第14話 死にたがり令嬢と極上のご飯
「私を殺して」
アドルネルは塔から逃げようとせず、何故か死を望んできた。
「何で? 逃げていいんだよ? 貴方も領主のことを家族と思ってないんでしょ?」
寧ろ憎んですらいるのなら、彼女が私の敵に回る事はない。
それなら生かしておいても何の問題もないのだから。
「これがあるから」
とアドルネルは髪をかき分けて紫に輝く自分の目を私に見せる。
「私の呪紫眼は不吉の象徴として忌み嫌われているわ。髪の毛で隠していても使用人達は私を見ようとせず、触れる事すら嫌がっていた。そんな私が外に出たら、髪の毛で隠している忌わしい目の色を見られたら、絶対に拒絶される」
ああそうか。この子の場合その問題があったか。
人間は不寛容な生き物だ。自分達が不快に思う要素が一欠片でもあれば、全力で拒絶する。
「きっと拒絶されるだけじゃすまない。それに私はずっとここに閉じ込められてきたから、外で生きていく方法も分からない。だから、自由を手に入れてもすぐに死んじゃうわ」
なんとも悲しい事を言いながら弱々しい笑みを浮かべるアドルネル。
「だから殺して。殺して私を貴女の僕のアンデッドにして。恩人である貴女に、私に人生で唯一素晴らしい瞬間をくれた貴女に、私の全てを差し出すわ」
そう言うと、アドルネルは私から身を放して静かに立ち尽くす。
私に殺される為に。
ああそうか。この子にとって自由すら希望にならないんだね。
かつての私は、死んだ事で転生して吸血コウモリという翼を手に入れた。
きっとこの子も全てを捨てて新しく生まれ変わる事を望んでいるんだろう。
「うん、わかった。それじゃあ貴女の全てを貰うね」
「はい」
私はアドルネルに近づくと、彼女の両肩を優しく掴む。
「っ!」
アドルネルの体が一瞬ビクリと震えるけど、彼女は呼吸を整えて震えを止める。
こんなに細くて小さな体なのに、必死で震えを堪えていじらしい。
「大丈夫。苦しくないからね。貴女は私のご飯になって人生を全うするの。私の体の一部になってその血は共に生き続けるんだよ」
「貴女の糧に……」
静かにアドルネルの首筋に噛み付いた。
「んっ…………」
なるべくアドルネルが苦しくない様に、痛くない様にゆっくりと血を吸う。
血を吸う。血を吸う。血を吸……
「っっっっ!?」
私は驚いてアドルネルの首から飛びのく。
「なっ!? ななななっ!?」
「え!? な、何!?」
突然の事にアドルネルが驚きの声をあげるけれど、こっちもそれどころじゃない。
「な、ななななななっ」
「え、ど、どうしたの? もしかして私美味しくなかった?」
「ち、ちが……」
不味いだなんてとんでもない。これは、この味は……
「美味しすぎるっっっっっ!!」
「……へ?」
何これ何これ何これ!? こんな美味しい血は初めてなんだけど!?
こんな美味しい血が存在するの!?
信じられない程の美味しさに、私は震えが止まらない。
私はもう一度アドルネルの血を飲みたくてその首筋に近づく。
彼女の血を吸う為に。
「すーはーすーはー」
深呼吸深呼吸、よしいける。
カプリ。
「っ……」
再び私はアドルネルの血に没頭する。
ああ、なんて美味しい。凄い、こんな美味しいもの前世でも食べた事が無い。
お肉の満足感よりも、スイーツのとろけるような甘さよりも、お酒の溺れる様な酩酊感よりも魅力的な味。
『―――――お前のような――っ』
そんな血の海に溺れていた私の脳裏に、見知らぬ光景がよぎった。
今のは何?
『お嬢様はこのフェネシア家の後継者として学ばなければなりません』
すると今度は見知らぬ女性が話かけて来た。
「え? フェネシアって確かアドルネルの……」
しかし女性は私の問いに答えず、後継者に必要な知識を語り始める。
私の目を見ず、それどころか汚らわしい存在を見るような顔で。
『お食事をお持ちしました』
メイドが食事を運んでくる。
『ねぇ、何でお父様は私に会ってくれないの?』
『……』
私の口から洩れた小さな女の子の声を無視して、メイドは食事をテーブルに並べ終えると逃げるように去って行った。
「ああそうか、これはアドルネルの記憶なんだ」
彼女の血を吸ったからなのか、私はアドルネルの記憶を垣間見ていた。
その光景は彼女が語った通りのもので、彼女に話しかけるのは使用人達だけ。
しかも発言は必要最小限。質問にも答えない。
『何故この程度の事が分からないのですか、そんな事では立派な後継者になれませんよ』
アドルネルが教師の問いに答えられない事で軽蔑の眼差しが投げつけられる。
何これ滅茶苦茶だ。
それにこの教師の教え方も良くない。
教師は一方的に本の内容を垂れ流すだけで、アドルネルが躓いている問題に寄り添う事をしようとしない。
お城で私に歴史を教えてくれた先生の方が遥かに教え上手だったよ。
あの先生は私が分かるようになるまで辛抱強く繰り返してくれた。
『ははは』
『ふふふ』
館の通路を楽しそうに談笑しながら歩く夫婦。きっとアドルネルの両親なんだろう。
『お、お父様……、お母様』
そんな両親にアドルネルが話しかけると、あからさまに嫌そうな顔になる両親。
『おい! 誰かいないのか! 連れ戻せ!』
両親はアドルネルに視線を合わせる事もせずに人を呼ぶと、彼女を部屋に連れ戻させる。
『お部屋から出てはいけないと言いましたよね』
圧迫感しか感じない口調で老齢のメイドがアドルネルを詰める。
『わ、私、お父様に、機嫌が良さそうだったからお話して貰えるかもって……』
『今後は二度と部屋を出ませんように。入り口には見張りを置くことにします』
そんな記憶が続いた後で、彼女は館の外に生まれて初めて出た。
しかしそれは自由ではなく、更なる孤独を強いるものだった。
『漸く本当の後継者が生まれた。これでお前は用済みだ。しかし仮にも一族の血を持つ者を殺しては外聞が悪い。だからお前はこの先一生あの塔で暮らすのだ。処分されないだけありがたく思え』
それが、アドルネルが人生で最初で最後に聞いた父親の声だった。
『お父様っっっ!!』
それから、アドルネルは薄暗い塔に閉じ込められた。
教師による勉強の機会すらなくなり、食事の用意と身の回りの世話を一方的に告げる会話にすらならない言葉が彼女へ与えられる外からの刺激だった。
『領主一家を探しに来たんだけど知らない?』
私と出会う瞬間まで。
「っ!?」
アドルネルの記憶が途切れ、意識が浮上する。
ああ、そうか。これがこの子の歩んできた人生。
「なんて……」
何て酷い。これが生まれて間もない子供にする仕打ち?
魔物の方がまだ情があるなんていったけどとんでもない。
子供への愛情がある魔物の方が遥かに情があるよ!
「はぁ……」
この子はこんな人生を歩んできたんだ。
そりゃあ死にたくもなるよね。
屋敷から解放されても、使用人達の振る舞いを思い出せば、あの眼差しを思い出せば、絶対まともな未来は待っていない。
むしろこの子にとって死は救いだとすら言えた。
なら、私はこの子をどうする?
魔物として、人間ではないひとでなしとしてどう応じるべき?
私は己の内なる声に耳を傾ける。
『この血をもっと飲みたい。 全部飲みたい。飲み干したい。 本人も死にたがってるし丁度いいじゃない。一滴残らず血を吸いつくして殺してあげよう。きっと喜ぶよ!』
でも私の中の理性が必死で叫んでいる。
『これを飲み干すなんてとんでもない。 これだけ美味しすぎる血を飲みつくしたら二度とこの味を楽しむ事は出来ない。 この味は何としても残すべきだ、増やすべきだ!』
「って、あれ?」
可哀そうだから助けようとか、私が養って幸せな人生を与えてあげようという人間らしい意見が出ると思ったらまさかのノーアイデア。
私流石に人でなし過ぎない? いや人じゃないんだけど。
うむむ、冷静に考えたら寧ろ自分の非道さにびっくりしちゃったよ。
いやまぁ仕方がない。
だってこの子の血は美味しすぎるんだもの。
それに今の私は人間じゃない。
人間を喰らう化け物なんだ。はい、言い訳です。
そんな訳で血を吸いたいと言う激しい衝動と大事に飲もうぜっていう激しい感情の対立を必死でこらえて身をよじらせる。
「ちょ、だ、大丈夫なの?」
「だ、大丈夫、大丈夫だからちょっと離れてて……」
アドルネルが私を気遣って近づいてくる。
けれど今のアドルネルには私の噛み痕から芳醇なんて言葉では言い表せない食欲をぶん殴る香りを漂わせてくる。
あの匂いを間近で嗅いだら、ギリギリのところで踏みとどまっている理性が一瞬で崩壊しちゃうよ!
私は塔の壁を叩き割って室内を新鮮な空気で換気する。
「キャア!?」
「ふぅ、冷静になった」
大きく深呼吸して冷静さを取り戻した私は思考を再開する。
なんだか分からないけれどアドルネルの血は物凄く美味しい。すっごく、びっくりするくらい。
私と相性がいいから? それとも彼女の血に吸血鬼が好む何かがある?
「いや、そこは今重要な部分じゃない」
大事なのはこの血をどうするかだ。
決まってる。ここで飲みつくしちゃ勿体ない。
この血は吸い尽くさずに少しずつ、飲むべきだ。
この血を失うことは世界の損失だ。
乳牛をお肉にして食べたりしないように、飼育して日々牛乳を得るように、この子も生かして定期的に血を得られるようにするべきだ。
それにこの子は見た目も痩せている。
その境遇からか、食事は最低限のものしか与えられていないからだろう。
なら適度な運動と快適な生活環境、そして美味しく栄養価の高いご飯を与えたら?
きっとその血は今よりおいしくなるに違いない。
今より美味しくなる! その想像を思い描いた瞬間、今すぐ噛み付きたいと言う衝動に襲われるのを必死で堪える。
この子は、ここで食べ尽くしちゃ駄目だ。
傍に置いて私が保護しないと!
あかん、どう真面目に考えようと思っても食欲しか思考してない。
ホントゴメン。私マジで人間やめてるんだなって今実感したわ。流石に非人間が過ぎる。
いやね、私も前世では周りに人間に裏切られ虐げられ、家族とすら最悪な環境だったんだよ。
だからアドルネルの事は可哀そうだと思うよ。思うんだけどさぁ。
この子の血が美味しすぎるんだもん!! はい二回目です。
「決めたよ」
必死で冷静さを保ちながら私はアドルネルに告げる。
「貴女を殺すのはやめにする」
「え?」
アドルネルの表情が絶望に染まる。
「私には、殺す価値も、食べる価値もないってこと?」
「ううん、違うよ。貴女は物凄く美味しい」
「なら何で!?」
「美味しいから、一気に食べ尽くすんじゃなくて、一生貴方を養ってその血を吸い続けたいの」
「一生?」
アドルネルに近づきすぎないように私は彼女を見る。髪の毛の奥に隠された紫の輝きに語り掛ける。
「もう分かってると思うけど、私は人間の血を吸う吸血鬼。その私が断言する。アドルネル、貴女の血は物凄く美味しい。だからあなたを私専用の食料として生かすことにした。拒否しても無駄。貴女は一生私のご飯にする。領主の娘じゃなく、私専用のご飯になって貰う」
「っっっ!?」
我ながら酷い事を言っている。
親を殺すと言い、逃げて良いと言い、望み通り殺してあげると言いながら逃げることも殺す事もせずに食料として飼い殺すと宣言したのだから。
そりゃあアドルネルだって絶望するだろう。
でも私は吸血鬼だからね。こんなに美味しい血を見過ごすわけにはいかない。
えーと、私は人間の敵で、人間の敵として生きていくと転生した時に誓ったんだから。
うん、そんな感じの事を転生した時に決意した気がする。
転生したての頃の私は前世の影響もあって人間を恨んでいたからね。
まぁ野生に慣れてすっかりその記憶も大分薄れてたけど。
ともあれそんな感じだから、悪いけど私の為に貴女には犠牲になって……
「……嬉しい」
ねって、え?
「私、貴女の役にたつのね」
「え? あ、うん」
ま、まぁ役に立つと言えば立つのかな? ご飯としてだけど。
「私を、忌み嫌われる呪われた娘と言われた私を、誰にも愛される事などない不幸を巻き散らすだけの存在と言われた私を、食料として必要としてくれるのね!」
「は、はい」
そうなんだけど、そうなんだけどそこって喜ぶところ? それともこの世界の人間ってこういうもんなの?
「分かりました! 私貴女の食料になります! 一生! 貴女の為にこの血を捧げます!」
「あ、うん。納得してくれてよかっ……た?」
こうして、私は自主的に血を差し出してくれる自分専用の食料を手に入れたのだった。
えーっと、自分で決めておいてなんだけど、これでよかったの?
「もしかして、お父様の所にいた人間も、この子みたいな境遇の人間だったりしたのかな?」
などと、今更ながらに城に居た人間が何故あそこにいたのかの理由を考えたりしたのだった。
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