84.やっぱりこうなったか……
「ああ、ああ、これだけ大勢の人間が居るわけだが、俺はよぉ、どういう訳か耳だけは獣並みに良いんだよな。」
クライブの隣に座っている髭ぼうぼうの毛むくじゃら男が、明らかに俺に向け聞こえよがしに大声を上げた。
テーブル七つ分程も離れているが、あんちゃんと言うのはたぶん俺の事だろう。これまでの地味な嫌味は俺達を釣る餌だったのだ。
「ちぇっ、こっちは依頼減って稼ぎがねえのによ、てめえらだけいいもんの食いやがって」
「そうだよな、あのヒドラ騒ぎのせいで森へ行けなかったのに、なんでスペシャルを食っている奴がいるんだ」
「あ~あ、俺もスペシャルで酒が飲みてえなぁ」
周囲の冒険者達が口々に愚痴をこぼしだした時に、先程の男の甲高い声が聞こえる。
「なぁ、あんちゃん。人の会話に口出そうとはいい度胸しているじゃねえか、なぁみんな、そう思わねえか?ましてやクライブさんとの会話だぜ」
実の所、掲示板を見てわかるようにベヒモスの影響かめっきり依頼が少なくなっている。つまり冒険者の収入が減っているという事だ。
本来ならば、と言うか、普通に通常の依頼をこなせてさえいれば低ランク冒険者でも、ギルドのさほど高くもないスペシャルディナーを食べる事も出来るはずだが、現状、それを食べると大好きな酒が飲めないのだろう。
(酒を飲むためには食のランクを落とさざるを得ないといったところか)
だが、俺には関係ない八つ当たりもいいとこだ。
クライブに関しては、彼のランクならベヒモスは兎も角、ヒドラ討伐でなら活躍できたかもしれないが、俺達が討伐した時にはその場には居なかった。
行きたくともいけない事情でもあったのだろう。あれだけの口を叩くのだ、俺が行っていれば……という思いが強かったに違いない。
これもまた想像だが、その場でいちばん活躍したと言われる冒険者……つまりこれもまた俺だな、が目の敵となったのだな。
俺の考え通りなら、これも八つ当たりである。
「もう、レアが余計な事を言うから……さっさと食べて行きましょう。面倒ごとはごめんだわ」
アリスはガチャガチャと忙しなくフォークとナイフを動かす。
アリスは慌てて肉を口に詰め込んでいるが、やはり簡単には収まらない。先ほどの毛むくじゃら男が席を立ち、こちらに向かって来たのだ。
(……ああ、面倒くさい。どうかここに来ません様に)
残念なことに俺達の祈りは通じなかった。その男は俺達の座っているテーブルをドンッと叩いた。
「お前らの事だよ。ちゃんと聞こえていたんだからな。何とか言えよ」
俺は渋々その声の方への顔を向けた。
(ふぅ、やっぱり絡んできたのか……)
そこには顔中毛が生え、耳が尖がり、牙をむき出しにした男が両手をテーブルの上に置き、俺を睨んでいた。
(何が獣並みだ。そのまんま獣じゃないか)
遠目ではそこまで分からなかったが、ヤックと同じ獣人だ。仕方がないので俺は渋々対応をする事にした。
「どうかしたのか?内輪の話をしていただけだが?」
俺はそう言って直ぐに下を向き、食事を再開した。アリスもその男と目が合わない様に下を向いたままだ。
(これ以上こんな奴らに構ってられるか、面倒くさい)
すると、再び毛むくじゃら男は再びテーブルをドンッと叩き、自身の頭に付いている尖った耳を指さした。
「おうおう、随分と適当な事を言ってくれるじゃねえか。目ん玉かっぽじってようく見やがれ!誤魔化そうったって、この頭に付いた尖がった耳が手前らの陰口をちゃーんと聞いているんだぜ」
(なんだそのものの言い草?いつの時代の奴だよ)
ちょっと笑いそうになったが、俺は無視を決め込む。
「へいへい、しらばっくれるんじゃねえぜ、若旦那さんよぉ、女連れで食事とはいいご身分だねぇ」
(わ、若旦那さんだと?スペシャルを食っているだけで若旦那さん扱いか……)
その感性にいささか口を挟みたくなるが、俺は継続して無視を決め込む。だが、その男はそんな事をお構いなしに品のない言葉を浴びせ続けて来る。
「おいおい、わいらを愚弄しているのかよぉ」
そろそろ時代劇風のセリフの絡みにうんざりしかかった頃、タイミングよく声を掛けてきくる女性がやって来た。
(お、女神到来か?)
「あら、レアにアリスじゃない。何か揉めているの?」
受付嬢のヤックである。女神じゃなく受付嬢が俺達の名を呼んだのだ。
この場面では大いに有難い。ギルド内での不穏な動きを察知して声を掛けに来てくれたのだ。
だが、同時に懸念も沸く。
案の定、そのヤックの一言に反応したのはそこの品の悪い獣人の冒険者ではなく、クライブだった。
「何だと、お前らが噂の奴らだったのか!」
ヤックは目を丸くして慌てて口を押えたがもう遅い。覆水盆に返らずだ。
少し離れたところ時からクライブはそう言うと、獲物を見つけたかのように速足で俺達の元へとやって来た。
近くで見るとCランカーだけあって、相当立派な体格をしているクライブ。やはり身長が2メートルはありそうで、威圧感は半端ない。
(ほほう、どれくらい強いのだ?)
ちょいと俺が生命力を感知すると生命力は1,800程度。
(なんだ、全然大したこと無い)
ギルドに居た冒険者達の生命力はだいたい平均で350くらいなので、それから比べれば確かに高いが、井の中の蛙大海を知らずである。
そもそも、アリスでも生命力は今や7,000を超えている。相手にする価値ゼロだ。
(生命力の判定が出来ない奴は悲しい)
見た目だけで判断しているから、自分の方が圧倒的に強いと根拠なしに信じ切っているのだ。
「へっ。お前らの様な華奢な奴らが、ベヒモスを倒したなんて信じられねえな。マイクに倒して貰ったのを自分たちの手柄にしたんじゃないのか?」
クライブは手に持つムーンバードの足をクチャクチャを咀嚼しながら、眉を歪め斜め45度の角度で俺を見下ろした。
こいつ、俺達に対して妬みと僻みが充満しきっているな。
(そうか、ここで周囲に俺達より上であることが証明できれば、確実に自分の名が上がる。安易な発想だな)
俺はやれやれとため息をついた。
「別にそう思うのならそう思っておけばいいだろう、別にあんたにどう思われようが俺にとっては全く価値のないことだ」
俺の言葉は一瞬でクライブを沸騰させてしまった。
クライブは顔を紅潮させ、拳を握りしめ身体をブルっと震わせ腕を振り上げた。
「いいのか?ギルド内で揉め事を起こせば依頼受注停止の処分を喰らうぞ」
クライブは振り上げた腕をゆっくり下げて震える声でこういった。
「なあ、英雄さん。当然お前たちなら武術大会に出るんだろうな」
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