86.エントリーの後に
翌朝俺とアリスは早速ギルドに向かった。20日後に迫った武術大会のエントリーを行う為である。
ギルドに到着すると昨日の話はちょっとした噂になっており、面と向かって俺達に話しかけてくる者は居なかったが、コソコソと裏で何かを言われているのはなんとなく伝わってくる。アリスはそれがかなり不快なようで、ギルドに入ってからずっと下を向いて歩いている。
エントリーの締め切りにはまだゆとりはあるのだが、登録を遅らせてありもしない噂話を繰り広げられるのはあまり良い気分ではない。よって、こういう事はさっさと済ましておいた方がいい。
予定通りアリスをCランクでエントリーを澄ませ、修行に行くことにした。武術大会に向けてというより、俺達にとってはどちらかと言うと大量魔物の暴走対策の意味合いの方が強い。
それほどまでに武術大会での優勝などノービス依頼低度の難易度だって事だ。
で、折角森へ行くのだからついでに何か依頼をこなすのも良いだろう。もしかしたら俺達なら第四層より深い所の依頼も受けさせてもらえるかもしれない。なんせ、あのベヒモスを倒したのだからな。
そんな事を考えながらいつもの様に受付へ向かうと、いつも居るヤックが見当たらない。まあ、今日は別の受付嬢にお願いするとしようかと、適当に受け付けに並ぶといきなり誰かに服の袖を引っ張られた。
「レアさん、レアさん。ちょっと一緒に来てください。勿論アリスさんも一緒に」
ヤックだ。「何だ?」と聞き返す間もなくそのまま袖を引っ張られて事務所へ連れていかれた。当然、キョトンとしながらアリスも付いて来た。
事務所で待っていたのはスキンヘッドで口周りに髭を生やしたいかついおっさん。つまりギルドマスターのオリバーだった。
テーブルの上には人数分の紅茶と高級そうなお菓子まで並べられている。
「いきなりお呼び建てしてすまないね」
オリバーは何故か変な笑顔を浮かべながらへこへこ頭を下げ、手をスリスリ揉んでいる。反対にヤックは少し俯き加減で上目遣い、いつも立っている耳が下がっている。よく見るとこめかみから汗が……
「で、ギルドマスターが俺達に何の用なんだ?」
(そう言えば、ベヒモスを討伐した時にはエルザが介入してきて報酬もうやむやになっていたな。確か報酬は3万ピネルだったよな)
「確かに大金だがそれくらいの金で事務所に呼ばれるか?」とふと疑問が頭をよぎる
(あ、そう言えばベヒモスの牙と魔石を買い取りたいというのかもしれないな。ヒドラの魔石で10万ピネルだったから、ベヒモスだと100万ピネル位はいくかも知れぬ)
俺は天井を見上げながら頭の中でそろばんを弾く。
(うむ、それだけの額だと事務所で渡すって言うのも頷ける。それにベヒモスを倒したんだ、何か特別報酬も有るかもしれない。うん、あるよな。きっとそれだよな)
「レア、ちょっと、何で手を出しているのよ」
頬を緩めながら無意識に突き出した俺の手を、眉に皺を寄せたアリスが叩いた。
「え?何故ってベヒモスを倒した報酬も貰っていないし、なにか特別報酬も追加して頂けるのかなと」
「もう……」とため息をつくアリス。
「先ずはベヒモス討伐の報酬を渡してはいなかったな。確か10万ピネルだったかな?」
「コホン」と咳ばらいをしたオリバーが予想外の言葉を発する。
「なぬ?」
思わず俺の声が裏返り、言葉が喉で途切れる。何やら怪しい気配を感じる。
(確か報酬は3万ピネルだったはずだ。何故に盛る?金にシビアなギルドが額を間違えるのはおかしい。追加報酬ならそう言うはずだし、それに依頼書にはサインをしたはずだ。それを見れば正確な額が分かるはず)
「いや、確か3万ピ……」
「いやいやいやいやいや、君はそれだけの働きをしてくれたよレア君。是非報酬として受け取ってくれたまえ」
オリバーは自身の懐から10万ピネルの入った封筒を強引に俺の手に押し付けてきた。あまりにも用意周到だ。
「おい、一体何が目的だ」
オリバーの口ぶり……なんだか胡散臭い。アリスもキョトンとしているし……なんだ、ヤックは明後日の方向を向いている。
オリバーは黙って封筒を差し出したまま動かないので、俺は戸惑いながらも封筒を受け取ると、オリバーは嬉しそうに口を開いた。
「それとだねレア君」
(さっきからレア君レア君って……)
「はい。何でしょうかねオリバーさん」
「君の功績を評価して、今日からBランカーになって貰う事にした」
「ナンデスト!」
あまりの衝撃で思わず立ち上がってしまった。これもまた思いもよらない方向から話が来たものだ。ガタンと立ち上がった拍子に紅茶水面が激しく揺れる。
アリスも「なんでいきなりBランク?」と驚きを隠せない様だったが、しばらく考え込んだ後「まあ、レアなら当然よね。うんうん」とオリバーに寝返った。
「おい、一体何が目的だ」
再度同じセリフを口にした。オリバーは苦笑を浮かべながら額に書いた汗を手拭いで拭うと「まあ、Bランカーに頼みがあってだね……」と言い難そうに口を開いた。
オリバーが話した内容はレアにBランクで武術大会に参加してほしいという事だった。
何故そうなったかと言うと、ヒドラやベヒモスの討伐に加えて、ブラックシューズまで崩壊させた俺の目まぐるしい活躍は称賛されてはいるが、その反面一部の冒険者からの激しい妬みや嫉妬心を招き、挙句の果てに全てはギルドが冒険者を森に行かせないための偽装ではないかと言う声も上がっているのだとか。
「それほどまでに強いのなら、マイクと戦わせろと冒険者達が煩くてね、ははは」
オリバーはつるつるの頭をペチペチ叩きながらヘラヘラ笑っている。
(はははじゃねえよ……)
「まあ、君の活躍からしてGランクのままなのはおかしいのだよ、だからBランクに昇進して武術大会でマイクと互角に戦えばギルドに対する疑いも晴れるという訳さ」
(つまり、全てギルドの面目を保つためだな)
それだけではない、俺は知っているのだ。武術大会はギャンブル的な要素が含まれている。胴元であるギルドは賭銭の5パーセントを差し引き、残りを出資者に還元するという方式を取っている。
つまり好カードであればより多くの賭銭が集まり、ギルドも潤うというオリバーにとっては非常に都合の良い話だ。
「俺にとってはギルドの立場なんてどうでもいいし、別にGランクのままでも一向にかまわないが」
「「「それはだめだよ(だめよ)」」」
オリバーとヤックとアリスが一斉に声を揃え吠えた。まさか三方向から同時に畳みかけられるとは思わなかった。
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