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嗚呼人生の冒険者よ。  作者: 素衣氷菓子
プロローグ
1/1

プロローグ

1

プロローグとは。

簡単に言うのなら、それはこれから始まる物語の書き出し部分である。

これは自分の身に起きてしまった最悪な出来事……過ぎてしまった、絶対に戻ることの無い時間のうちの、その一端である。

まぁここで最初に記すとすれば、これはただの個人が書き残したかった書記に過ぎない。話口調に書くこともあれば、よく見る書記のような知的めいた書き方をする事を、許して欲しい。

しかし、ここに書く事は全て、ひとつひとつ間違いなく、本当に起きた事だ。

前置きはここまでとして、これから書く物語を楽しんで欲しい。ためにならない様なことを書き続けるだけの、娯楽として。想いを馳せる為の、空想として。それでも本当に起きた出来事なのだと言う者の、戯言として。


2

僕は高校生の頃まで、1人で本を読むのが好きだった。

教室の片隅で、外の音を聴きながら読む本はとてもいい時間だった。

風の音。サラサラと音を立てる木々の葉の音。外ではしゃぐ男達と、対照的に教室で話に花を咲かせる女達の音。環境が変わればその音も変化を見せ、それすらも楽しんでいる自分がいた。

友達がいなかった。という訳では無いが、話したい時に話したいことを話すような、そんな友達だった。

故に、周りからは内気なヤツ、という印象をつけられていた。仕方ない事だ。ずっとひとりで、教室の片隅で本を読む奴ほど存在しうる不気味さはこれ以上ない。

逆に言えば、その不気味さは僕を助けてくれていた。特にいじめられることも、からかわれることもなく、静かに学生生活を送らせてくれる要素のひとつだった。

さて、あらかじめここで語っておくならば、僕が呼んでいた本の系統についてだ。所謂 「転生モノ」である。

ここでは馴染みの多い者が大半であろうことから説明は省かせてもらうが、その転生モノが好きで読んでたかと言われると、そういう訳ではなかった。

たまに話す友達。その友達と話を合わせる為に読んでいた。

孤立は怖い。孤独は怖い。しかし、対人は腹の奥底が見えない故に、さらに怖い。

恐怖心を誤魔化す為に、その友達と話を合わせていった。そのうちの一つだっだ

その友達は中でも、「異世界で主人公が無双する」タイプが好きらしい。控えめに言って、冗談じゃない。

一般人というのは、なにか飛び抜けて才能がある事に惚れてしまうらしい。一体何がいいのか。

逆張りに近しいかもしれないが、本心なのだから仕方ない。別に無双系が苦手なだけで、通常の異世界モノには抵抗がない。どうせならそういうところで話の会う友達が欲しかったとつくづく思うものである。

しかし高校生までの生活の間には、本当に話の合う友達というのは出来ずただただ時間が過ぎていった。

本当の話すべき、話したい物語の始まりはここからだ。


3

大学はつまらない。高校までの生活と同様に、友達というものがいない。

まぁそれだけならいいのだが、つまらない講義は長く、サークルとかいう活動もあまり好きではない。どうやら飲みサーヤリサーという類のものが、残念な事にこの大学にもあるようで。

めんどくさいが、やらなければならない事はしっかりとこなす。金を払って授業を受けているのだ。当たり前ではあるが。

必要な講義に出て、カタカタとノーパソのキーボードを叩き、期限までに課題を提出して。当たり前を当たり前にこなし、たまにバイトに時間を費やす。そんな大学生活を続けていた。

本を読む習慣はすっかりと身体に染み込んでしまい、講義と講義の間の空白の一コマに、席に居座り本を読んでいた。最初こそ注意を受けていたが、毎度のように席に居座る様子を見て観念したのか、声をかけられることはなくなった。

一人で本を読み続け、一人で講義を受け続ける毎日。特に変わったことの無い生活をひたすら続けていた。

今日もまた本を読んでいた。特に興味も受ける必要も無い講義で、教室の隅で。大学に来てから3ヶ月が経とうとしていた頃の事だったと思う。

「君、何読んでんの?」

そう聞こえた気がした。隣から、それもすぐ近くだった気がする。僕には関係ないと、自分が話しかけられている訳では無いと思っていた。思うようにしていたの方が正しい気がする。

しかし、何故か異様に顔の近くに人の気配がする。正直、とても気が散って仕方ない。

「はぁ。」と一息溜息をつき、栞と一緒に本を閉じて違和感のする方に顔を向けながら言い放とうとした時だ。

「あのさぁ、気が散る……」そこまで言った時だった。顔が合った。

いや、顔が合うのは当たり前なのだが、思った以上に顔が近かった。誇張抜きに、鼻と鼻が触れ合ってしまいそうなほどに。

それほど近くにあった顔は、言うならとても秀麗な美男子、のような顔つきだった。けど何か変だ。変なんだ。鼻と鼻が触れ合いそうな距離だからこそわかる。その違和感に気づいた瞬間、思わず顔を外の方に逸らした。

あいつ、いっちょまえにメイクしてやがる!

いや、考え直せば当たり前のことである。かく言う僕も多少は気を使っている。寝癖でぐちゃぐちゃな髪を整えたり、髭を剃ったり、いや、これくらいは当たり前か?

などと考えをまとめようとしてみるも脳がそれをさせない。

よく分からないが、もう一度恐る恐る顔を向けてみた。今向いている反対側の、あの顔の方へ。

しかしどうだろう。先程見合ってしまった顔は、ノートとペンを用いて教授の講義を受けている。

先程までの出来事はなんだったのだろうか。気でも触れてしまったか?読んでいた本が、いや、触れないでおこう。そう思ったが、正直気が気でない。冷や汗を出していると、見ていた顔とまた見合ってしまった。

「……君って、そういうの読むんだね。」

そういうと、その顔をまたノートに向け、ペンを動かしていた。

最悪だ、本当に。どうしてこうもタイミングの悪い事だろうか。ただまぁ、今後関わることも無いのだろうから、気にしなくても、いや、それ以前のこの恥ずかしさたるや。なんだかムカついてきた。

よく考えろ。図々しくも勝手に横から見入って来たのはあいつだ。僕に非は無いだろう?あぁ、悪いのはあいつだ。許せない。本当に。

「その言い草はないだろ、勝手に覗き込んできたくせ。人のこと言えるような立場じゃないだろ。」

自分で言っておいてなんだが、割と的はずれな発言な気がしていた。隣に座る彼は「んー?」と、ペンを走らせながらこういう。

「ちょっとからかいたかっただけだよ。だってその本、私も知ってるし。」

「からかいたかったって君……いや、待ってくれよ、知ってるだって?」

「もちろん。だってそれ、2015年には原作完結した小説でしょう?そろそろ10年も経つのに今読んでるんだ〜って少し前から思ってたんだよね。」

驚いた。ちゃんと知っている上で、そういう描写がある一瞬の所を覗き込んだ上でからかわれた。あまりにも腹立たしい。そして策士だ。ちくしょう。

「わかってるならからかうなよ、同じ男だろ……いい趣味してんのな。」

そう悪態を吐くと、彼は一瞬キョトンとし、表情を改めるとこう言った。

「何言ってんの?私女だよ。」

「……は?」

キョトンとしていたのは、どうやら僕の方だったみたいだ。

4

趣味の合う彼……いや、彼女とは打ち解けるまでに時間はかからなかった。趣味や趣向が合うのはもちろんだったのだが、容姿にあまりにも女としての雰囲気を感じさせなかったのだ。なるほど、これが子供の頃の幼なじみが女だった的なやつなのか。多分違うのだが。

そして1番に、煩いのだ。今まで1人でいる時間の方が長かった故にとてもうるさく感じた。

だが、不思議と心地が良いとも感じた。

その心地良さにズルズルと引ずられ惹きずられていった。

月に1度程、映画に行くこともあった。色んなジャンルを2〜3本見て、終われば近くのファミレスで感想戦。まっすぐそれぞれの家に帰る。男同士の馴れ合いに近しい関係で、ずっと日々が流れていた。

流れて、いてほしかった。

半年が経った頃だろうか。もう少し経っていたかもしれない。11月も終わる頃だった。その日も映画を見て帰る時だった。僕にとっては突然だったが、彼女にとってはそうではなかったのかもしれない。

「そろそろさ、私の事をちゃんと見てくれても良いんじゃないかな。」

隣に立って歩いていたはずの彼女が後ろで立ち止まり、そう語った。

何を言っているのか最初はわからず、「何を……」と声に出し後ろを振り向き顔を見たその時に感じた。

吐く息はとても白く、それに比べ顔はとても赤くなっていた。彼女は俯いていた。それでもわかってしまうほどに。

そして僕は自分のどん臭さに過去一番に後悔しただろう。

「君って、そんな顔見せる人間なんだな。」

「……悪かったね、こんな顔で。」

その言葉に思わず笑いつつも、

「いいや、むしろ嬉しいよ。他の奴には見せてやりたくないくらいさ。」

「……もしかしてだけど、それってOKって事でいいの?」

「カッコつけたのに聞き返すなんて無粋だぞ!?」

「今のカッコつけなの!?……考え直した方が良かったかな。」

「わかった!待って!待ってくれ!」

両手で制止し、改まって今でも恥ずかしく思う言葉をかけた。

「僕も……いつからか君に惹かれてた。僕から言わせて欲しい。付き合って欲しい。」

彼女はその言葉を最後まで聞きいれ、

「最初に声をかけたのは私の方からだったもんね。当たり前だよ。君からその言葉を聞けて凄く嬉しい。」

そういうと、お互いに顔を見合わせた。彼女は今まで見たことないような、されどぎこちない笑顔で応えた。

「私も、君に惹かれたんだ。よろしくお願いいたします。」

5

それから1ヶ月が経たないくらいのこと。世間はクリスマスシーズンに浮かれていた。浮かれていたのは僕もだっただろうが。

正式なデートとして、彼女と映画を見に行くという予定をたてていた。浮かれていたのは世間よりも僕の方だったかもしれない。

当日、待ち合わせ場所に到着。時間には1時間ほど早い午前7時。浮かれすぎていたようだ。しかしこれほど恋愛漫画のお決まりのようなパターンを実際に行えるシチュエーションなど、この人生で以降滅多に起こらないものだ。

そしてその待ち時間に思ったのだ。僕は彼女の名前を知らない。

知らなかったのだ。

思えばずっと互いに君と呼称し呼びあっていた。待ち合わせ等もずっとお互いに口頭で。付き合ったにもかかわらず名前も知らないのはまずいのでは?というか、名前も知らないままで付き合ったというのは普通に考えればおかしいよな?

今日、一番に名前を聞こう。そんな事を考えていた寒空の朝だった。

彼女は、来なかった。

待てど暮らせど彼女は姿を表さず、13時を過ぎたところで辛抱ならず帰ることにした。

浮かれすぎていたようだ。表情はおそらく暗かっただろう。家に帰るまでその顔で。家に入り、靴を脱ぎ。部屋に入った。ベッドに座り、ただぼーっとしたままテレビのリモコンに手を伸ばし、電源を入れた。

昼過ぎということもあり、ニュース番組しか流れていない。生放送で今日起こった事件を取り上げていた。最近のニュース番組はネットを利用した情報収集がとても早く、直ぐに欲しい情報が流れる媒体となっている。それ故に、個人の尊重というものが失われている気がするが。

ふと、何故か目を奪われた。今日の事件のようなのだが、どうやら付近での出来事だったらしい。恐ろしいものだ。身近に事件は起こるもらしい。

通り魔殺人のようだ。既に容疑者は捕まり、連行されていた様子だ。服にはおそらく血がこびりついていたのだろう。強くモザイクがかけられていた。被害者も二桁に登るようで、事件の凄惨さが伺えた。

被害者、この場合はもう既に亡くなった方たちの事なのだが、写真や名前が徐々に判明し放送されていた。


遥乃 涼楓(はるの すずか)


僕は、知らなかった彼女の名前を、知ることとなった。そして、大量の涙と悔しさを吐き出していた。

6

どうなってもいい

はじめてのおもいびとだった

ひとりだったぼくにさしたひとすじのひかり

それはいまかんぜんにきえてしまった

よるにうかぶつきはひかりをはんしゃしてかがやく

かがやきをうしまったたいようは

つきをてらすこともできない

こどくのやみ

いちにちがいっしゅうかんに

いっしゅうかんはひとつきに

ひとつきはいちねんにかんじるようなながいながいじかんをさっかくさせ

なにかがこわれた

きづけばしんかんせんのほーむに

つうかえきのきいろいせんをせにして

とびこんだ

おもいたち

はしりだして

つよいしょうげきをあびて

おおくのひとをまきこんでしまった

まきこんでしまった

でも

なにもかんがえたくなかった

7

目を開いた。

視界はとてもぼやけており、何がなんなのかさっぱりわからなかった。しかし、息が苦しく感じた。辛さと、直前に感じただろう痛みを想像し、泣いた。そしてひとしきり泣いた後、眠くなった。寝てしまう直前に何か違和感に気付いたのだが、今はもう寝ることに集中してしまっていた。

「……の子よ。」

「……とう。」

ぼやける意識の中聞こえた声は、その程度の言葉でしか無かった。

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