第16話 領主一家の末路
「セ、セバストッ!?」
頼みの執事が倒された事で領主が動揺の声を上げる。
これで領主は完全に自らの身を守る為の手段を失い丸腰になった訳だ。
一応彼も剣を所持しているけれど、この期に及んで剣を抜いてない時点でまともに戦えるような力は持ってないのだろう。
「……お父様」
そんな領主に、アドルネルが語り掛ける。
「……?」
しかし領主は話しかけてきたアドルネルを見て不思議そうに首をかしげる。
「……誰だお前は?」
「え?」
「は?」
ちょ、ちょっと待って、何それ!? 誰だ? は無いでしょ誰だ? は! あんたの娘だよ!?
まさか忘れちゃったとか言うつもりじゃないよね!?
「わ、私です、アドルネルです」
「アドルネル? ……アドルネルだと!?」
え? ちょ、ちょっと待って、まさか本気で忘れてたの!? 自分の娘を!?
いくら塔に閉じ込めて何年も会ってなかったからって本気で忘れてたの!? 最低だこの親父!
「何故お前がここにいる!? 何故お前が塔の外にいる!?」
「それは……」
アドルネルは領主の言葉に答えようとするが、その前に領主がハッと何かに気付いた顔になる。
「まさかお前がこのバケモノを呼び込んだのか!?」
え? 何言ってんのこの男?
てかこの美少女にバケモノは失礼じゃない?
「お前がその呪われた眼で町に災いを呼び込んだのか!!」
「ち、違っ」
「なんという親不孝者だ! 今まで育ててやった恩を忘れおって!」
弁解しようとするアドルネルの言葉を遮り、領主がヒステリックに怒鳴る。
「ああ、こんな事なら情けなどかけずにさっさと殺しておけば良かった!」
は? 情け? 嘘つけ。アドルネルの記憶の中のお前は情けどころか、自分の手で殺したら外聞が悪いからって己の手を汚すことを嫌がっただけじゃないか。
っていうかさ、久しぶりに会った娘に言う言葉がそれ?
さんざん虐げてきたくせに、恩着せがましいにも程がある。
「うぁっ……」
「この疫病が……」
ボギィッ!
領主が全て言い終える前に私はその腕を叩きおった。
「ぐ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
腕を折られた痛みに耐えかね、領主が転げまわる。
「ふんっ」
バキッ、グシャ、ゴギッ
そのまま残る両足と片腕も踏みつぶす。
「アギャアッッッ!!」
痛みの余り泡を吹く領主。
「はーっ! 何か勘違いしてるみたいだけど、私は自分の意思でこの町を狙うことにしたんだよ! 誰かに誘われた訳でも唆された訳でもないんだよね」
その場にいる全員に聞こえるように、私は語る。
「この子に出会ったのも偶然。町を攻めた後で見つけたんだからこの子は無関係だよ」
そうだ、アドルネルの呪紫眼なんて私が攻めた事に何の関係もないんだよ。
その事を、はっきりと理解して貰わないとね!
「さて、夜明けも近いし、そろそろこの戦いも終わりにしようか。さーて、どう始末しようか? ああそういえば貴族の血はとても美味しいって聞いた覚えがあるね」
私は領主をこれでもかと怯えさせようと、彼に近づき牙を見せる。
「ひぃっ! 待ってくれ!」
お? 命乞いですか? 見逃す気なんてさらさら無いけど、聞くだけは聞いてあげるよ。
「わ、私の血など旨くないぞ! そ、それよりも……そ、そうだ、アレの血を吸え! アレは呪われた眼を持つ娘。邪悪な吸血鬼にとってさぞ美味い馳走だろう!」
そうしたらなんと領主は自分の血ではなくアドルネルの血を吸えと言い出した。
っていうか、呪われた血がご馳走とか邪悪な吸血鬼とか、思いっきり喧嘩売ってない?
「お、お父様……!?」
さんざん罵られただけでなく、まさかの身代わりにまでされてショックを受けるアドルネル。
その顔に父親への復讐に燃える炎の色はなく、むしろ親に捨てられた悲しみに打ち震えていた。
「アドルネル……」
ああ、そうなんだね。貴女は領主への恨みは確かにあったんだろうけど、それ以上に家族ともう一度会いたいと、叶うなら両親と分かり合いたいと心の底で願っていたんだね。
でもその願いは最悪の形で裏切られてしまった。
「……ミイラ一号君、剣を借して」
「……」
私はミイラ一号君から剣を受け取ると、それをアドルネルの前に差し出す。
「あー。やっぱあんな血を吸う気にはなれないや。だからアドルネル、これ使っていいよ」
「え?」
父親に拒絶されたショックで思考が定まらないアドルネルの手に、剣を握らせる。
「その剣は好きに使って良いよ。目の前の男に使っても、ね」
「……っ」
アドルネルは手の中の剣をじっと見つめると、ゆっくりと領主に視線を向ける。
「っっっ!」
自分が殺されると思ったのだろう。領主がビクリと震える。
「ま……待ってくれ」
領主は震える声でアドルネルに語り掛ける。
「ち、違う! 誤解なんだ」
あれだけ好き放題言っておいて一体何が誤解だというのか。
「私はお前の事を嫌ってなどいない! 寧ろ愛している! 愛しているのだ! 本当だ!」
はぁ? この期に及んで何言ってんのこの男? さっきまでなんて言ってたのか忘れた訳?
だがどうやら本当に領主は自分の言い草を忘れ切っているらしく、アドルネルに都合の良い命乞いを続ける。
「仕方なかったんだ。町を治める領主として貴族として非情に徹しなければいけなかったんだ! 私も苦しかったんだ! 本当はあんなことしたくなかった! 言いたくなかった! お前を愛してやりたかった! 本当なんだ!」
これは酷い、酷すぎる。
人間は命惜しさでここまで醜くなれるのか。
さっきは血を吸うならあっちにしろって言ってたじゃん。
ホントどの口で言ってんの。
「お父様……」
「な、なんだ?」
「私のこと……愛していますか?」
「……も、勿論だ! 勿論お前のことは愛しているぞ! 親子だからな!」
「私のことを抱きしめてくれますか?」
「お安い御用だ! 何度でも抱きしめてやる!」
「寝る前にお休みのキスをしてくれますか」
「ああ、ああ! お前が望むだけしてやるとも!!」
「…………」
「嘘つき」
ボロボロと涙をこぼし、アドルネルはくしゃくしゃの笑顔で別れの言葉を口にした。
細い腕が剣を振り上げる。
「待っっ!!」
「っっっっ!!」
ズシャッ!
あらゆる感情を込めた刃が領主に叩きつけられた。
「がぁっっっ!!」
「うっ、ああっ」
悲鳴を上げる領主に、アドルネルは再度剣を叩きつける。
「ぎゃああああっ!」
「っっ!」
悲鳴を聞くたびにアドルネルの顔が歪む。
だけどそれでも彼女の手が止まることはない。
「や、止めっ」
「あ、あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
アドルネルは何度も何度も剣を叩きつける。
剣の扱いを習った訳でもないその動きは斬るなんて上等なものじゃない。
ただただ鉄の塊を滅茶苦茶にぶつけているだけだ。
「やべ、やべで……」
振り回される刃は肉を切り、骨を折り、父親の体を責め立てる。
「あぎっ!」
激情のままに、憎しみのままに、なんで自分には一欠片でも愛情を注いでくれなかったのかと、アドルネルは剣を振るい続けた。
「あ、あが……」
四肢を砕かれた領主は抵抗する事すらできずアドルネルの攻撃に身を晒す。
血が流れ、鉄の塊に殴打され、その体は次第に熱を失ってゆく。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
そうして完全に命の熱が尽きた後も、アドルネルはそれに気付くこと無く刃を振り下ろし続けていた。
「さて、残るは母親と弟君だけだけど……」
私は父親を切り続けるアドルネルの邪魔をしないように二人の下へ近づく。
「ひっ!」
んー、どうするかな。
この二人もアドルネルの意思に任せるべきか、でも父親との決別でかなりキテるだろうし、その上母親と小さな弟まで手にかけるかもしれない選択を強いるのはきついかなぁ。
何より無垢な子供を殺させるのは流石の私でも気が引ける。
「あ、あの……」
と、母親の方が私に話しかけてきた。
ふむ、何を言うか聞いてから判断しようかな。もしここで自分はどうなっても良いから息子だけでも助けてというのなら、私からアドルネルに取りなしてもいい。
ただしそれはアドルネルの心の重荷を軽くするためだけど。
「お願いです。私達を見逃して下さい。あの人を殺してもう満足でしょう?」
「え?」
「あの子を隔離するように指示したのはあの人なんです! 私は反対したんです! それは可哀そうだって! でもあの人が呪われた目の娘を本邸置くのは恥だからって塔に隔離したんです! 私は反対したんです! 私は何度もあの子が可哀そうだから優しくしてあげるべきだって言ったんです! でのあの人が駄目だって言ったんです!」
え? 何言ってんのこのおばさん? あんたアドルネルの記憶で思いっきり嫌そうな顔して無視してたじゃん。
一度たりともアドルネルの記憶で優しくしてなかったじゃん。
父親の目を盗んで会いにきたり、使用人に命じてこっそり優しくさせたりとかもしなかったじゃん。
どの面で言ってんのこの人間?
「約束します。あの子をもう二度と悲しませたりしないと! 母親として絶対にあの子を笑顔にして見せると誓います!」
マカデミー賞女優もビックリの迫真の演技にビックリである。
この女、私がアドルネルの記憶を見た事を知らないからって好き放題言ってんなぁ。
もうね、完全にこの女を許す気は失せたわ。
弟はともかく母親は絶対許さん。
「ねぇははうえ、まだー?」
と、状況を分かっていないのか、弟君が会話に割って入る。
「ぼくねむいよー。はやくべっどにもどろうよー」
ああ、この子は本当に普通の子供なんだなぁ。
「そ、そうね。すぐにお屋敷に戻れますからね」
と、母親が弟君を優しい声で宥める。
ただしその顔には、弟君は本当に何も知らずに育った無垢な子供であることを前面に出して同情を誘おうという本音がありありと漏れている。
悪いんだけどさ、そういう人の善意に付け込む人間って、前世で見飽きてるんだわ。
「あとあのできそこないうるさいよ。はやくとうにとじこめてだまらせてよ」
「……は?」
コイツ、今なんて言った?
「っっっ!? ゲ、ゲイル、何を言ってるの!?」
「だってアドルネルってできそこないなんでしょ?」
「っっっ!!」
慌てて弟君の口を塞ごうととした母親を押しのけると、私は彼にニッコリと笑いかけながら尋ねる。
「ねぇ、できそこないって何のこと?」
「お姉ちゃん誰?」
「私は君のお父さんの知り合いだよ」
そんな事はどうでもいいからさっさと答えろ。
「えっとね。メイドたちがはなしてたんだ。アドルアルっていちぞくのできそこないがとうにとじこめられてるって。きもちわるくてしごとじゃなかったらちかづきたくないって」
「へぇ、そうなんだ。それできみはアドルネルの事をどう思ってるの?」
「え? べつに。できそこないはぼくがとうしゅになったらすてるだけだよ。メイドたちもそうしてほしいっていったし」
まるで自分は使用人の望みを叶えてあげる優しい未来の領主だとばかりに、この人間の子供は胸を張る。
「でも彼女は君の家族なんだよ? 家族を捨てるの?」
「? そんなはずないよ。ぼくのかぞくはおとうさまとおかあさまだけだよ。おとうさまもおかあさまもそういってたもん。それにできそこないがぼくのかぞくのわけないじゃない」
ああ、これは駄目だ。
いくらこの世界の倫理観が前世の世界と違うとはいえ、これはない。
少なくとも私にとっては、ない。
「ゲイルッ! ち、違うんです! これは、メイド! メイド達が変な事を吹き込んだ所為です! 決してこの子の本心じゃありません! この子は優しい子なんです!」
私は母親を無視して人間の子供に話しかける。
「ねぇ、アドルネルはずっと塔に閉じ込められていたんだよ。君が同じことをされたら凄く嫌だと思わない? 自分が悪い事をしたんじゃないんだよ? たまたま生まれた時からそうだっただけの人を可哀想と思わないの?」
「ぜんぜん。ぼくはできそこないじゃないもん。うまれたときからできそこないだったやつがわるいんじゃない?」
ボキッ
ゴトリという音が地面に響く。
「……ゲ、ゲイッッ!!」
グシャッ
「……」
私は近くにいたアンデッド達にゴミ掃除を命じる。
「はぁ、あの子に聞かれなくてよかった」
私は今起きた事を全て忘れて、今もなお父親だったモノを叩き続けるアドルネルに視線を戻す。
「うあ、あ……ああ……ああぁっ!」
既に彼女の息はあがっており、剣を振る動きもよろめいたものになっている。
けれどそれでもなお彼女は剣を振り下ろす手を止めなかった。
そうして腕の力が無くなり、振り上げた刃がすっぽ抜けた事で、ようやくアドリアルの叫びが止まる。
「はぁ、はぁっ……」
無我夢中で重い鉄の塊を振り回していたアドルネルは、肩を大きく上下させながら荒い呼吸をする。
そうして、無音になった森の中に嗚咽の音だけが小さく響いていた。
「う、うう……」
ポタポタと、瞳の見えない髪の隙間から涙がこぼれる。
私は立ち尽くすアドルネルの顔を見ないように抱きしめると、小さな子をあやすようにその背中を撫でる。
「よしよし」
「う、うう……うぁ、うぁぁぁぁぁぁ……」
何も言わず、ただ抱きしめて撫で続ける。
慰めの言葉なんてかけない。人でなしの私にはそれを言う資格なんてないから。
この子が全ての涙を流し尽くすまで。
「ぐすっ、すん……」
そうして、彼女の嗚咽が収まりかけた頃に空が白み始めていることに気付く。
「ほら、アドルネル、空を見てごらん」
「?」
そこに差し込んでくる太陽の光。
「朝日だよ。貴女の新しい人生を祝福してくれるひか……ジュッ」
木々の隙間から入り込んだ朝日の光が私を照らすと、文字通り肌が焼けるような痛みが走った。
「あぢゃあああああああああっっっ!!」
「お、お姉様!?」
突然燃え出した体にパニックになりつつ、私は慌てて走り出す。
本能の命じるままに暗いところを求めて猟師小屋に飛び込み、真っ暗な抜け道に転がり込むとそのまま体をゴロゴロと通路の床にこすりつけて火を消す。
「し、死ぬかと思ったーーーーーーっ!!」
ですよね! 私吸血鬼なんだもん! 朝日を浴びたらそりゃ灰になるわ! 美しい朝日とか言ってる場合じゃないわ!
領主一家を倒してついでに復讐を手伝ってあげて、見事領地を手に入れてハッピーエンドって思ったところで死ぬところだったよ!
やっぱ人でなしが綺麗にシメようとかするもんじゃないわ!
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