73.5階の奥へ
エレベーターの扉が開くと頬に傷のある男は俺に乗れと言わんばかりに顎クイっと持ち上げた。面倒なので、これからこの男を『頬傷』と呼ぶことにする。
言われた通りレアがエレベーターに乗り込むと、後から頬傷も入ってきた。やはりレアを一人では行かせないつもりだ。
レアがそれとなくエレベーター内部を見渡すと、ご丁寧に中にも監視カメラが3つも付いてはいるが動きを止めている、どうやらまだ再稼働はしていない様だ。
頬傷が後ろを付いてエレベーターに乗り込んできたところへ、レアは瞬時に後ろへ回りの頸部を殴打して意識を刈り取った。声を立てることも出来ずにその場に倒れ込む頬傷。
まあ、半日はここで上がったり下がったりすることになるだろうな。それに折角『頬傷』という恰好の良いネーミングを付けてやったが、もう、ほぼお前の出番は終わりだ。
要は、このまま先程の自身の言葉を遂行するなら、本当に3階に行かねばならないのでやむなく頬傷には意識を失くしてもらったわけである。3階の囚われている人たちも確かに気にはなるが、最優先はエルザが居るだろう5階直行である。
エレベーターの外にはパネルしかなかったが、中にはちゃんと階を示す数字が並んであった。レアは迷わず5階のボタンを押した。
再度レアが五階の生命力を検知するとエルザの傍にはひと際大きな生命力を持った奴が出現した。先程までは居なかった奴でそいつも生命力は3万近くありそうだ。
しかし、不思議だ。何故いきなりそいつが浮上したのかと、エルザの生命力は2万弱。仮にそいつがブラックシューズで一番強いやつだったとしても生命力3万くらいの奴なら勝てないまでも、エルザの魔力を駆使すれば逃げ出すことは十分可能だったはずである。それがあっさり捕まってしまうとは……
可能性があるとすれば、きっとそいつも俺と同じで生命力をコントロールすることが出来るタイプなのだろう。それも相当高いレベルだ。
ロバーツの言っていた『あいつ』とはこいつの事かもしれない。
レアは今までいろんな敵と戦ってきたが、生命力100万を超える奴は稀だった。相当な強者と言われる奴でも50万くらいだ。第二相で黄魔化したサイクロプスであっても生命力は15万ほどだ。舐めているわけではないが、生命力をコントロールできるタイプだったとしてもこの星に100万を超える奴など居るとは思えない。
仮に生命力が100万程であったとしても250万のレアの敵ではないが、そいつがこの星の脅威になる事だけは間違いない。
今後のこの星の為にも、その『あいつ』とやらを拘束させてもらうとするか。そもそもブラックシューズなんて無くてもよい組織だしな。
そう考えているとエレベーターは5階に到着し、ゆっくり扉が開いた。扉の向こうには2人の守衛が立っていた。そいつらは俺を見るなりナイフを取り出し「だ……」と言ったきり崩れ落ちた。
まあ、「誰だ!」と言いたかったのだろうが、「だ」の所でレアは2人の意識を両裏拳で刈り取ったわけである。
レアがエレベータから降りて、ゆっくり周囲を見渡すとこの5階は何とも言えないフロアである。このビルの他のフロアの事を知っているわけではないが、通常こういう建物の内部は廊下があり、幾らかの部屋の扉が並び、人が行き交いしているものだが、目の前に大きな扉がたった一つあるだけである。
レアがその扉へ近づくと自動でそれは開いた。
招き入れられている様だな。監視カメラはまだ作動していないので俺が侵入者だという事は知られては居ないはずだが……
勝手に「誰だ」の「だ」だったと思ってはいたが、うーむ、本当に「誰だ」と言おうとしたのか?
よく考えれば、別人とはいえ組織の中に居る人物の服を着ているわけなので、通常なら「誰だ」と言うよりも「何か用か?」の方が適切なはずだ。それとも他に何か言おうとしていたのか。しかし、ナイフを突き出してもいたしな……分からん。
……早く狩りすぎたかな。もう少し喋らせてからでもよかったかもしれん。
こんな短絡的な行動は魔術騎士の指揮官としては失格である。部下がいれば苦言を呈されるところだ。
目的の5階には到着した。もう存在がばれている事を前提に行動をした方がいい。そう思ったレアはその場でサングラスの男から剥ぎ取り纏っていた服を脱ぎ捨てた。
開き直ったレアはそのまま開いた扉の中へ足を踏み入れた。
やはり、こんなこったろうと思ったよ。
想像通り、レアが入った後その扉は静かに閉じられた。傍によっても再び開く気配は一切無いし、開けるためのボタンなども見当たらない。
まあ、このまま行くしかないか。
扉が閉じられた後の部屋は薄暗く、生暖かい。それにほんの少し生臭さもある。何か生き物が気配を消して獲物が近づくのを待っている、というような感じだ。薄暗くて良くは判らないが、目を凝らしてみると6つの光る眼がレアを見つめていた。
あれは獣の眼だ。成程、あいつらはこの部屋を守る番人って訳か。ならば、その姿を拝ませてもらおう。
レアは掌から球体を作り出しそれを空中へ浮かべた。するとその球体は真っ白な光を放ち部屋全体を照らした。
照らされた部屋の全貌が明らかになった。三十畳ほどのあるこの部屋の奥には扉がありその扉の前に三体の魔物が歯をむき出しにしてレアを睨みつけていた。床は所々赤く染まっている。奴らによって多くの人間が此処で命を落としてきたのは想像に難しくはない。
あいつはファングタイガーだな。
浅黒い体色に鋭い牙と爪を持つ大きさ3メートル程の大型のネコ科の魔物だ。好戦的で生命力3000程、普段は第三層に生息し、知能もそれなりに高いと百科事典には書かれてあった。この辺りの冒険者生命力なら到底勝ち目はない、いたぶられて殺されるだけだ。
ファングタイガー達は隙あらば俺を攻撃しようと戦闘態勢を取っている。
おかしいな、これ位の生命力を持つ魔物なら俺の生命力の高さを察知して戦いを避けようとするはずだが……ましてや知能の高いといわれている魔物だ。
ぬ?よく見るとそいつらに首輪の様なものが嵌められている。
もしかするとあの首輪で操られているのかもしれない。魔物であろうとも自分の意に反して殺傷させられているのであれば同情の余地はある。ましてや、操っている相手がブラックシューズなら尚更だ。
もしかすると単なる首輪かも知れんが、試してみる余地はあるな。
俺は三体の魔物の元へと飛び出した
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