましい男こそが、最も魅力的だ。
「殿下? どうかしましたか? 先程から顔が赤く、体調が悪いようですが」
「へ? えっ、い、いや、なんでもないわよ!?」
もしかして、わたくしがドキドキしているってバレたの!?
焦って否定したが、オリヴィエは心配そうな顔をしたまま。どうやらドキドキには気づかれていなさそうだが、引き続き体調不良を疑われているらしい。
どうしたものか、と悩んだイレーヌの背後から声を出したのはアゼリーである。
「オリヴィエ。騎士として最初の仕事よ。イレーヌを部屋まで運んであげて。体調が悪いのに、歩かせるのは可哀想だわ」
「かしこまりました、王妃様」
立ち上がると、オリヴィエは深々と頭を下げた。
そして、失礼します、とイレーヌをあっさり横抱きにする。
これって、お姫様抱っこ!?
たくましい腕は、軽々と重たいドレスを纏ったイレーヌを支えている。落とさないように、と丁寧に持ってくれているからか、やたらと顔が近い。
「殿下。すぐにお運びしますから」
「え、ええ、ありがとう……」
しかも今日のオリヴィエは美しく着飾っていて、なにやらいい匂いまでする。
ちょっとわたくし、まずいんじゃないの?
命をかけて自分を救ってくれた騎士。しかも見た目もよくて、仕事熱心。
条件だけを考えれば、ときめくのは当たり前な気すらしてくる。
いやいや、これは違うわ。
いつもと違うギャップに驚いて、少しドキドキしちゃってるだけ! そうよね?
「殿下」
「な、なに!?」
「殿下は軽すぎます。きちんと食べていらっしゃるんですか。身体がしっかりしていないと、体力もつきませんよ」
前のイレーヌなら、うるさいわね! とでも怒鳴っただろう。イレーヌが華奢なのは体質ではなく、努力の賜物なのだから。
なのに、なんで……? なんでオリヴィエの顔が、こんなに輝いて見えるの!?




