76.ボス戦 1
監視カメラを使用不能にしたにも関わらず、パトリツィオの落ち着き様はまるでレアが来ることが判っていた様だった。
それにしても、あのエルザの落ち着き様は如何したものか……本当に攫われたのかと疑いたくなってくる程であった。
レアは目の前に居る余裕綽々の男をわざと煽る様にこう尋ねた。
「まあ、このブラックシューズを崩壊させる前にとりあえず聞いておこうか。なぜお前はエルザを攫った」
レアの問いかけに対し、パトリツィオは「ククク」と笑いながら組んでいる足の左右を入れ替えた。そして、その質問には答えず、レアの横で唸り声をあげているファングタイガーに目をやった。
「ほほぉ、お前は魔物を手名付けることも出来るのか。それに拘束の首輪も除去したという事はその意味が分かっているという事か、面白い」
パトリツィオは独り言の様にそう答えた。質問に対する全く関係のない返答だ。それはあくまでも主導権を握っているのは自分で、目の前の男になど屈服させられるはずもないと言う自信の表れだった。
パトリツィオは懐から葉巻を取り出し、ライターで火を点け、ゆっくりと煙を吐いた。そして、自身の首をクイッと捻るとパトリツィオの後ろに並んでいた10人の護衛達がレアの前へと躍り出た。
どいつもこいつも『腕に覚え有り』と言わんばかりのファイティングポーズを取ってはいるが、レアにとっては別段、特別な奴らでも何でもない。
まあ、しいて言えば……確かに選抜されている10人だけあって、その構えを見ただけでそこらの冒険者とは比べ物にならない程鍛え上げられている事が判らないでもない。
それでも、レアにとっては肩に付いた埃を払う程度のもの。次元が違いすぎるのだ。
だが、レアがそのような目で護衛達を見ているとはパトリツィオは夢にも思わず、こんな事を言い出す始末。
「フフフ、ここまで来られた褒美だ。そいつら10人を倒せたらお前の質問に答えてやる。まあ、そいつら10人合わさっても俺の強さの1割程度だ。それとも怖気づいて配下に加わるならそれでもいい、好きに選択させてやろう」
こいつらを倒すだけで教えて貰えるなら楽でいい。レアは何も言わず、構えを取り戦う意思を示した。
戦う意思を感じた男どもはすぐさまレアを取り囲み、各々得意とする武器を取り出した。チェーンを振り回す奴や、剣を構える奴。武器を持たない奴にヌンチャクまで他様々。
ほお、この星にもヌンチャクが有るのか……
それにしても、この星にヌンチャクがあった事は驚きだった。地球にあったものと同じような武器を持つ奴らをレアは不思議そうに眺めた。
さっきの刀の奴とか、このヌンチャクとか地味に地球と被っている。何か理由が有るのか?
疑問は尽きないが、今は目の前の敵を倒すことが最優先。レアは囲んでいる男たちに目をやったが、なかなか襲い掛かってはこない。
レアは奴らが一度に襲い掛かって来るかと思っていたが、どうやら同士討ちになるのを避けているのか、それぞれが距離を保ち誰ひとり動こうとはしない。
膠着状態がしばらく続いていたが、察するにどうやら奴らは強さに対して個々に相当な自信を持っている様だ。それに背後から攻撃を仕掛けてくる気配も無いことから、それなりのプライドも持ち合わせている。多対単であるというこの状況がかえって攻撃させにくくさせているのだった。
それぞれの男が威嚇をしてくるが、相変わらず一向に攻撃してくる気配はない。どうするつもりだとレアが考えていると痺れを切らしたのかパトリツィオが指を『パチン』と鳴らした。
空気が変わった。
今までの膠着状態が無かったかの如く、真正面に居た剣を持つ男がいきなりその剣で突いて来た。
己のプライドよりも、パトリツィオの恐ろしさが上回ったのだ。他の者達も一斉に動き出す。
レアは正面から付いて来る剣を躱し、身を屈めると頭上からハンマーが迫って来る。それを後方へ反転しながら蹴りで情報に跳ね上げ、後方へ飛びのいた。右方から飛んでくるチェーンを掴みそれを力任せに引くと、それを握っていた男が一緒に飛んできたので、ハンマー投げの如く振り回し、左方に居る男2人に衝突させた。倒れ込んだ3人を踏み越えて武道の達人らしき男が回し蹴りを放ってきたので、その足を掴み、後方に居るヌンチャク男の方向へ投げ飛ばした。ぶつかった衝撃で2人の男は倒れ込む。
流石に鍛えられた男たちは、この程度で気を失ったりはしない。真正面からの攻撃では通用しない事を悟った男たちは、それぞれ距離を取り出した。他の者の動きを見ながら隙をつく作戦に切り替えたのだ。
次に正面に躍り出たのは大剣を構えた男だった。この男は先程までの攻防には一切手を出さず、レアの動きを見ていた。そして『手を出すな』とばかりに左腕で他の男たちを制止した。レアは他の男たちを警戒しつつ、それに応える様に自身の細剣を鞘から抜かずに構えた。
レアのその行為は大剣の男にとって屈辱的なものだった。眉間をピクリと動かした後、素早い踏み込みからレアに向かって構えた大剣を振り下ろした。通常の相手なら一刀両断に出来る程の太刀筋だったが、レアはそれを右腕一本で握る細剣で難なく受けとめた。まるでかたい岩石に切り付けた様な衝撃を受け、大剣の男の身体がぶれた所へレアの強烈な左フックが顔面を捕らえた。
男はその衝撃で勢いよく地面を転がり、大の字になって倒れた。完全に意識を失っている。
『実力が違いすぎる』ようやくその事に気付いた男たちは当然怯みだした。其々が自身を警戒するように間合いを取った時、怒号が飛んだ。
「何をぐずぐずしている!さっさと倒さないか」
パトリツィオが怒鳴り声をあげたのだ。その声を聞いた男たちは身体をピクリと反応させた。
(殺らないと殺られる)
ボスの恐ろしさを十二分に知っている男たちは顔を引き攣らせた。
「「「うおおおおおぉぉぉ!」」」
そして間髪も無く、また、形振り構わず、互い打ちになるかもしれぬ事など全く無視して一斉にレアに襲い掛かった。
『攻撃反射魔法』
攻撃反射魔法は攻撃を行ってきた相手にそのままそっくり攻撃を反射する魔法である。レアは一斉に攻撃してくるこの瞬間を待っていた。
大きな殴打音の後、立っているのはレアだけだった。男たちはレアに向けた攻撃を自身に受け、気を失う程のダメージを受けたのだ。
「さあ、お前の護衛は皆使い物にならなくなったぞ。エルザを攫った理由を教えて貰おうか」
レアは鞘に入ったままの細剣をパトリツィオに突き立てた。
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