87.さあ、折角なので
俺が眉間に皺を寄せていると、三人からマシンガン口撃が連射しだした。
やれ、師匠が自分よりもランク下だと立つ瀬がないだの、相応のランクを与えないと他の冒険者達が不満を持つだの、他の冒険者が「自分もGランクだから第三層に行かせろ」と言ってきて困っただの、ちゃんと汚い歯を磨けだの……おい、なんだか悪口が混じっているぞ。
暫くじっと聞いていたがその攻撃は留まる事を知らない。そんなにBランクになって欲しいのか……俺は思わず頭を抱えた。
(とてつもなく煩い)
仕方がないので俺は方向転換をする事にした。
Gランカーなら第三層迄しか行けないが、Bランクならかなり深い所まで行けるようになるはずだ。この際、Aランクになって行動範囲の限定解除を堂々と勝ち取ってしまう方がいろいろ怪しまれなくて良いに決まっている。
「わかった、わかった。Bランクになればいいのだろう。じゃあ、Bランクで出た武術大会で優勝すればAランクになれるのだな?」
投げやり気味に尋ねると、すました顔のオリバーは同時に首と手を横へと振った。
「いや、それは無理だ」
「何故だ?武術大会で優勝か準優勝でランクが上がるのではなかったのか?」
確かヤックが武術大会の説明をしてくれた時にはそう言っていたはずだ。
「Aランクだけは別だ。この国ロシドメシア共和国主催の全国武術大会での優勝者、若しくは共和国王が認める程の功績をあげた者だけが贈られるのだ。全国大会に出るにはギルド主催の武術大会でBランククラス優勝か、準優勝を取る必要がある」
(なんだよそれ、またそれはそれで面倒な話じゃないか)
だが、それを聞いたアリスは「レアならAランクになれるよ」と笑顔で安易な発言をしてくるし、オリバーも「まだ我がギルドからAランカーを出したことが無いのだよ、遂に念願の……」と捕らぬ狸の皮算用みたいな事を言ってくる。
どうせ「じゃあAランクはもういいかな」等と言ってしまえば、怒涛の様な口攻撃に合うのだろう。
「オリバーの言いたいことは判った。その話はギルドの武術大会を終えてからゆっくり考えるとして、折角Bランクになったんだ、何かBランカーに相応しい討伐依頼は無いか?」
レアがそう言うと、突如としてピンと耳を跳ね上げたヤックがウキウキ顔で部屋を出て行き、一枚の紙を持って大急ぎで戻ってきた。
「これ、これをお願いしたいのよ!Bランカー様!無理はしなくてもいいんだけど、ベヒモスを倒したレアならもしかしたらって」
ヤックがテーブルの上にドンっと置いた依頼書には『求、サイクロプスの魔石、報酬50万ピネル』と書かれてあった。
「ほう、サイクロプスの魔石を持ってきたらいいのか?」
何食わぬ顔をしてそう答える俺に流石のオリバーも慌てだした。
「ちょ、ちょっとヤック君。いくらレア君がベヒモスを倒したからとはいえ、サイクロプスは危険すぎるだろう」
「そうだよ、レア、それはいくら何でも荷が重すぎるよ」
アリスもダメダメと腕全体をブンブン振り回した。
「そもそも、サイクロプスはBランカーが十数人がかりでようやく倒せるかどうかの魔物だぞ。それに第二層迄行かねばならない、危険すぎる」
「うんうん、第二層に行くなんて自殺行為だよ。いくらヤックさんの頼みでも安易に受けてはいけないわ」
アリスとオリバーは顔を見合わせて何度も頷いた。
それもそのはず、彼女は第四層より深い所へは行った事がない。たまたま現れた第二層に居るベヒモスを倒せたと言っても相当危険な状態だった。そんな魔物達がうようよ存在する第二層に行くなんて……考えるだけで震えが出るのだろう。
二人の反応にまたもやヤックはシュンと耳を垂れるが、俺は表情一つ変えずに静かにヤックに問いかけた。
「なんでそんなにこの依頼を受けて欲しいんだ?」
アリスのいう事はご尤もなのでヤックは耳を垂らしたままシュンとして小さな声で答えた。
「サイクロプスの魔石は……物質を透過させる作用があるのよ。医療現場でね、それがあると病気の人に対して、より問題のある部分が明らかにすることが出来るの」
今まで否定的だったアリスの手が止まった。真顔になってヤックを見つめる。
「サイクロプスの魔石にそんな作用があるの、知らなかった」
アリスはそう言ってヤックの前に躍り出た。ヤックはゆっくりと話を続けた。
「でもね、幻と言われている程見つかりにくいうえに、第二層に居るから探すだけでも危険を伴う。それに倒すのに大勢の冒険者が必要でしょう?」
「うんうん、多くのBランカーを集めるのも大変だよね」
「そう、人件費とか移動にかかる費用とかを考えるとその値段でも大した儲けにならないから……」
ヤックの引き攣った笑みにアリスも声のトーンを落とし眉を下げた。
「命の危険が伴う割には収入が少ない……だから冒険者達はこの依頼を受けないという事だな」
俺がそう言うとヤックは黙って頷いた。そして泣きそうな顔をして呟いた。
「でもでも……病気の人たちは待ってはくれなくて……実は私の姉も病気の原因が発見できないまま……」
「そうだな、よほど大きな施設しか診療補助器は持っていない」
オリバーはそう言ってヤックの肩を優しく撫でた。
(病人たちは順番を待っている間に命を落とすこともあるのか……)
俺達はその話を黙って聞いていた。
「そう、そんな訳が……うん、やれる。私達ならやれる。レアは私がダメだって言っても行く気だったでしょ?」
アリスは依頼書を手に取り、俺の前に突き出した。先程とは全く真逆の行動だ。
「お願い、私も『フェニックス』と一緒に頑張るから」
アリスは『フェニックス』の柄を力強く握りしめている。
(行かないなんて一言も言っていないのだけどな……お、そう言えば)
アリスに相槌を打った後、俺は亜空間ボックスから魔石を一つ取り出した。
「では、取り敢えず今持っている一つを納品するとしよう」
俺が取り出した魔石がテーブルを『ゴトッ』と鳴らした。
「「「な、なによそれ!」」」
俺が取り出したものは勿論サイクロプスの魔石。それを見た三人は言葉を失い、時間が止まってしまったかのようにその場が凍り付いた。
「どうした?前に軽く倒した奴のだが、取っといてよかったぞ。50万ピネルゲットだぜ」
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