7.依頼達成
惑星イメルダへ帰れる手段が見つかる迄、この世界で生きて行かなくてはならない。幸いにも魔法が使えるので、生きていく分にはそうそう困ったりはしないだろう。
勿論、力ずくで生きていくことは余裕だが、そんな事をすれば帝国軍と同じになってしまう。それよりも俺は周りに溶け込み、来るべき日に何事もなかった様にフェイドアウトする事が理想なのである。だから、地味ではあるがちゃんと働いてお金を稼ぎ生活をするのだ。
俺は依頼をこなす為、空間認識魔法を施行した。シルバールピナスを探すためだ。既に百科事典でシルバールピナスがどういう植物なのかは認識しているので、現在地から半径50キロメートルの範囲でそれを検索する。ヤックが言った通り、確かに生息数は少ない。生息場所は俺が放り出されていた山の中だが、調べた範囲では5株ほどしか無い。空間認識魔法がなければ見つけるのに困難を極めるだろう。それを考えるとあの依頼料はむしろ安いのではないか?
すぐさま山へと向かったが、いくら金になるとはいえ、たった5株すべて狩り取ってしまうのは拙い。それに、たかだか5株程度で満足する俺ではない。俺にはちゃんと考えが有るのだ。
百科事典の情報によると、シルバールピナスは薬草の中でも相当万能なもので、他の薬草では作れない難病薬の原料となる。それに育つのに時間がかかるうえに、ある条件下でしか育たないのだが、その条件が何かが解明されていないので、人工栽培も難しい。加えて非常に弱い草なので植え替えも出来ないなんとも不思議な植物だ。
基礎体力の高い俺にとって山を登る事など、ジャングルジムを登る程度のものだ。有能な空間認識魔法により、花弁付きシルバールピナスの1株は直ぐに見つけることが出来た。採取するのはこの1株だけにするつもりだ。だが、それでは大した金にはならないので、魔法で大量の複製を作るというのが俺の考えだ。万能な俺だからこそできる技なのである。魔法は自在ではあるが、基本的に無から何かを作り出すことは出来ない。よって、大量に採っても差し支えの無いものを素材にして作り変えるのだ。
先ず、そこらに生えている大量にある草を風魔法で刈り取り、花弁付きシルバールピナス(オリジナル)の横にしこたま積み上げる。その大量の草が素材となるのだ。
『複製』魔法でオリジナルの情報を搾取した後、素材に向けて魔法を放つと、素材がその形を崩しながら遺伝子が再構築されて、僅か10分ほどで100株の花弁付きシルバールピナスが完成した。
流石俺だ。コピーとは言え、オリジナルとなんら遜色のない出来栄えだ。それなりの魔力を消費するが、俺の魔力量は底なしだ。それに万が一枯渇したとしても、一日たてば回復するので全く心配はない。これで10万ピネルゲットだぜ。俺は100株のシルバールピナスを亜空間ボックスにしまい込んだ。
100株もあれば価格が下落してしまう可能性もあるので、同じ手はそうそう使えない。何よりも何度もこれをやっていると目立ってしまうだろう。それと、力ずくで採取場所を聞き出そうとする奴も出てくるはずだ。対処をする事には何ら問題は無いのだが、煩わしい事は嫌いだ。依頼完了の際にはこっそりヤックに渡さなくては。
ギルドに着いた俺はすぐにヤックの元へと向かった。有難い事に一般大衆が来ている何処へ行っても目立たない服装は効果抜群で、誰も俺の事を気に掛けたりはしない。あれほど人が集まって来ていたのが嘘のようだ。
「ヤック、悪いがひと気のない場所で俺の話を聞いて貰えないか?」
俺がそう言うとヤックは獣人の耳をピンと跳ね上げ、頬を赤らめた。
「えと、えと、ひと気のない場所とはどういう事でしょうか?あの、レアさん、申し訳ないのですが私にはマイク様と言う想い人が……」
何を言っているのだこの娘は……
「いや、少しお前の言っている意味が分からないな。俺が言いたいのはさっき受けた依頼の事なのだが」
依頼という言葉に反応したヤックは途端に不機嫌になった。顔中の毛が逆立ったのだ、実に判り易い。
「だ、だから言ったでしょ、その依頼を受けるのは辞めなさいって、頼まれても慰謝料を無しにすることは出来ないですからね。そんな平凡な服まで買っちゃって、もうお金もそれで使っちゃって、どうしようって相談なんでしょ?どうせ」
「い、いや、そうではなくて……」
「はいはい、分かりましたよ。ここでは話しにくいのですよね。そりゃ依頼の辞退ともなればここで話されるのは恥ずかしいですものね。今回だけですよ、顔を立ててあげるのは。いう事を聞いてくれなければ、次からは皆の前で恥をかいて貰いますからね、じゃあ、隣の事務室へ行きましょうか」
ヤックはえらい剣幕でまくし立てた。取り付く島もない。まあそれでも、二人になれるならどうでもいいか。ヤックは他の受付嬢に後を頼むと、後ろを向いたまま人差し指をクイっと捻り俺を事務室へ招いた。
事務室はいくつもあり、彼女が選んだところは個人面談をするような狭い個室。わざわざひと気のない所を選んでくれたのだろう。落ち着いて話を聞いてはくれないがやはり思いやりのある女性だ。
「はい。ここならいいでしょ。で、貸して欲しいの?お金。慰謝料を無しにすることは出来ないからそれを払おうと思うなら借金しかないわよ?それか、別の依頼を受けて、その依頼料で支払うかのどちらかだけど、どうする?」
全くもって、俺が依頼をこなせなかったことを前提に話してくる。これは通常のノービスが、身の丈に合わない依頼を受けて途方に暮れているケースが多い事を物語っているのだろうが、そう考えると受付嬢もその尻拭いに苦労をしているという事なのだな。
気持ちは分かるが俺にも話をさせて欲しい。何か言おうとすると直ぐに俺の話を遮って来るのだ。これだと一向に話が進まない。
「で、何とか言いなさいよ、1万ピネルまでなら無償で貸すことが出来るわ。でも、ノービスに与えられるたった一度だけの権利だから、使いどころを考えた方がいいわ」
漸く会話が途切れた。このチャンスを逃すまいと、俺はヤックの前に掌を向けた。
「あの、ちょっと待ってくれ。君の親切は理解できたが、すまないけれど少しでいいから話を聞いてくれないか?」
「へ?」
このタイミングを逃しはしない。俺は急いで亜空間ボックスから先ずは1株のシルバールピナスを取り出した。
「これなんだが」
「ええ!」
続けてシルバールピナスの株をどんどん取り出し、ヤックの目の前に積み上げてやったのだ。美しい花弁の付いた植物なのだが、こう積み上げるとねぎを積んでいる様にも見えて、希少価値があるようには思えないのは少し悲しい。
そして、それを見たヤックの開いた口は塞がらない。顎が外れたのではないかと思う程である。
「うえええええ!」
暫くの沈黙の後、部屋中にヤックの驚きの声が響き渡ったのである。ふふふ、その驚く顔が見たかったのさ。
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