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当て馬令嬢の婿取り

どうも、当て馬令嬢です。友人にお勧めするなら、やはり違いの分かる男でなくては。

作者: 紫嶋桜花
掲載日:2024/08/30

続きました!

前話はシリーズ一覧からどうぞ。

「お嬢様。招待状のお返事が届いておりますよ」

「あら、ありがとう」


 王都にあるフルーセル侯爵家のタウンハウス。一人娘のコンスタンスは、従僕のオリヴァーから数通の手紙を受け取っていた。

 いそいそと友人の名が書かれた封書を開き、声を上げる。

「……アデルさんとビアンカさん、クラリスさんはいつも通りご出席ね。こちらは……わ、よかった!」

「いかがされました?」

「デイジーさんもおいでになるみたい。おうちのほうも落ち着いたってことかな」

「さようで。まだ予断は許さない状況のようですが、今年の収穫期までは越せる目処がついたようですね」

「そっか。本当によかった」


 デイジーというのはドーソン男爵の令嬢、デイジー・ドーソンのことだ。侯爵家のコンスタンスとアデル、伯爵家のビアンカとクラリスよりはいささか格が下がるが、さまざまな器楽の名手で、中でもピアノの腕前は御前演奏会でソロを披露したこともあるほどであり、社交界では少し知れた存在である。

 コンスタンスのお茶会には、アデルやビアンカの紹介で参加するようになった。

 ドーソン男爵領は、今年に入ってからちょっとした災害に見舞われていた。そのためしばらく社交を控えていたのだが、今回コンスタンスがダメ元で招待状を送ったら出席の返事が来たのだった。 


「災害に続いて、婚約まで撤回になってしまったって話でしょう。気晴らしにならないかと何度もお誘いを差し上げてたんだけど、真面目な方だから、おうちがたいへんな間は……とお断りのお返事ばっかりで」

 デイジーが結んでいた子爵家の三男坊との婚約は、災害を理由に撤回されていた。良識的な貴族には眉をひそめられる行為だが、まったく前例がなかったわけでもない。

「不誠実な方とご婚姻にならず、かえってよかったかもしれませんね」

「またそういうこと言う! ……でもそうかも。誠実な婚約者ならこういう時、支えてくれるものだと思うし……」


 ふっ、と従者は笑った。


「……いつまで経っても婚約者ができないくせに、夢見てるんじゃないとか言いたそうね?」

「いやいやまさか、とんでもない。わたくしとしては無謀な婿捜しなどよりも、こういった席でご友人との親交を温められることに大賛成ですとも」

「……なんか、腹立つ」


 コンスタンス・ガードナー、十四歳。

 未だ理想の婿殿は現れていない。




     *




 数日後、再びフルーセル侯爵家。よく手入れされたバラが咲き誇る庭園の一角で、少女たちのささやかなお茶会が始まろうとしていた。


「コンスタンスさん、本日はお招きいただきありがとう」

「ふふ、こちらこそ、ようこそお越しくださいました。楽しんでいらしてね」


 コンスタンスと優雅に挨拶を交わしたのは、エイムズ侯爵家のアデル・オルブライトだ。コンスタンスより二つ上の十六歳で、既にデビュタントを済ませており、今日の顔ぶれの中では最年長である。

 エイムズ侯爵家は家格はフルーセル侯爵家と同列だが、現フルーセル侯爵が他国の皇女を妻に迎えたことなどもあり、席次では筆頭がフルーセル、二番手がエイムズとなっている。


「皆、ご機嫌よう。デイジーさん、しばらくご無沙汰だったが、また変わらない顔を見られて嬉しいよ」

 次に、姿勢良く座る長身の少女がにこりと笑った。十五歳のブライトン伯令嬢、ビアンカ・バークリー。近衛騎士の兄がおり、本人も剣術や弓に天性の才を持つという快活なお嬢さんである。


「ええ本当に……デイジーさん、おうちのことは聞き及んでおります……。このたびのこと、お見舞い申し上げますわ」

 一番小柄な三つ編みの少女はカウリング伯爵家のクラリス・コールマンだ。コンスタンスと同い年の十四歳だが、体つきに似合わぬ大人びた顔立ちをしており、読書を好む聡明な令嬢だ。


「ありがとうございます、クラリスさま、皆様にもご心配をおかけしました。家の方はようやく落ち着いたところですの」

 自然、皆の話題はデイジーとドーソン家の近況に移る。

「それで、いかがお過ごしなの?」

「皆つつがなく過ごしておりますわ。私自身は……特に変わらず、」

 そう言いながらデイジーは目を伏せる。あまり元気はなさそうだ。コンスタンスはちょっと切り込んでみた。

「ご婚約が解消となられたそうですね。ご心中お察しします」

「……いえ、そのことはもういいんです」

 とはいえ、いつもは芸術家らしくおっとりと構えている少女は、今日はまるで萎れた(デイジー)のようだ。

「ああ、あの厚顔無恥な男だな。あんなのとは結婚しなくて正解だよ」

 ビアンカもいつぞやのオリヴァーと似たようなことを言っている。

「厚顔無恥?」

「そうとも。つい先日のことだけど、私に釣書を送って寄越したんだ。もちろん一刀両断にしてやるつもりだよ」

「当家にも、来ました……もうお断りしましたが」

 ビアンカやクラリスがデイジーと親しくしているのは、社交界では知れた事実である。しかも二人とも格上の令嬢、通常ならば三男坊風情が縁組みを申し込めるような相手ではない。

「焦っておいでなのでしょうね。いろんなお家でお断りされてると聞きましたよ」

 とは、情報通のアデル。私たちのデイジーを袖にしやがったんだから当然だ、と令嬢たちはそれぞれ頷いた。

「そんな不良物件、掴まされなくてよかったですよ。それよりもデイジーさんのほうに申し込みはないんですか?」

 コンスタンスが水を向けると、デイジーははっとし、ええと……と言い淀んだ。


 実はあのあと、家の者の協力を得て少し調べてみた。

 そしてこのことはぜひ、聞き出さねばなるまいと思っていたのである。


 しばらくしてデイジーは口を開いた。

「……その、ないわけではなかった……んですけど。父が、断ってしまって」

 令嬢たちは身を乗り出した。

「まあ」

「何、またよくない相手だったのか? それは許せないな。こう続くなら、当家の縁者から、信頼のおける者を紹介した方がいいだろうか」

「まだ……そうと決まったわけではありませんよ……」

「ああ、そう、そうだな。話を聞かずにすまない」

「いえ、大丈夫、です。お相手は立派な方だったんですけど、ご縁がなくて。……私がいつまでもくよくよしているので、家族にも心配を掛けて……」

「──デイジーさん」

 コンスタンスはそっと呼びかける。

「お詳しく、うかがっても?」

 隣に座っていたクラリスも、そっとデイジーの手に触れる。


 デイジーはうなずいた。

「ええ。……これもいい機会ですわ。皆様にお話しして、胸のつかえが取れたらと思います」

「デイジーさん……」

「その、ここだけのお話にしておいてほしいのですけど」

 少女たちは、口々にもちろん、と請け合った。




「実は、エドモンズ商会の、跡をお継ぎになる方からだったんです」

「エドモンズ……王室、御用達……の?」

「ええ。ちょっとしたご縁で、お手紙を交わしておりまして」

 まあ。と声を漏らしたのはアデルである。お続けになって、と促して、紅茶を口にした。


「その……前に婚約を結んでいた方が、エドモンズ商会の既製品を扱うお店にお連れくださったことがあるのですが」

 既製品。コンスタンスに縁はないが、羽振りのよくない子爵家や男爵家なら利用することもあるという知識はある。ただ、婚約者を連れて行く、というのはあまり聞いたことがないが。

 前の婚約者は三男坊だったらしいから、自由になる予算が少なかったのだろうか?

「お店にあった中から、空色のドレスを選ばれて……それだけでお買い物を終えようとなさったので、マダムが差し出がましいですが、とお声がけくださったんです」

「あらまあ」

「それは……そうなりますわね……」

 ドレスは通常、それのみで身につけるものではない。ドレスを新調したなら、髪飾りや小物、靴に至るまで合わせて新調するのが常識なのだ。


 店のマダムに忠告をされた元婚約者は、恥をかかされたと感じたのか、渋々その辺のリボンと靴をよく見もしないで選び、包装に準備がかかると聞いて、時間を潰すと店を出て行った。

「なんてこと」

「ドレスのお色に合わせた、一番シンプルな空色のお靴だったのですけど、お店の方に勧められて試し履きしてみたら指が当たってしまって……」

 歩けそうにもなかったという。

 そこに居合わせたのが、商会の跡継ぎの少年だった。

「こちらはいかがでしょう、と、すっと別のお靴を差し出されて」

 よく似た色の靴だったが、元の靴にはなかった飾りがついていた。履いてみればこちらはぴったりで、歩くのにも不自由はなさそうだったのだが。

 ためらうデイジーの前で、少年は「少々お待ちくださいね」とその場で小さなはさみを使い、飾りを綺麗に取り外してしまった。


「えっ、よろしいのですか? ってついお聞きしてしまったら、いいんです、って。お代も先ほどの靴と一緒で構いませんよって……しかも、外した飾りをブローチにしてお渡しくださったんです」

「まあ……」

「それは……いい男じゃないか」

「きゅんとしますわね……」

 正直、コンスタンスの意見も三人とほぼほぼ同じである。でも敢えて、突っ込んでみた。

「それで、元婚約者さまにおかれてはお気づきにならなかった?」

「ええ、まったく。いいんじゃないか、とだけ仰ってお支払いを」

「……違いの分からない男ってわけですね……」

「それだな」

 それだ。


「ということは、それがきっかけで文通に発展されたのね?」

 アデルは恋バナの方が気になっているようだ。

「はい、お礼状を差し上げて、その後も我が家がエドモンズ商会からお買い物をするときにはいつもお屋敷にいらしてくださったり、お顔を見せてくださって」

「あら」

「それで実は……今回の被災と破談の折にも、ご連絡をいち早くいただいたのです。私にはお見舞いを、家の方には婚約のお申し込みを」

「やり手ね……」

「機は見逃さない方なんだな」

「商人としての資質なのかしら。よいお話だと思います。でも、まとまらなかったのね?」

 コンスタンスが確かめると、デイジーは頷いた。

「ええ、父が、家がこのように大変なときなのだから、平民との縁組みなどするものではない、と申しまして」

「平民とは言え、エドモンズ商会のご子息だろう? 氏素性は知れているし、縁が繋がればドーソン男爵家としても助かるんじゃないのか」

「──それがいけなかったんじゃないかしら」


 ビアンカの疑問に答えたのはアデルだ。

「おうちが危機を迎えたときに、格下の家にお嬢様を嫁がせて支援を得る。──身売りのようだ、と思われたのでは?」

「あっ」

「……婚家で侮られるかも……という心配もありますね……破棄の直後ですもの」

「……仰るとおりですわ」

 話し終わると、デイジーは紅茶で口を湿らせて、ため息をついた。




「そういうことでしたの……」

 令嬢たちはため息しきりだ。

 コンスタンスは──自分的には満を持して、のつもりで──訊いてみる。

「それで、デイジーさん。お胸のつかえは取れました?」

「……あっ」

 デイジーは自分の胸に両手を置いて、小さく声を上げた。

「そう……ですわね。でも」

 ふふ、と笑って後を引き取る。

「そのお顔。……つかえは取れても、諦めきれない、といったところですね?」

「ははっ。さしずめその彼の格好良かったところを思い出して、気持ちを新たにした──そんなところかな?」

「私たちですら……ときめいてしまったくらいですもの」

「素敵な殿方ですものね。逃がしてはいけませんと、私も思いますわ。……デイジーさんはいかが?」

 アデルが尋ねれば、デイジーはぐ、と頷いた。

「はい、私──私、家に帰ったら、あの方のお気持ちがお変わりないか、手紙でお尋ねしてみます。もし、もしお変わりないようだったらですけど、今度こそ父の説得も。きっと心配しているようなことにはなりませんし、させません、と」


「その意気ですわ」

「ええ。それに我が家もお口添えできそうですよ」

 ちょいちょい、と少し離れたところに控えている従者たちの一人を呼びつける。慇懃な様子で近寄ってきたのはオリヴァーである。

「さすがコンスタンスさまだな、心強い。私たちでもできることがあれば手伝いたいが」

「……あのろくでなし……失礼、厚顔無恥な男がそのままのさばってるのも……気になりますね」

「クラリスさん、言い換えてもあまり穏当になってませんわよ。まあ、概ね同意なのですが。保険程度には、デイジーさんの評判も回復させておきたいところですし」

「あ、それ。さっきのビアンカさんのお話で思いついたことがあってですね──」

 どこからともなく帳面と筆記用具を取り出して、コンスタンスのそばで書記の態勢をとったオリヴァーが突っ込んだ。

「お嬢様方。悪いお顔になっておられますよ」




     *




 それからさらに数日後。とある貴族青年が、王都で有名なバラ園を訪れた。釣書を送った令嬢から、ここで会えないかと返事があったのだ。

 以前の婚約者は、少しばかり楽器が弾けるらしいだけの辛気くさい小娘だったが、ようやく運が向いてきた、と男はほくそ笑んでいた。


「どこだ……?」

 門をくぐって辺りを見回す。バラ園は思ったよりも広かった。

 手紙には、うんちゃらのガゼボでお待ちしております、ドレスは何たらピンクのなんとかかんとかで──などと書かれていたが、正直覚えていない。

 婚約を結んだら、このようなまどろっこしい真似はしないようによくよく躾けてやらねば、と苦笑した。


「……あれか!」

 目についた東屋に一人、ふわふわしたピンクのドレスで座っている女がいた。近くには逢い引きしているようなカップルもいるが、まぁただの背景のようなものだろう。


「お待たせしたかな」

 近寄って声を掛けると、女は顔を上げた。なかなかの美少女だが、まだ幼さの残る顔立ちである。これは躾け甲斐がありそうだ。

 返事を待つが、女はつ、と立ち上がると背を向ける。

「おい!」

「お人違いですわ」

「は? いや、ガゼボにピンクのドレス──間違いなくあなたのことでしょう」

「何のことだかわかりかねます」


 そのまま離れようとするので、とっさに二の腕を掴む。

「ちょっ──痛!」

 いや、掴もうとしたところで手に痛みが走る。……この女、扇で俺の手を叩きやがった!

 しかも衝撃はそれだけではない。

「無礼な。私をフルーセル侯爵家の者と知っての狼藉ですか」

「────ハァ!?」


 なんだなんだ、とあちらこちらの曲がり角や植え込みの向こうからバラ鑑賞に訪れていた貴族たちが顔を出してくる。

 近くにいたカップルもこちらを見た。その顔に見覚えが……なんだと。

「お前、デイジー!? 何をしている……いや、その男は何だ!」

 とっさに糾弾するが、扇の女が険のある声を出す。

「私の友人を呼び捨てになど、あなた様は一体どなた? それにまだ、謝罪もいただいておりませんわ」

「ああ、すまない……俺はこいつの元婚約者で」

「では、今は無関係の他人ですわね」

「そんなわけあるか! 破談になったばかりなんだぞ」

「──では貴公も、ひとのことは言えぬ身だな。それでいて我が家に釣書を送ってきたのか」

「えっ」

 第三の女の声に振り返れば、濃いピンクのドレスの女が侍女を連れて立っている。

「何の騒ぎかと思って来てみれば……、私は滝のガゼボで、モルガナピンクのドレスで待っている、と書き送っただろう。それがどうして、こんなことになっている?」




     *




 男がビアンカの堂々とした振る舞いに気圧されたのを見て、コンスタンスはこっそりほくそ笑んだ。──モルガナピンクとは、去年王都で大流行した、青みがかった桃色のことである。

 大ヒットした劇で、モルガナという名のヒロインが身につけていたことから、貴賤を問わず身にまとうことがブームとなった色だ。上流階級の婦人はもちろんドレスを仕立て、庶民はコーディネートの一部に取り入れる、と言った具合に。

 ……となれば、殿方もその流行からは無関係ではいられない。

「……まさか、モルガナピンクをご存じないのか? 貴殿はそのご令嬢が婚約者だったんだろう。何も贈らなかったと? 本当に?」


 ビアンカの白々しさに、吹き出してしまわぬよう頬に力が必要だった。デイジーもあからさまに顔を伏せている。

 周囲のご婦人方がそれを見てどう解釈したのか、「まあ」などとため息をついている。

 ビアンカは追撃の手を緩めない。

「では、滝のガゼボに現れなかったのも……。デートの定番であるこの庭園に、一度も来たことがなかったということなら頷けるな」

 しかつめらしく言っているが、当然そのことについてもデイジーから聞き出し済みである。

「なるほど、とんだ婚約者だ。悪いが、この話はなかったことにしてもらおう」


「待っ──」

 男は追いすがろうとするが、ビアンカの後ろ姿はコンスタンス以上に隙がない。ひそひそと言葉を交わす紳士淑女の間をすり抜けて、さっさと出口へ向かってしまった。

 これで明日には、噂が駆け巡っているだろう。

 すり抜けなくてはならないほど人がいたのは、その実、半分ほどはコンスタンスの仕込みであったからして。

 あとは今し方の光景にちょっとスパイスを振りかけて、デイジーが破談にされたのには一切の瑕疵がない──婚約者にまともな義理も果たさなかった男の一方的な行い、と広まっていく予定だ。

 男はがっくりと膝をついた。従者がおろおろしているが、早いところ回収していってくれないだろうか。




「お話は出来まして? 場所を変えましょうか」

「ええ」

 デイジーと一緒に頷いた少年は、エリック・イーデンという。

 イーデン家はフルーセル侯爵家の係累にあたる子爵家だ。今日は新たに迎えた養子の近況を確かめるため、口利きをしたフルーセル侯爵家のコンスタンスがバラ園での散歩に誘ったのだ。

 もちろんコンスタンスは未婚の令嬢であるため、不用意な噂の元とならないよう、友人のデイジーに同伴を依頼してある。

 聞けばエリック氏、旧姓エドモンズと彼女は旧知の間柄だと言うではないか。()()()()()()


 馬車に向かいながらコンスタンスは思い返す。

「あの方結局あなたには気づかないままでしたね」

「ふふ、堂々としたお姿ですもの、わからなくても当然ですわ」

「そうですか? まだ、衣装に着られているようなものですが」

 デイジーのそこはかとなく嬉しそうな様子に、骨を折った甲斐があったと内心喜ぶコンスタンスである。


 エドモンズ商会が四代前に、子爵家の女性を妻として迎えていることを突き止めてきたのはオリヴァーだ。その後は早かった。

 貴賤に厳しい貴族社会とは言え、いや、だからこそ、貴族同士の家系図は複雑に絡み合っている──大げさに言えば、全員が親戚なのだ。

 エリックの高祖母の血縁で、侯爵家の一族、さらに優秀な後継者を求めている家を見つけるのなんて、コンスタンスたちにかかればお茶の子さいさいだ。

 かくして、フルーセル侯爵家肝煎りの、気鋭の次期子爵が誕生したのである。


「ところで、デイジー嬢」

「はい」

「もしご迷惑でなければ、僕からモルガナピンクのものを何か、贈らせていただけませんか。今年に入ってもアクセントとしてはまだまだ流行していますし……その、貴族のマナーに反しなければ、ですが」

「まあ! ありがとうございます……」

 本当に機は逃さない方なのね。違いもよくわかっておられるよう。

「ええ、ちょっとした小物ならよろしいんじゃないでしょうか。……改めてのお申し込みはこれからされるのよね?」

「はい」

 はにかむ二人に当てられそうである。

 平民から子爵家の跡取りに変わっただけで、デイジーの父が納得するとは限らない。しかしその場合でも一族を挙げて応援できるよう、既に我が父にはメリットを並べて説得済みだし、当事者の二人の気持ちもよく通じ合っている。


「こうしてみると、あの方からいただいたプレゼントが少なくて、かえってよかったですね。処分に困るだけですもの」

 コンスタンスが自分の従者の言いそうなことを言って茶化すと、二人も控えめに笑った。自然と、先ほどの一幕に話題は移る。

「ビアンカさま、格好良かったですわ」

「私のところで引っかかってくれて助かりましたね。アデルさんとクラリスさんにも、もっと紛らわしい場所と服装で待機してもらっていたのですけど、やっぱり私のところが一番人目につきやすく、勘違いを突きつけやすかったですもの」

 実は三段構えの罠だったのである。

 苦笑するエリックだが、それでも手心を加えればよかったのに、などとは言わない。

「やるときは徹底的に、ですね。情報戦の重みは心得ております」

「よろしい。我が一族の者として、必要な心構えです」

 コンスタンスはにっこりした。

 友人の夫となるなら、やはりこのような男でなければ。




     *




「…………ふう~」

 二人と別れたコンスタンスは、自分用の馬車の背に深くもたれて息をついた。

 外から扉を閉めようとしたオリヴァーが怪訝そうな顔をする。

「なんですか、大きなため息ですね」

「別にいいでしょ。……やっぱりうらやましくなっちゃったんだもの」


 えっ、と従者は大仰にのけぞった。

「まさか、当て馬活動をやめたと思ったら……横恋慕ですか?」

「なんでよ! そっちじゃない!」

 とんでもないこと言い出しやがった、こいつ。

 というか当て馬活動ってなんだ。こっちは真面目に婚活しているだけだというのに。

「やっぱり婚約者、いいなあって……」


 別れる直前の二人のやりとりを思い出す。

「僕も、あの方とあなたが結婚に至らなくて、本当によかったなと……」

「ふふふ、今更ながら、私もそう思いますわ。でも……」

 そこでデイジーは頬を染めて目を伏せた。

「私たちを引き合わせてくれたことに関しては、感謝してもいいかなと思っておりますの」


 当て馬をしたわけではないのに、完全に当てられた。

「早く私も、相手見つけなきゃ」

 拳を握って誓うが、また余計な茶々を入れてくるのは従者である。

「おや、人の恋路の手助けをしているくらいですから、そちらは諦めたものかとばかり」

「別にそんなことないったら。うるさいなあ」

 今回は彼の力にも大いに助けられたが、やはり、早いうちに大人と認めさせて、見返してやるぞと心に誓うコンスタンスであった。




 コンスタンス・ガードナー、十四歳。未だ未来の夫は現れていない。

──本当に?



お気に召したところがあれば、評価・感想などいただけますと幸いです。

ご好評でしたら、また再登場があるかもしれません。


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『どうも、当て馬令嬢です。過保護な従者が邪魔するせいで、お見合いの相手だけが幸せになっていくのですが。』

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― 新着の感想 ―
[一言] ……そういや前話の終盤でそんなこと描写ございましたね侯爵夫人 諜報組織の長の方のインパクトが強くて流してましたわw まぁそれは男爵の思う所も判らんではないなぁ…… そういう風聞で足引っ張り…
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