第29話 王はとても辛い
◆国王◆
「呪海大公の娘だと!?」
国中を巻き込んだフェネシア領を巡る争いの一部始終を聞いた余は、玉座から転げ落ちる思いだった。
ここは王国で最も神聖な場所、謁見の間。
今ここには多くの貴族騎士達が集まり、そんな彼等に無様な姿は見せられぬと言う王の矜持が辛うじて堪えさせる。
「……それは誠か?」
何かの聞き間違いだろうという思いで余はカロマナの領主とレキサランの領主に確認を取る。
これは誰にも言えない事だが、元々この戦いは余が裏で糸を引いていたのだ。
カロマナとレキサランの二家が滅んだフェネシア領を狙って争いを始めたと聞いた時、余は考えた。
アンデッドが絡んでいたこと以外原因不明の理由で滅んだというフェネシア領。
領主一族の行方も定かではなく、恐らくは町と共に滅んだのであろうというのが密偵の報告から得た結論であった。
であれば困るのはフェネシア領の処遇だ。
普通に考えれば王家の直轄領になる。
王家の管理する領地が増えれば、王家の権威に繋がるし新たな公爵家が興った際に領地を与える事も出来る。
だが原因が不明な状況でそれを行えば、フェネシア領を滅ぼしたのは実は王家ではないかと疑われかねない。間違いなくそのような噂を広めて国内に不和の種をまく者が現れるだろう。
そこで都合よくフェネシア領の奪い合いを始めたカロマナとレキサランを利用することにしたのだ。
公爵家や大貴族を唆して騒動に加わるように仕向け、事が解決した後で国を巻き込んだ騒動は許せぬと勝った方に罰を与えた後、フェネシア領をこれ以上騒動の原因にせぬようにという名目で直轄領にするつもりだったのだ。
当然大貴族達も余の真意は理解していようが、彼等には復興したフェネシア領での権益を与えれば納得してくれる。
貴族社会とはそう言った言外の交渉も含めたものだからだ。
しかしだ、まさかここでよりにもよってあの吸血貴族、世界に6体しかいない吸血鬼の祖の一人、呪海大公ヴォイラード・クロムシェルの直系を名乗る吸血鬼が現れるとは予想外にも程があった。
いくつもの国を滅ぼした大吸血鬼の関係者。考えるだけで吐きそうになる。
余はそれが間違いであってほしいと思いながら、二人の領主達に視線を向ける。
本当に間違いであってくれ。
「まことです」
「あの娘は忌わしき呪海大公の娘を名乗り、王国戦勢騎士団のカームウェル殿の亡骸を我々に晒しました」
「っ! ……そう、か」
嘘であってほしかった。
呪海大公の娘である事もそうだが、カームウェルが負けたという事実がだ。
それはすなわち、我が国の最高戦力が手も足も出なかったという事に他ならないのだから。
「カームウェル殿が……」
「まさか彼が戦勢騎士団の一員だったとは……」
列席した貴族達の間に動揺が広がってゆく。
くっ、両貴族を晒し上げ王家の威信を示す為に呼び出した事が裏目に出たか。
胃が、胃が痛い!
「呪海大公、恐ろしい相手ではあるが自分の領地から出てこない事が救いだったのに……」
その通りだ。だからこそ余は、歴代の王家はいつか呪海大公を討ち滅ぼす為に戦勢騎士団を鍛え続けてきたというのに、よもやその娘にすら手も足も出ないとは!!
戦勢騎士団が勝てぬとあれば、貴族達の士気、何より王家の権威に影響する。
なんとかせねば!
「ああ、かの剣聖殿がここにいらっしゃれば」
「っ!」
そんな中、最悪のタイミングで最悪の言葉を発した者がいた。
「そうだな。呪海大公に抗しうる剣聖殿なら、新たに現れた吸血鬼であろうと恐るるに足らぬだろうに」
剣聖カロン、我が王国における最強の騎士の名。
奴が出陣する戦は必ずや国を勝利に導き、相手が恐るべきドラゴンであっても勝利を掴んできた。
そして、恐るべき呪海大公と幾度も剣を交え、勝てぬまでも生きて帰ってくるほどの凄まじき達人であった。
だが奴は強すぎた。そのあまりの強さから国内外で知らぬ者のいない名声は、時に貴族達の権力争いにも影響するほどであった。
特に奴が愛用の魔剣を手にすると手が付けられなくなる。
その凄まじさたるや、たった一人で王都に勤務する騎士団を相手どれるのではないかと思わせる程だ。
いや、実際に出来るだろう。奴は呪海大公と戦って生き延びる事が出来るのだからな。
幾つもの国を滅ぼした化け物と戦ってなお生き残れる人間の形をした化け物。
だからこそ、信用できなかった。
奴は権力や金銭では飼いならせぬ。
弱点のない怪物を誰が信用できようか。
だから、余は奴を危険と判断して裏切者に仕立て上げた。
だというのに、奴を陥れた直後にこんな事が起こるなど誰が予想できた!
うう、これ以上ヤツの事が話題に上がるのを避けねば。
「だまらっしゃい!」
ざわめく謁見の間を一喝したのは宰相であった。
「王家に弓引き宝剣を盗んで逃げだした裏切者に頼ろうなどなんたる惰弱!」
「し、しかし実際剣聖殿は何体もの上位吸血鬼を屠って来た達人。かの剣があれば此度の吸血鬼もなんとか……」
「犯罪者に頼れと言うのですか!? どこに居るのかも分からない者に? それとも貴方はかの男の隠れ潜む場所をしっておるのですかな?」
「い、いえ、そういう訳では……」
「でしょうな。もし知っていたのなら、それは王家に弓引く裏切者をかくまう反逆者という事になりますからな」
「は、はは、ご冗談を」
おお、でかしたぞ宰相。これで誰もあの男のことを話題に出しにくくなった。
余はこの流れを利用して話題を強引に元に戻す。
「報告せよ。実際に戦場を見たそなた達の口から、かの吸血貴族の血族がどれほどの力を持っていたのかを」
こうなっては情報を、敵がどれほどの力を持っているのかを少しでも知らねば。
しかし、戦場の有り様が語られるにつれ、謁見の間に集まった貴族達の顔色が悪くなってゆく。
「闇夜に紛れて毒蛇に襲われ続ける? そんなものどうやって防げばよいのだ!?」
特に貴族達が恐れたのは、毒蛇を利用した暗殺の可能性だ。
確かに、物陰に潜んで忍び寄る蛇が明確な殺意を以って暗殺者になるとあれば、これ以上ない恐ろしさだ。
小さく細い体はどこにでも潜む事ができ、一噛みされるだけで致命的な事態に陥りかねない。
解毒ポーションや解毒魔法はあるが、戦場で起きた話を聞く限り、敵は無数の蛇を利用してこちらの治療を上回る襲撃をしてくるようだ。
「たかが蛇とはいえんな……」
危険すぎる。だが危険だからと言って下手に挑んでもカームウェル達の二の舞だろう。
「……報告は以上です」
カロマナとレキサランの領主が報告を終えた事で、小さなため息がそこかしこから漏れる。
ようやく悪夢のような報告が終わったと。
「では沙汰を降す」
余は貴族達が冷静さを取り戻す前に立ちあがると、皆に聞こえるようはっきりと告げた。
「カロマナとレキサラン両名の爵位を剥奪する!」
「「なっ!?」」
突然の厳しい沙汰に場内が騒然となる。
「お、お待ちください陛下!」
「そ、そうです我等は……」
「黙れ! そもそも貴様等が欲に目が眩んで国を巻き込んだ大騒動を引き起こさねばここまで被害が出る事もなかったのだ! 素直に生存者の救助と町の調査だけをしておれば、かの吸血鬼の手がかりを見つけ、万全の状態で挑む事も出来ただろう。そうなれば結果は違ったはずだ。いかに強力な吸血鬼であろうと、日中に全軍で攻撃すれば滅ぼす事は不可能ではなかった!」
「「っ!!」」
吸血鬼、いやアンデッドを相手どった戦いにおいて、日中の奇襲は平民の子供でも知っている常識だ。
しかしこの者達が内戦を引き起こした事で、夜に強力な吸血鬼と戦うという最悪の事態を招いた。
「毒蛇の件も日中であればそこまでの被害にならなかったはずだ。全てはお前達の欲深さが原因! 恥を知れ!」
「そ、そうだ! 恥を知れ!」
「お前達の所為で私の甥は戦死したんだ!」
「そうだ! この恥知らずどもめ! どれだけの被害が出たと思っているんだ!」
やれやれ、恥知らずはどっちやら。
貴族達はここぞとばかりに欲にかられて戦に参加した事を棚上げして両名を責め立てる。
全ての責任を二人に押し付ける為に。
まぁ、その方が余にとっても都合が良いがな。
「カロマナとレキサランの町は王家の管理とする。そしてかの吸血鬼を監視する為の砦へと改装する! 処刑されなかっただけでも幸運だったと思え!」
有無を言わさず沙汰を降した余は両名を追放することで王家の権威を維持する。
それと同時にすぐさま騎士団と防衛会議を開く事にした。
同時に宰相に小声で指示を出す。
「各地に散っている戦勢騎士団を全員集めよ」
「挑むおつもりですか? ですがカームウェル達は」
「分かっておる。だがそれは戦勢騎士団の総力ではない」
カームウェル達は負けた。だがそれは王国戦勢騎士団の一部隊の話だ。
各地の戦場、ダンジョン、魔境で修行を積み力を蓄えていた騎士達はまだまだいるのだ。
それらすべてを一気に投入する。
「相手が油断している今が唯一のチャンスだ」
時間をかければかける程こちらが不利になる。
「急げよ、国の存亡がかかった戦いぞ!」
最悪の場合は、切り札の投入も考えねばなるまい。
ああ、胃が痛い……
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