89.小竜とヴィーラ
「な、なにあれ、あの化け物……それに倒れているのは人?何が起こっているの?(小声)」
大きくて鋭い鱗を纏ったウロボロス、その大きさは凡そ直径1メートル、長さは5メートルを優に超えている。本来こいつは第二層に住む魔物だ。
「状況は判らないが、危険な状態である事だけは間違いない。そして、身体の模様からして奴は『黄魔』に違いないだろう」
アリスはゴクリと喉を鳴らす。そして細剣を握る手が小刻みに震えている。
奴は真っ赤でギラギラした目を小竜たちに向け、鋭い牙をむき出しにして浅黒く細長い舌を出し入れしている。
小竜たちの身体に付いている鋭く切られた傷から見て、奴の前足の鋭い爪で傷をつけられたと想像できる。襲われていた人の体幹からどくどくと血液が流れ出し、それを抑えていた手が力を失い地面に垂れた。
「出血がひどいぞ、このままでは彼らは死んでしまう」
ウロボロスは彼らの動きが止まった事を確認できたのか地響きをさせながらゆっくりと近づき、大きな顎を開けた。
口から尖っている複数の牙がむき出しになり、粘性のある液体が流れ出る。
(奴は二人(一匹と一人)を食うつもりだ)
俺は急いで足元にあった石を手に取り、ウロボロスに頭に向かって弾いた。
弾丸のように弾き出された小石はウロボロスの横っ面に命中し砕け散った。石は奴の頭部を揺らしたが、ダメージを与えたようには見えない。
だが奴は顔をこちらに向け、細くて縦長の瞳が俺を睨みつけた。
「よし、奴の気を逸らすことは出来た」
俺はすぐさま奴の生命力を検知する。生命力は凡そ7万。
「流石に硬いな、並みの武器なら傷一つ付けられそうにない。サーベルウルフならこの一撃で粉々になったのに……」
俺はもう一発小石を弾くと同時に、ウロボロスの前に躍り出て、スカルサーベルを突きつけた。
「お前の相手は俺だ」
これで少なくとも敵意は俺に向いたはずだ。
目の前のウロボロスは俺から眼を逸らすことなく、木々が震えるほどの唸り声をあげながら威嚇してきた。
(よし、確実に敵意は俺に向いている)
前足の鋭い爪を俺に向け攻撃するタイミングを伺うウロボロス。だが、はるか頭上にアリスが剣を振りかざしている事をその化け物は知らなかった。
俺に気を取られているウロボロスの頭上から急降下するアリス。そのまま奴の首を切り落としたかったのだろうが、アリスに接触する木々のザザザザと言う音でウロボロスの意識は頭上へも向く。
ウロボロスは長い尾を音の方へ向けて大きく振った。その風圧でアリスの身体は大きく右に振られ一撃を振るえぬまま地面に着地、そのアリスに向かってすぐさま次の尾の攻撃がやって来る。
「バキバキバキバキ」っと周りの木々をなぎ倒す程の攻撃を、アリスは何とか身を屈めて避けた。
「クッ……うまくいかないわね」アリスは唇を噛む。
だが、木々がなぎ倒されたお陰で、アリスに剣を振る為の十分なスペースが与えられた。
「ピンチの後にチャンスあり」
アリスは細剣をギュッと握りしめ、体制を整える。
ウロボロスは目の前には俺が控えていて視線を外せずにいる。
「今のウロボロスにできる事はやみくもに尾を振り回す事しか出来ない。一気にやってやれ」
アリスに激を飛ばすと。ウロボロスは「シャー」と威嚇音を出した。
「任せなさい!」
既にアリスの細剣の刀身には美しく激しい炎が纏っている。
ウロボロスのやみくも振り回した尾がアリスの目の前にまで迫った時、「待ってました」とばかりに、真っ赤な炎を纏った刀身が「ザン!」と尾と身体を真っ二つに切り裂いた。
地面が割れるような悲鳴に似た唸り声が辺り一面に響き渡り、切り口から噴水の様に噴き出した鉄錆のような体液が辺りを赤黒く染めていく。
地面に落ちた尾は身体から離されたにも関わらず、ビクビクと動いている。
「わぉ、ものすごい切れ味、さすが巨匠の作った傑作よね」
アリスの生命力はウロボロスよりもはるかに劣る。まともに戦えば全く歯が立たないだろうが、匠の作った細剣と魔法をかけ合わせれば尾を切り落とす位はなんとでもない事だ。
ウロボロスは遂に俺から視線を外した。
アリスの居る、切られた尾の方へと首を傾けたその瞬間を見逃さず、俺は奴の首に向けてスカルサーベルを振り下ろした。
こちらもまた「ザクリ」と鈍い音を立て、ウロボロスの頸部は長い胴体と切り離されたのだ。
ウロボロスの体幹が徐々に消滅していく。それと共に少し赤黄色のブチがある黒く大きな鱗が大粒の雨の如くバラバラバラバラと地面に凄まじい音を立てて降り落ちた。
「倒したのね」
消えゆくウロボロスを見ながらアリスがそう呟いた。
「ああ」
もうそこにあるのは、黒光りをしたボーリングの玉の様な奴の魔石だけだ。
ホッとしている場合ではない。俺は急いで倒れている小竜と人の所へ向かった。
両腕が翼になっていて全身緑色をした小竜、見た目はかつて地球に居た恐竜の獣脚類によく似ている。人の方は茶色の長髪で少し色黒の二十歳くらいでとても整った顔をした男性。彼らの体幹にある鋭い爪で引き裂かれた傷が生々しく映る。
「まだ息がある」
もう死んでしまったかと思ったがまだ、微かに胸が動いている。
「まだ間に合うかもしれない」
俺はすぐさま回復魔法を施した。ゆっくりではあるが一匹と一人の身体にあった傷が塞がっていく。
「中からも回復させましょう」
アリスはそう言って自身のカバンから回復薬を取り出し、それぞれに飲ませた。小竜は徐々に呼吸が整い、人の方も顔を顰めだし、徐々に体動が現れた。
俺が男性の上体を起こすと、彼の長髪が揺れると尖った耳が現れた。
「あ、ロッシさんと同じ。この人エルフさんね」
アリスが男性の耳を見てそう叫んだ。アリスの声が聞こえたのか、その男性はゆっくりと目を開いた。
「うっ……こ、ここは……」
「まだ動かないで、もう少しで傷が塞がるわ」
必死に立ち上がろうとする男性をアリスは制止した。
「ひ、人族……くっ。き、君たちが助けてくれたのか?……か、感謝する。私はヴィーラ族のリンクと言う名だ。……人族に救われるとは」
男性は瞳を下に落とし、震える声でそう答えた。
(ヴィーラ……エルフよりも更に出会う機会が少ないと言われる妖精の仲間。本当に実在したのか……)
だが俺はそれ以上に何か含みのあるものの言い方が気になった。
いつも読んで下さりありがとうございます。




