8.ホテル
「こ、これ一体何本あるの?どうやってこんなに採取することが出来たのですか?」
ヤックがシルバールピナスの株を手に取り、見定める様に俺に聞いてくる。今までこんなに大量のシルバールピナスを見たことは無かったのだろう。本来なら採取しにくい素材を大量にゲットできたのだからギルドにとっても喜ばしいはずだが、その反面これが本物かどうか、はたまた盗品ではないかという疑問もわいているのだ。
「どうやって採取したかは聞かないでもらいたい。だが、決して偽物でも盗品でもない。まぎれもなく、俺が手に入れた物に間違いはない。実際盗難届などは出ていないだろう?」
目を丸くしながらヤックは何本ものシルバールピナスを手に取り、時には匂いを掻きながら見定めていった。
「……まあ、そうですね。確かに全て本物です。被害届も聞いてはいません。分かりました、依頼完了として全てのシルバールピナスの株に報酬をお支払いいたします」
ヤックはシルバールピナスの株を手に取り、10株ずつに分け100株ある事を確認すると依頼書にサインを書き入れた。
「それにしても凄いですね。100株も手に入れるなんて。有難うございます、これでしばらくは難病で苦しんでいる人に、薬を行き渡らせることが出来ます」
ヤックの表情が緩んだ。尻尾は……振っているかどうかは判らないな。尻尾が有るかなんて聞くと殴られそうだ。彼女が本心でそう言っているのが判る。この薬を求めている人間は多いのだろうな。なんだかんだで、今回もこいつの気の良い部分を見ることが出来た。こいつが望むなら難易度の高い依頼も受けてやってもいいと思う。
「俺にできることがあれば、難易度の高い依頼も人が嫌う依頼も受ける。必要なら言ってくれ」
親切心でそう言ったつもりだったのだが、ヤックに軽く笑われた。
「まだノービスの人にそんなお願いできないわよ。もうちょっと実績を積んでからお願いしようかしらね」
手厳しい言葉だが、でれもまた冒険者の安全を第一に考えた発言である。そう言われれば早く駆け上がらねばと思ってしまうのは、俺の単純なところだ。
受付に戻った俺たちは、ヤックから報酬の金、10万ピネル(1万ピネル金貨10枚)を受け取った後、この街の宿泊施設について尋ねた。これだけの資金があれば当面決まった場所を拠点にして動くことが出来る。先ずは何処かに腰を据えなくてはな。
「そうねえ、安いからこのギルド内にある宿泊場を利用する人も多いけど、個室も少ないし相部屋になるのよね。だから、お金の持っている冒険者は街のホテルに泊まることが多いわね。勿論、アパートを借りている人も居るけど、ホテルだったら衣類の洗濯までやってもらえるからね」
この街の事がまだわからない部分も多い為、身の回りの世話をして貰えるのは助かる。ホテル一択だな。
ヤックは丁寧にお勧めホテルの名前と地図を描いて俺に渡してくれた。俺の頭にはこの街の地理が完全に刻まれてはいるが、折角書いてくれたものなので、有難く貰っておいた。
そう言えば、いつの間にかヤックは俺と話すとき、タメ口になっている。依頼を成功させたことで少しばかり近しい関係になれたのか。ちょっと待て、そもそもこいつの年齢は幾つだ?
「女性にこんな事を聞くのは失礼なのだが、ヤックは何歳になるのだ?」
「レアさんが教えてくれるなら私も教えるわよ」
何故知らぬ?ギルド登録カードを発行した際に見ているだろう?出来る限りプライバシーを見ない様にしているのか、それとも直接俺の口から聞きたいいのか……まあ、いい。
「俺か?俺は28歳だ」
「え?とてもそんなにいっているようには見えないじゃないの。どう見ても18.9だよ」
驚いている所を見ると本当に知らなかったようだな。それだけ関心を持たれていなかったという事か。そう思うと少し寂しいな……それはそうと、18.9とな?そうなのか?俺はこの星の人間ではないからなのかもしれないが、見た目は年相応だと思っていた。もしかすると、この星の人間は俺より短命なのかもしれないな。
「で、ヤックは何歳なんだ?」
「私は38歳だよ」
なんと、それこそ10歳代だと思っていた。俺よりも随分年上ではないか。獣人はとても若く見えるのだな……というか顔に毛が多いので皺が目立たないのだ。そんなに年齢が上なのにマイクに熱を上げているとは……それは個人の自由か。だが、そんな事よりも俺は年上を敬うタイプなのだ。今まで失礼な言葉遣いを反省しなければ。
「今まで偉そうに話してすみませんでした。これからはヤックさんを敬って生きていきます」
気を使って頭を下げてみたら大笑いをされた。
「きゃはは、何をいまさら。今までと同じ言葉遣いでいいよ。仕事がしにくいからさ。私もレア君にはタメ口で話したいし」
ヤックは屈託のない笑みを浮かべた。そして、レアさんからレア君に変わった。完全に年下扱いになったな。俺もヤックの事は呼び捨てにしていたし、お互い様か。仲良くなったついでに尻尾の有無を知りたいのだが……やっぱり聞くと殴られるか。ここは無難にと
「そう言って貰えれば助かる。俺も敬語は苦手で、ボロが出ないかが心配だったんだ」
そんな話をしている時、俺の後ろに他の冒険者が並び出した。会話はここまでだ。俺はヤックに再度お礼を言って、地図に書いてあるホテルに向かった。
◇ ◇ ◇
折角書いて貰った地図の通りに進んでいくと、ヤックが言っていたホテルがあった。ホテル名は『ホテルセンチュリア』
ホテルはレンガ造りの建物で10階建て、この辺りのホテルにしては割と小ぶりだ。ヤックのお勧め理由は、設備の割に宿泊費が安い事と、料理が美味しいらしい。人気なので部屋が空いていなければ申し訳ないと言っていたが、はたして空いているのだろうか。
ホテルに入ると直ぐにボーイが俺の元へやって来た。冒険者向けのホテルにしてはサービスが良い。俺が空き部屋を探しているというと、そのまま近くのソファーでお待ちくださいと言って、フロント迄聞きに行ってくれた。俺がソファーでボーイの返事を待っていると、ロビーで揉めている声がした。そちらに目をやると見るからに冒険者のパーティだ。
「もう、お前とは組めねえよ、他でパーティを探してくれ、縁がなかったな」
捲し立てる男性二人に責められているのは女性一人、女性は今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。
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