82.凄まじい切れ味
「おい、目をかっぽじってよく見るんだぞ。お前の為に寝る間も惜しんで仕上げた剣だ」
バルディーニはそう言って目の前の細剣をアリスの前に押し出した。
「私の手にぴったり、それに吸い付くような感触だわ」
アリスが細剣の柄を手に取ると目を見開き、感嘆の声を上げる。再び掌を広げると柄は紫紺色の皮がベースに真っ白で光沢のある絹糸が巻きつけてある。
「持ち易いだけでなく、なんて綺麗なの」
アリスは何度か掌屈を繰り返した後、細剣をクルクル回しながら真っ黒で光沢のある美しい鞘に目を向けていた。
暫くそれをジッと眺めた後、ゆっくり息を吐き出し剣を抜き取った。
そこには美しい光沢のある柑子色の刀身が顔を出した。
「ねえ、レアの持っている細剣と同じ色だわ」
瞳が大きく見開かれ、刀身を見つめて固まっているアリスを見て、バルディーニは「どうだい?」と言いながら満足そうに鼻の下を擦った。それは俺の持っているワイズマンの作った細剣に全く引けの取らない出来だった。
バルディーニの鼻腔が僅かに広がり、少し口角が持ち上げると、彼は懐から1枚の紙を取り出し細剣の刀身へゆっくり落とした。
アリスはその様子を黙って見守っていた。
ヒラヒラと落ちていくその紙は刀身の刃の部分に触れるとそのまま真っ二つに切れてそっと畳の上に落ちた。
アリスはゴクリと唾を飲み込んだ。
「私に使いこなせるかしら……」
アリスは俺の方を見ながら声のトーンが下げる。
「凄い切れ味の剣だな。それにとても美しい。さすが巨匠の作品だ。アリスもこれに持つにふさわしい実力をこれからつけていけばいい」
俺は大いに感動した。胸の奥に何やら温かいものを感じる。この感動は俺が俺の細剣を受け取った時以来だ。俺の感嘆の声に反応したのかバルディーニは彼に似合わないテレ顔でグフフと笑った。
「ああ、初めての素材だから打つのに苦労したぞ。だが、強いぞそいつは、早速試してみてくれ庭に用意をしてある」
庭に案内をされると、まるで俺達を待っていたかの様に巻き藁が用意されていた。どうやらこの巻き藁を切ってみろとバルディーニはアリスに言っているのだ。
細剣は本来突きを得意とする剣だが、バルディーニの作った細剣は切る事も重視されている。
彼曰く「剣は切るものだ」だそうだ。切る事も重視された細剣……俺の持っている物と同じだな。
顎に手を当てながら俺はアリスの様子を伺った。
素足のまま庭に降り立ち、巻き藁の前で剣を構えたアリスは脇を引きゆっくりとそれを引き下ろした。
「切りたいと思う時には引きながら切れ」それは俺が教えた事で、これまで彼女が何百本も訓練を繰り返してきた技術だ。
アリスの肩に強張りがない。お試しのつもりで殆ど力を入れずに振り下ろしたようだが、ほぼ剣の重さだけで巻き藁は音もたてず切り落ちた。
「……」
恐ろしい切れ味だ。切った当の本人であるアリスも口を半開きにして呆然としている。
「どうだい、見事だろ。それで一流の冒険者になってくれよ。それと、何処かであの原石を見つけたら取っておいてくれ、大量魔物の暴走に備えて他の奴にも武器を作ってやらないといけないからな。へっへっへ」
自慢気に語るバルディーニだが、俺の方はと言うと誤ってアリスが指を落とさないかの方が心配になる。俺が心配そうな目で見つめていると当のアリスは心配を他所にニンマリと笑い出す。
「す、凄いわ。これなら魔力を使わなくてもベヒモスも余裕で斬れるわね」
アリスが興奮しながらそう言うと、バルディーニはやや怪訝そうに問いかけた。
「ぬ?『魔力を使わなくとも』とはどういうことだ?」
「ん?こういう事よ」
そう言ってアリスは手に持っている細剣の刀身に炎の魔法を纏わせた。
貰ったばかりの新品の細剣にいきなり火を点けるとは……アリスの突拍子も無い行動に俺の頬の筋肉が痙攣をおこす。
だが、アリスは全くにせず魔力を増幅させていく。すると柑子色の刀身に真っ赤な炎が重なり、刀身は色を揺らぎのある朱色に変えた。
「おぉ、なんという事だ。そんな魔法の使い方があるとは!す、直ぐにその巻き藁を切ってみてくれ」
バルディーニは勢いよく立ち上がり鼻息荒くまだ切られていない巻き藁を指さした。
アリスは黙って頷くとゆっくり巻き藁へと向かい、魔法を纏った刀身を振り下ろした。今度は先程とは違い僅かに焦げ臭さが漂う。
一刀両断された巻き藁はパッカリと二つに分かれた途端、真っ赤に燃え上がった。
バルディーニは口を開けたまま手に持っていた扇子を落とした。
「なんという事だ。剣を扱うものは魔法量が乏しい。魔法を使えないから剣を使う。だからそれを最大限に引き出せるように剣を打ってきた。しかしどうだ、魔法を使う奴も剣を使うのだ……」
「どう?凄い?」
今度はアリスが得意気に肩をそびやかし、バルディーニに問いかけた。
「あ、あぁ。想像以上だ。お前さんに剣を作って良かったよ」
「ふふふ、もう私はレアのお荷物じゃないわよね」
アリスは細剣を見つめながら満足げにそう答えた。
「ふふふ、魔法を使えるやつの為に作る剣。一体どんな形にしようか、身体のデカいやつに小さな奴、魔法にも強弱があるはずだ。楽しみなってきたぜ」
バルディーニはひとりでニヤニヤ笑いながら何やらブツブツ呟いていたと思うと、俺とアリスに鋭い視線を浴びせてきた。
バルディーニの手足が落ち着きなく動く、そして、あわただしく髪を搔き上げ俺達に甲高い声を上げた。
「おいおまえら、もうここには用はないはずだ。とっとと帰れ!」
頭がいっぱいになったバルディーニは、直ぐにでも新しい剣を打つために邪魔な俺達を追い出したのであった。
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