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推しの香りで  作者: ユノ
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香りが思い出させる記憶のなかで

 忘れられない香りのひとつやふたつ、誰にでもある。この香水の匂いがすると元カレを思い出すんだよね〜、なんて言葉は散々聞いたことがある。もはやあるあるコンテンツとまで化している。


 少し高い香水くらいがちょうどいい。街中ですれ違った人の匂いでたまに思い出すくらいがちょうどいいのだ。たまに思い出すくらいだからこそ、あんな恋も昔あったなー、と感慨に浸れるのではないか。


人間は別に優れた嗅覚を持っているわけでもないのに、匂いの記憶は最も強く残るらしいとどこかで聞いたことがある。まあそれもそうか。なかなか同じ声を持つ人には巡り合わないし、見た目が似ている人に出会う確率も人生に一、二回あるかないかだろう。


あれ、更新されてない。


もう昨日の夜からラインの返信がない。いつもなら夜中の一時頃までは即レスで返してくれるのに、昨晩それが急に途絶えた。

息をするように更新されるツイッターの更新も、昨日の夜から途絶えている。私たちはお互いのためだけにアカウントを作り、お互いにフォローし、壁打ちとしてその日の出来事、会った時に言わなかったこと、恥ずかしさから伝えられなかったことを壁打ち、つまりお互い返信はしないが、独り言として相手のツイートを認識はしている状態、だった。どこの共依存カップルだよ、とツッコミが入りそうで、このことを他人に話したことは一度もない。


交際はしていなかった。告白もしなかった。ただ二人で入れるだけで、何よりも幸せだった。そんな恋ってあるじゃ、。誰しも。

別れが怖いから告白しないという人は多いかもしれない。

でも、私たちはそうではなかった。


難関高校の受験を突破して、吹奏楽部に入った。内気な性格もあり、なかなか同期とも馴染めなかった。中学からクラリネットを吹いていた私は、高校でもクラリネットを続けることにした。今年は新入部員が少なくて、クラリネットは一年で私だけだった。初めてのパート内顔合わせで絶望した。クラリネットの先輩は六人いた。みんないい楽器を持っていて、それぞれの演奏技術に自信がありそうだった。


「これからよろしく。わからないことがあったらなんでも聞いてね。」


顔が可愛くて、後輩から慕われていそうな雰囲気だった。瞳は澄んでいて、文句のつけどころがないような人だ。ただ経験上、こういう人間が一番気が強くて、敵にしてはいけない相手なのだ。笑顔を向けられて息が詰まった。


なんでも聞いてと言われて、素直にわからないことをなんでも聞きに行けるのは素直でかわいい子か、アホかのどっちかだ。


入りたてなせいで誰が三年、二年かがわからない。怖い。助けを求めるように、他の楽器の同期を見ると、みんな愛想笑いに大変そうだった。みんなも頑張っている。


愛想笑いほど体力を奪われる笑顔はない。立場が上の人と会話するとき、無愛想にしていると能力のないやつだと思われる。そして、話しかけてもらえなくなる。学生も社会人も同じ、日本人に生まれた以上一生付き合っていかなければならない、愛想笑い。気が滅入る。私は愛想を振り撒くのが得意ではない。苦手中の苦手だ。ほんの一瞬なら相手に合わせて微笑んであげるくらいのことはできるが、だらだら話している間ずっとニコニコしているなんて、とてもじゃないが無理だ。いわゆるコミュ障、人見知り。救いようがない。四月のうちは多くの先輩が気にかけてくれた。


「楽器庫の鍵は、ミーティング前に職員室で借りれるから。」

「合奏で使う基礎トレーニングの譜面、印刷してきたから渡しとくね。」

「パート練習はいつもセミナー室でやってるから、あの棟の三階ね。」


新しいことを覚えるのに精一杯な目まぐるしい春はあっという間に過ぎ、コンクール練習の時期になった。


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