男1
男1
俺は小さな村で育った。川を挟んだ向こう岸は敵国。でも敵国とは言ってもここ数十年は平和なもので、爺さんたちがたまに酒を飲んでは愚痴るくらいの、まだ子どもの俺には現実味のないものだった。たまにこっそり船で渡って、品物をやり取りすることさえあったのだから。
ある日俺は、近くの町まで母親にお使いを頼まれた。村では買えない物のリストとお金を渡されて。その町は朝早くに出かければ、少し遊んでも夕暮れまでには帰ってこれる程度の距離だ。村にはない珍しい食べ物や珍しいものもある。俺は喜んで引き受けた。妹は羨ましそうにしていたけれど、小さいから町まで歩いていくことさえまだできない。
お土産を約束して宥めて、俺は家を出た。
昼前には町に着いて、まずは買い物を済ませた。大きな荷物を持って歩くのは邪魔だけれど、思いがけず早めに店じまいする事もあるし、買い忘れなどがあったら母さんに叱られてしまう。
買い物が無事終わり、屋台で食べ物を買って食べた。肉や野菜を細かくしてナタの実を挽いた生地に包んで油で揚げた揚げ物は、油が貴重な村では食べられない。甘辛いタレとカリカリした食感を楽しみながら辺りを見渡す。布教活動をしているらしい人や、楽器を弾いて小銭を稼いでいる人たちがいる。ただ休んでいる人たちも。
平和だな
その後もう少し町の中を歩いて回って、妹への土産も忘れず買って帰途に着いた。
村に近づくにつれ、妙な胸騒ぎがした。何かが、いつもと違うような。
空気に混じる、煙の臭い。
足を早める。
そして俺が見たのは、何もない黒焦げた土地だった。
村があった場所には何もなかった。
誰一人居ず、建物もない更地。
黒く焼けた地面が、煙を吐いているだけの。
腕から荷物が落ちたのにも気づかず駆けよって、慌てて数歩後ずさった。
焼かれた地面は、とんでもなく熱くなっていた。
その夜は、焼けた地面のすぐそばで横になって眠った。皮肉なことに、地面が発する熱で寒くはなかった。
翌朝、目を覚まして夢ではなかったのだと思い知った。
真っ黒の地面。ようやく冷えたそれの上を歩く。
けれど、何もない。
木材やレンガの欠片も、食器も農具などの金属も………骨も。
何も見つけられなかった。
何も残さず焼き尽くされていた。
俺は町に戻った。
警邏所に訴えたけれど、村一つ消えたなんて話は信じられないようで「手が空いた時にでも調べておくよ」と面倒くさそうに追い返されてしまった。
帰る場所もなく途方に暮れた。けれど幸い知り合いが人手の足りないパン屋を紹介してくれて、そこで住み込みで働けることになった。知り合いは、村が嫌になって出てきたと思ったようだけど。
そこで数日働いていると、色々な噂が耳に入ってきた。
とうとう、隣の国との戦争が始まったらしい。
うちの国は開戦の印に、隣の国から嫁いで来ていた女性をスパイ容疑で死体にして送りつけたらしい。
隣の国はその仕返しに、うちの国の村を一つ焼き滅ぼしたらしい……
それ……最後の……うちの村だ
噂をしていた人をつかまえて詳しく話を聞くと、うちの村を焼いたのは兵ではなく『戦場の銀狐』と呼ばれるたった一人の魔術師らしかった。検分に来た国家所属の魔術師が、「うちの国の魔術師には、とてもこんな真似はできない」と震え上がっていたらしい。それくらいの高温で、全て焼き尽くされたのだと。
『戦場の銀狐』
そいつが俺の村を……
しばらくして、俺は別の町に移ることにした。より大きな町で、情報を集める為に。それと……俺があの村の生き残りだと知る人々の痛ましげな視線に耐えられなくなったから。