第1話 ワガママ王女、老衰を決意する
「お逃げください、イレーヌ様……!」
敵と斬り合いを続けながら、オリヴィエが必死の形相でそう言った。しかし多勢に無勢。既に宮殿中に敵が溢れかえっていて、逃げられるところなんて見つからない。
どうして? どうして、こんなことになってしまったの?
わたくし……イレーヌ・フォン・ティーグルは、この国の第一王女。
生まれながらにして跡継ぎになることが決定していた、この国の次期最高権力者。
欲しい物は全て手に入り、嫌いな人間は皆追いやることができる。
そんな、誰もが羨む立場にいるはずだった。いや、いたのだ。
それが今、宮殿には隣国の兵士が侵入し、イレーヌを守るべき近衛兵たちは敵の味方になってしまっている。
たった一人、イレーヌ付きの騎士・オリヴィエを除いては。
革命だ。
国内の反体制派が隣国と手を組み、イレーヌを殺そうとしている。
お母様は? お父様は? もう、殺されてしまったの?
「イレーヌ様! さっさと逃げてください!」
「……なんで、わたくしを守ってくれるの?」
革命の原因は単純明快。度重なる圧政が、民衆を苦しめたからだ。
イレーヌのもとにも、苦しむ民の声は届いていた。しかし、特に気にしたことはなかった。
美味しい物を食べ、派手な舞踏会を開き、高価なドレスや装飾品を買いまくった。
ひたすらワガママな生活を続けた結果が、これだ。
「貴女が王女で、俺が貴女の騎士だからです」
そう答えたオリヴィエの表情は暗く、彼の身体に限界が迫っていることを示していた。それでもオリヴィエは戦うことをやめない。
騎士として、王女を守るために。
……オリヴィエはきっと、わたくしのことなんて好きじゃない。
ワガママな王女だと、嫌っているかもしれない。
なのに。
今、オリヴィエだけがわたくしを守ってくれている。もう、王女として何も与えられなくなってしまった、このわたくしを。
「オリヴィエ、わたくし……!」
なにを伝えたかったのかは分からない。それでもなにか伝えなきゃ、そう思った。
だけど。
その瞬間、オリヴィエは死んだ。
オリヴィエに致命傷を与えた金髪の男は、確か隣国の第二王子。
「もう、誰も貴女を守ってくれませんよ。イレーヌ殿下」
捕えろ! と彼が部下に命じると、イレーヌはあっという間に兵士たちに囚われてしまった。
◆
生まれながらの王位継承者、この世界の全てを手にしていると評された、美貌の王女。
イレーヌ・フォン・ティーグルは翌日、民衆の前で処刑された。
圧政に苦しんだ国民は、彼女の処刑を大喜びし、新しい時代の到来を祝福したという。
◆
「どうして、こんなことに……!」
ガバッ! と勢いよく起き上がった瞬間、視界に煌びやかな部屋が飛び込んできた。
椅子もテーブルも絨毯も、全ての家具が特注で作らせた一級品。しかも、前の物は飽きたから、なんて理由で、2週間前にすべて新調した物だ。
「え? 待って、どういうこと……わたくし、どうして生きて……?」
混乱したままベッドから下り、鏡の前に向かう。そこに映っているのは、間違いなく自分自身だった。
ただし、若返っている。
処刑されたのは、19歳の誕生日。華々しいパーティーの主役になるはずだった日に、イレーヌは処刑されたのだ。
しかし鏡に映るイレーヌは、どう見ても19歳には見えない。
「いったい、これは……」
突如、鋭い頭痛がイレーヌを襲いかかった。
そして思い出す。
イレーヌは今、14歳。
蝶よ花よと育てられ、次期最高権力者としてちやほやされる日々を送っている。
「……じゃあさっきのは、ただの夢?」
いや、違う。ただの夢だと思うには、あまりにもリアルだった。
「もしかして、予知夢……?」
根拠はない。けれど確信はある。きっとあれは、イレーヌの未来だ。今のまま生きていたら、19歳の誕生日にイレーヌは死んでしまう。
「ど、どうしましょう……!?」
青ざめたイレーヌが両手で頬を挟んだ瞬間、部屋の扉が開いた。慌てて室内に入ってきたメイドが5人、床に額をこすりつけて土下座する。
「申し訳ございません、イレーヌ殿下! 殿下が目を覚ますよりも後にきてしまうなんて……」
「どうかご容赦を、殿下……!」
イレーヌは毎朝、メイドに起こしてもらっている。予定を完璧に把握したメイドたちが、イレーヌの起床時間を管理しているのだ。
起きた後はすぐに蜂蜜がたっぷり入った果実水を一杯。
その後、部屋でゆっくりと朝食をとってから身支度を整える。
それが、イレーヌの毎朝のルーティーン。
ほんのちょっとでもそれが崩れた時、イレーヌは烈火のごとくメイドを叱責していた。
「……貴女たち」
いつものイレーヌなら、今だって怒鳴っていただろう。
『どうして、わたくしが起きる前にこないのよ!?』
そう言って、朝から彼女たちを罵っていたに違いない。
しかし、今朝のイレーヌは違った。なぜなら……。
そんなことをしていたから、わたくし、メイドにも相当嫌われていたんですわ!
「顔を上げなさい」
ゆっくりと顔を上げたメイドたちが、涙のたまった瞳でイレーヌを見つめる。
そんな彼女たちを見ていると、今までの自分がいかに愚かだったかを実感した。
王女だからと偉そうにして、ワガママに振る舞って。
みんなわたくしの言うことを聞いてくれたけれど、でも、裏ではみんなわたくしを嫌っていたわ。
身分が低い人間に嫌われたところで、何の問題もない。
そんなイレーヌの考えは、間違いだったのだ。
「わたくしがたまたま早く起きただけよ。気にしないで」
「イレーヌ殿下……?」
「それより、今日も朝からご苦労様。ありがとう、みんな」
天使のような微笑みを浮かべるイレーヌに、メイドたちは全員混乱した。
ワガママな王女としてみんなに嫌われて、処刑されるなんてまっぴらよ!
あんな夢の通りになんて、絶対させないわ。
19歳の誕生日に死ぬなんて嫌だ。
絶対、もっと長生きしたい。
それに、わたくしの処刑を全国民が笑って祝福するなんてごめんだわ!
決めたわ。
今度の死因は、絶対、老衰よ!
全国民を、わたくしの老衰による悲しみで絶望させてやるんだから!




