第11話 オリヴィエだけ
「オリヴィエ、ちょっとこい」
訓練が終盤にさしかかると、イヴァンがオリヴィエを手招きした。走ってきたオリヴィエは大量の汗をかいているが、息は乱れていない。
「実は殿下が、剣術の稽古を体験したいとおっしゃっていてな。俺としてはお前に相手をしてもらおうと思うんだが、どうだ?」
えっ!? イヴァン殿が稽古をつけてくれるんじゃないの?
てっきりそう思っていたイレーヌが驚いていると、イヴァンは頭に手をあてて申し訳なさそうに笑った。
「殿下、すいません。俺は手加減が苦手なもので……隊長の稽古は厳しすぎると、よく新入りから言われるんですよ」
イヴァンの言葉に、無言のままオリヴィエが何度も頷く。
厳しすぎる訓練に耐えられる気はしないし、オリヴィエ相手の方が気も楽だわ。
「分かりました……あっ」
頷いた後、イレーヌはセシリアの存在を思い出した。せっかく休みをとってきてくれたのだから、イレーヌの稽古を見てもらうだけ、というのも可哀想だ。
「よかったらその間、この子の話を聞いてやってくれないかしら?」
「……彼女の?」
イヴァンが目を丸くする。おそらく、セシリアはイレーヌの友人として付き添っているだけだと思っていたのだろう。
「ええ。この子は文官として、武官のことを理解したいとここにきたんですの。よかったら、少し話をしてあげてくれないかしら?」
イヴァンに見つめられたセシリアは緊張しているものの、目は逸らさず、背筋は真っ直ぐに伸ばしたままだ。
そんな彼女のことをイヴァンも気に入ったのだろう。分かった、と笑顔で頷いてくれた。
「じゃあ、殿下の訓練はお前に任せるぞ、オリヴィエ」
「はい」
オリヴィエは大きい声でしっかりと返事をした。そして、紫色の瞳でじっと見つめてくる。
「こちらへ、殿下」
イレーヌの手をとってエスコートをする……なんて、気の利いたことはしない。それでも、オリヴィエがイレーヌの歩幅に合わせようとしてくれたのは分かる。
オリヴィエに連れられて、訓練場の端へ移動した。団員たちからの視線を感じるが、こればかりは仕方ない。
むしろ、チャンスと考えるべきだろう。真面目に訓練する様子を見せることで、彼らからの好感度を上げるのだ。
「殿下。これをどうぞ」
オリヴィエが用意してくれたのは、短刀の模造刀だ。
真剣は危ない、という配慮なのだろうけれど、短刀を渡されるとは思っていなかった。
「ありがとう」
少し戸惑いつつ模造刀を受け取った瞬間、その重さで地面に座り込みそうになってしまう。なんとか足を開いてバランスを保つと、オリヴィエが心配そうな眼差しを向けてきた。
「申し訳ありません。騎士団が所有している模造刀は全て、本物と同じ質量で作られているんです」
「そ、そうなの……」
短刀なのにこんなに重いってことは、騎士団のみんなが使っている剣はどれだけ重いのかしら。絶対、わたくしには持てないわ。
「……ねえ、オリヴィエ」
「なんでしょう」
「一度、貴方の剣を持たせてくれない? どれだけ重いのか、ちょっと気になって」
持てないだろう、ということは分かるのだが、実際の重さが気になる。
そのため、何気なく口にした質問だったのだが、イレーヌはすぐに後悔した。
確か騎士にとって、剣ってすっごく大事な物なのよね!?
それを軽々しく持たせてほしいだなんて、ワガママ過ぎたかしら!?
「ご、ごめんなさい、オリヴィエ。わたくし悪気はなくて……」
イレーヌが謝罪をするより先に、オリヴィエの大きな手のひらがイレーヌの手に重なった。
「……え?」
「殿下一人では持てないでしょうから、支えさせていただきます」
平然とした表情でオリヴィエはそう言った。
なるほど。確かにそうね。オリヴィエが支えてくれるなら……って、この態勢はどうなのよ!?
まるで、背後から抱き締められているような形だ。背中に逞しい胸筋の存在を感じるし、汗の匂いがする。
わたくし、男の人とこんなに接近するのは初めてだわ……!
「殿下。大丈夫ですか。やはり重いでしょう」
「え? あ、ええ、そうね」
まずい。オリヴィエが支えてくれたこともあって、剣の重さに全く意識がいっていなかった。
改めて剣に意識を向けると、想像していたよりもずっと重い。これほど重い物を、オリヴィエは片手で軽々と扱っていたのか。
「殿下は背も低いですし、手も小さいでしょう。大きな剣を扱うには向きません。それより、自分に合った物で鍛錬すべきかと」
イレーヌから離れつつ、オリヴィエは真面目な顔でそう言った。
あまりに近すぎた距離のことなんて、気にしてもいないのだろう。
そういう男だものね、オリヴィエは。
色恋沙汰になんて全く興味がなくて、稽古一筋。
普通、わたくしみたいな美少女とあんなに近づいたら、冷静じゃいられないっていうのに。
「殿下の場合、短刀であっても両手で握った方がいいでしょう。まずは握り方の確認です。いざという時、手から落としてしまってはいけませんから」
「分かったわ」
「その持ち方じゃだめです。いいですか、殿下……」
顔を上げると、思いっきり目が合ってしまった。意外と睫毛が長いのね、なんてことを考えながら、言われた通りに短刀を握る。
「そうです、殿下。では、次は一度振ってみましょうか。構えは……」
どうしてだろう。以前はこの真面目さが、どうしようもなくつまらなく思えていたというのに。
今は、ほっとする。きっと他の誰といても、同じ気持ちにはならない。
だってオリヴィエだけなんだもの。わたくしを見捨てないでいてくれたのは。




