桜坂バーカウンター
沖縄県那覇市
ここも、昭和以前からの歓楽街である。
桜坂に夜が来る。
男に夜がくる。
女も夜に溶ける。
私が産まれ、愛が消えていく桜坂。
昼間通ると、ゴミが目立つのは歓楽街あるある、だろう。
陽が沈めば、ネオンライトだけでは、小さなゴミは隠れる。
歓楽街の通行人の小さな欲望も、隠れてしまう。酔って昨日を忘れたいオヤジたち。街角の電信柱に身を寄せる夜狐や電信柱に溶け込めないポンポコ狸も住んでいる。賑やかな桜坂。
夜、7時から25時すぎまで、人や狐や狸や野性たちの足取りは消えない。
ぼくも昭和の野生になりたくて、桜坂の真ん中の奥、へ消える。
その途中、桜坂入り口付近の、行きつけの店のシャッターは降りている。開店予定時刻の1時間前だから仕方ない、ね。
ぼくはも一つの優しくしてくれる店へ足を向ける。
看板の灯をつけ忘れているようで未灯。17時を30分過ぎているから、ぼくは階段を2Fへと上がる。
「やはり、玄関の赤提灯は点灯し、ドアが半分だけ開いている。
店内はマスターのみ。
ぼくはカウンターの端に座る。
トイレに近く玄関ドアに近いカウンターの端が、ぼくの定席。ここはカラオケモニターがよく見える。
1回訪問8曲程度歌わしてもらう。
ぼくの主治医、脳外科医が、カラオケリハビリを薦めた。
脳梗塞発症患者は、リズム感、言語、喉の筋肉などなど、カラオケリハビリが良いと診断してくれた。
脳梗塞発症前のリズム感、メロディーに戻るまでに、3ケ月、13回のカラオケを必要とした。
マスターは「優しい声で、カラオケ、元の声に戻ったね。」
ぼくは頷く。自分でも、そう思った。マスターに感謝。17時という明るい時間にオープンしてくれ、酒じゃなく、お茶だけの、儲からないぼくを受け入れてくれた。
突出しも塩分控え目、薄味、鳥ささみ肉主体、野菜多めで準備してくれた。19時をまわると、那覇も日没となりネオンが目立つ、足元が明るいうちにバスで帰るよう気を遣ってくれる。
優しい。家族より気配りをしてくれるマスター。
ここは、桜坂、人情酒場。酒じゃなくソフトドリンクだけど。
ぼくもマスターも、まわりの客に合わせて、酒呑みのように振る舞っている。雑談している。
政治をのぞいたっシモネタを中心において会話している。
男性高齢者は、週一回以上、射精すべきというのが、マスターの健康方針。オナニーじゃなく、Sex射精すべきというマスターの考え。
「高齢と糖尿でEDなんよ、硬くならんのよ、男として情け無いけど」
「ウケは出来る?」
「ウケできるけど、相手がいない」
「若いころ、20代の大きな体躯の男に、掘られた。若いから堅さ十分で太い男根だった」
「そんな子とないよ、ウケでも良いからせSexした方が良い。健康のため、ボケ防止のSex、大切」
生命寿命よりも大事な健康寿命。
独自歩行、自律生活。介護支援や介護サービスを不要にすべき、高齢者ライフ目標。
バリアフリーなアクセスが皆無の桜坂歓楽街。
自宅の階段で転んだ平さん、桜坂陥落の店頭階段で脚を挫いた周さん、彼らは週2の桜坂歓楽街の顔だったが、夜の桜坂から消えた。その後、一年も経過せずにグループホームを経由して識名園にいってしまった。
親子の縁、兄弟の縁、薄くなる、れいわという時代。
人生には必ず終わりが来る。
誰も、それがいつかいつか?を知らない。終の住処に死者は、自分で行けない。どなたかにお願いするしかしない。
地理的に縁的に遠い人に、意思を伝えるのが難しい時代。
ぼくはきょう同墓地へ行く。死後、20年50年と世話になれる那覇市の共同墓地平安行く。
その場所は、識名園、
那覇市の南西部、首里城の近郊。
ここなら、遠い子や老いた兄弟が御参り2来てくれたとき、那覇空港のタクシーに、識名園と行き先を伝えれば、間違いなく、3千円、1時間以内で連れて行ってくれる。
地関東関西なら日帰りでお参りできる。
そして、ここには桜坂脳先輩や仲間が多く眠る。
寂しくなく、その後を暮らせる。
あんなこと、こんなこと、昔話で賑やかになれる。
そして、那覇市公営のため、50、100年は、安らかに寝ていられる。
可愛がったペットも、片想いや両想いの、野生たちとも、その後の永い時間をしゃべれる。
桜坂では、識名園、特別な共通の処として認知されている。
与儀公園、桜坂、識名園、沖縄の野生コースである。
合言葉は、累識名園で会おう、である。




