83.クライブ
「なんちゅうおっさんだ。俺達を追い出しやがった」
少し口を尖らせて頭をポリポリ掻いている俺を見てアリスはクスっと笑う。
「レアって凄いよね。バルディーニさん、まるで子供の様だったわ。巨匠をあんな風にさせるなんて普通は誰にも真似できないよ」
「いやいや、バルディーニを子供に戻らせたのはお前だろう」
俺は一切何もしていない。魔法を纏う剣を見せたのはアリスだ。
「何言っているのよ、レアが私に教えてくれたからあれが出来たんじゃないの。全てあなたのお陰よ。ほんとうに、ほんとうに感謝しているんだから」
アリスが上目遣い気味に色っぽい笑みを浮かべる。
「ま、まあ。それなら良かったよ……」
そんな風に言われると妙に尻の辺りがこそばゆくなる。ただ、俺は魔法の使い方が未熟なこの星の住人に最新の使い方を教えただけである。
チラリとアリスの方を見ると、彼女は頬ずりしながら子供をあやすように剣を撫でまくっている。
「とっても良い剣をプレゼントしてくれてありがとう。気に入っちゃった。大事にするね、それと考えていたこの子の名前『フェニックス』にする」
剣に名前……女の子だなと一瞬、頭をよぎるが、よくよく考えれば名前の付いた刀は沢山ある事に俺はふと気づいた。
「アリスの炎の魔法との相性が良かったからだな。いい名前じゃないか」
頷きながらそう評価した俺の腕に突然アリスが絡みつく。
屈託のない笑顔で腕に抱きつかれると、最強の俺でも冷静ではいられない。
「お、おい……えと、そ、そう言えば腹が減ったな。ギルドで飯でも食うかな」
頬が熱くなった俺は思わずすきっ腹をネタに話を逸らしてしまった。
◇ ◇ ◇
ここはギルド内部にある冒険者向けの食堂。ギルド所属の冒険者会員価格で飲食ができる、まだ夕方なのに大賑わいだ。
俺達はそこでスペシャルディナーであるワイルドボアのロースステーキを味わい、ワインを少々嗜んでいた。
「なかなか旨いじゃないか。冒険者向けだっていうからたいして期待をしてはいなかったんだが、これならまた食べにこようって気になるな」
俺は甘くてコクのある肉汁を舌で楽しんだ。
「そうでしょ。でもね、スペシャルが美味しく食べられるのは、丁度素材が手に入った時に限るのよ。私達ラッキーだったのよね」
アリスはペロリと唇を舐め、一口サイズに切った肉を頬張る。
「そうか。それは俺の日頃の行いが良いからだな」
等と、楽しく食事をしていた時、少し離れた席からひときは大きな話し声が聞こえてきた。
「おい、聞いたかよ。ブラックシューズが崩壊したらしいぜ。なんでも潰したのはルーキーの冒険者であるレアだかミディアムかそんな名前の奴だってよ」
「なんだよそいつ。ミドルネームはステーキか?へへへ」
「ああ、それは俺も聞いたぜ。なによりそいつは前にベヒモスもやっつけたって話じゃないか。とんでもないやつがいるよな」
「ああ、その話俺も聞いたことはあるが、そいつは女連れでマイクさんと一緒に戦っていたらしいじゃないか」
「ああ、知っているぜ、だがよぉその女ってのは何でも使い物にならないパーティを追放された可愛いだけの魔術士って話だぜ?」
「ほんとかよ、そんな奴らがそんな偉業を成せるわけないよな。ねえ、どう思いますクライブさん」
俺たちの名前が聞こえてきたのでそちらの方に目をやると、クライブと呼ばれた冒険者が不快そうな表情で大きな骨付き肉を口で引きちぎった。
背中に背負っている大剣から見てきっと剣士だ。その男の周りを数人の冒険者が取り囲んでいる。
俺は気配を殺しながらそっとアリスに尋ねる。
「あの真ん中に居る目立つ奴がクライブか?大きいな二メートルは超えてそうだぞ」
アリスに問いかけると彼女は唇に一本指をたてて「そうだよ」と小声でつぶやいた。
「おい見てみろ、あの肉、見た目は大きいが俺達の食べているスペシャルディナーよりも3ランク下のムーンバードの足だぞ」
「しーっ。もう黙ってって言ってるでしょ」
アリスの眼が吊り上がり、俺に今肉を切ったばかりのナイフを突きつける。
「……」
この件には触れてはいけなかったらしい。俺は視線を下に向け黙って次の肉を頬張る。
すると、またもや奴らの話声が耳に入って来る。
「ああ、確かに一部の奴らは凄いルーキーが居るって騒いでいたな。だが、所詮噂は噂、俺は自分で見たものしか信じん。本当に強いのはマイクさんだけだ」
先ほどと違って野太い声だ、これはきっとクライブの声だな。
「クライブさん、ひょっとしてそいつらはマイクさんの傍でおこぼれにあやかっただけじゃないのですかね?」
取り巻きの一人の必要以上の頷きが、へつらう気配を隠しきれない。そのセリフを聞いた他の取り巻き達も、「そうだそうだ」と首が落ちそうな程の頷きを繰り返している。
突然アリスの頬がプゥーと膨らんだ。
「おい、いくら美味しいからと言って頬張りすぎだぞ。女性としての嗜みをだな……」
「違うわよ!あいつらぁ好き勝手言って」
アリスは目を逆三角形にして「むふっ」と強引に肉を食いちぎった。
おいおい、さっきまで俺に黙れって言っていなかったか?
「まあ、そんなに怒るな。自己顕示欲の強い冒険者達なら他人の功績を認めたくないのは仕方がないだろう」
俺は自分の食べている肉の美味しそうな部分を切り取り、フォークで突き刺しアリスの前に差し出した。
「あらぁ」と頬に手を有当て、彼女はそれを嬉しそうに頬張った。
確かに先の功績でアリスも俺も一時は時の人になったのは違いないが、そこにいるクライブの様に噂はしか知らない人物も多い。
現に、ここで食事をしていても誰も俺達の事を気に留めないのだ。
だが、そんな事は俺にとっては全くどうでもいい話だ。実際に俺が最強な事は俺自身知っている。加えてそれを認めてくれている人達も居る。
それで十分ではないか。
「まあ、いずれ事実を知る事になるさ」
まぁまぁとアリスを宥めながら再び美味しくワイルドボアの肉をよばれていると、ひと際甲高い声が耳に入り込む。
「何がスペシャルだよ。ワイルドボアのロースって言っても筋だらけだぜ。あんなもの有難がって食う奴らの気が知れんぜ、ねえクライブさん」
思わず俺は両手で耳を塞ぎたい気持ちになる。
「ああ、帝王レストランでワイルドボアのヒレを食った事があるが、あれは本当に旨かった。ここの肉と比べると、本当に同じ素材かよって思ってしまうさ」
「さすがCランカーのクライブさんだ。本当に美味しいものを知ってなさる」
自慢気に話すクライブに取り巻きの大げさな称賛の言葉が、空気に浮いて聞こえる。
「アリス、さっさと食って出よう」
関わりたくないので俺は無言でロースを頬張ろうとした時、ついつい心の声が漏れ出てしまった。
「ヒレとロースじゃ柔らかさが違って当たり前だろ……」
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