第12話 王女様の騎士選び
「今日は、本当にありがとうございましたわ、イヴァン殿」
そう言ってイレーヌが頭を下げる頃にはもう、すっかり外は暗くなっていた。
「こちらこそ。殿下が騎士団にここまで興味を持ってくださっているとは……それに、あの子も」
ちら、とイヴァンはセシリアへ視線を向ける。
「友人とお聞きしていたので、少々勘違いしておりました。思っていた以上に聡明で優秀で、殿下が身分問わず優れた人材を登用しようと考えているのだと分かりましたよ」
「イヴァン殿……」
「俺としても、同じ気持ちです。身分なんぞ、戦場じゃ何の役にも立ちませんからね」
豪快な笑みを浮かべた後、ちょっと言い過ぎましたかね、とイヴァンは頭をかいた。
「殿下。今後も、騎士団のことをよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げられ、慌ててイレーヌも頭を下げる。
「それはこっちの台詞ですわ!」
なにかあった時、助けてもらうことになるのはイレーヌだ。というか、助けてもらわなければ困る。
そんなイレーヌの切実な気持ちを知らないイヴァンは、腰の低い王女に感激したのだった。
◆
「どうぞ、姫様。勉強のしすぎは禁物ですよ」
そう言いながら、デボラが温かい紅茶を運んできてくれた。
安眠作用のある紅茶で、近頃夜更かしが多くなったイレーヌのために母が用意してくれたものだ。
「ありがとう、デボラ。もうすぐ課題も終わるわ」
やる気を出してしまったせいで、ここのところクロエからの宿題は量が増えている。減らしてくれ、と言うわけにもいかず、困っているのだ。
でも、おかげで前よりも経済や政治の仕組みが分かってきたわ。
それにオリヴィエだってきっと、まだ自主練をしている時間だもの。
「そういえば、姫様。最近、王妃様は忙しくしていらっしゃるそうですよ?」
「お母様が? 何に?」
イレーヌの影響で無駄遣いは減ったものの、アゼリーは真面目な王妃とは程遠い。
友人を招いて茶会をしたり、父の部屋に入り浸っているはずだ。
「もちろん、姫様の騎士選びですよ。最近、姫様が頑張っておられることを王妃様は誰よりも喜んでいますから。そんな姫様に相応しい騎士を探そうと忙しくしているそうです」
「わたくしの、騎士選び……?」
男女問わず、後継者となる王族は専属の騎士を持つ。
基本的な業務は身辺警護だが、最も近しい存在となり、公私共に欠かせない相手になることも珍しくない。
でもお母様は、わたくしの騎士選びは部下に任せていたはずよね!?
アゼリーはイレーヌの騎士になる人間に、家柄と真面目さを要求した。そしてその条件で高官たちが選んだのがオリヴィエだったのだ。
「はい。王妃様は顔が広い御方ですから。いろんな方に優秀な騎士がいないかを尋ね、自ら面接までしようと準備していらっしゃるそうです」
「……お母様が?」
「姫様のために、できることは頑張りたいと励んでいらっしゃるそうで」
アゼリーの変化は歓迎すべきものだ。いくらイレーヌが頑張ったとしても、国王代理であるアゼリーがいい加減なままでは国民の不満は増えていくだろうから。
しかし騎士選びに関しては、イレーヌは変化など求めていない。
お母様が面接までするのなら、きっとやる気だって重要な判断材料になるはず。
でもオリヴィエは、王女付きの騎士になることなんて望んでないわ。
「……姫様? 顔色が悪いですよ。やはり、今日はもう休まれた方が……」
「だ、大丈夫! でもちょっと一人になりたいの。下がっていいわ」
「かしこまりました。ですが、早めにお休みになってくださいね」
丁寧に頭を下げ、デボラが部屋から出ていく。宿題は残っているが、もうそれどころではない。
どうしたらいいの!? このままじゃ、オリヴィエ以外の誰かが騎士に選ばれるかもしれないじゃない……!
王女付きの騎士が受けられる待遇に惹かれる者は多いだろう。
しかも最近、イレーヌの好感度は上がっている。それを理由に護衛騎士になることを希望する者だっているはずだ。
でもだめよ、そんなの!
だって地位や名誉目当ての人間は状況が悪くなると裏切るし、わたくしのイメージにつられた人間はわたくしの本音を知ったら離れていくかもしれないわ。
その点、オリヴィエは安心だ。彼はワガママで嫌われ者のイレーヌのことも見捨てず、真面目に仕事を成し遂げてくれたのだから。
わたくしの騎士は、オリヴィエじゃなきゃだめ。
どうにかして、それをお母様に伝えなきゃ!
◆
「お母様!」
ノックもせず、いきなりアゼリーの部屋の扉を開ける。失礼な態度だが、娘を溺愛するアゼリーは全く気にしない。
「まあ、イレーヌ。きてくれたの!?」
喜びで瞳を輝かせたアゼリーは寝間着姿だが、テーブルの上にはなにやら書類が広げられている。
少し前まで、この時間にはとっくに眠っていたはずなのに。
「お母様、なにをしていらっしゃいましたの?」
「貴女の騎士選びよ。でも、貴女がきてくれたからお茶の時間にしようかしら」
ふふ、と浮かれてメイドにお茶の指示を出すアゼリーに反応する余裕はない。
テーブルの上に置かれた書類に目を向けると、どうやら数名の履歴書のようだった。
「気になるわよね。その者たちは、騎士団からの応募者よ。貴女の騎士を探していることを告知したら、騎士団からも希望者が出たの」
「……え?」
アゼリーの言っていることが真実なら、ここにある履歴書は、騎士となることを希望した者の分だけのはず。
それなのになんで、オリヴィエの履歴書があるの!?




