72.潜入
トイレの監視カメラの異常に気付かれる前に目的を果たさねば……
レアは念のためにトイレの個室に潜り込んだ。幸いそこにはカメラからの死角の部分がある。
これで万が一監視カメラが再起動したとしても、多少時間は稼げるだろう。
レアは亜空間ボックスを開放した。
さあ、サクッと破壊するか。
レアは再び魔素感知で監視カメラの魔力供給源である二階の中央にある部屋を再確認すると、亜空間ボックスから小石大のミスリル鉱石を3つ取り出し、生命力の抑制を解いた。
さあ、これで俺の生命力は250万だ。
レアは取り出した目ミスリル鉱石をクルッと指で回した後、目標である魔力供給源に向けてミスリル鉱石を思い切り指で弾いた。弾かれたミスリル鉱石は弾丸のように吹っ飛び『ゴン』と音を立てて天井を貫きそのまますっ飛んで行った。
まあ、少々音はしたが、誰かが来たら倒しちまえば問題ない、なんせ今このエリアの監視カメラは壊れているから確認のしようがないしな。
レアは更に先程天井に空いた穴に2発、ミスリル鉱石に打ち込んだ後、個室の扉を開けた。表には誰も居ない、どうやら『ゴン』と言う音を誰も気にしなかった様である。
個室からそっと顔を出し、少し離れた場所に設置してある別の監視カメラを見てみると完全に動きが止まっている。
予定通り成功だ。
目的を果たしたレアが何食わぬ顔をしてトイレから出ると、建物内へ入れてくれた二人の男がやって来た。
「おい、用が済んだらすぐに出ていけ」
サングラスの男が俺の腕を掴んだ。今見える範囲ではこの男二人以外誰も居ない。当然監視カメラも作動していない。
「ああ、ご苦労だったな。先ず一つ目の用事は済んだ」
「な、何!」
男達はそれ以上言葉を発することは無くなった。何故なら相手が気付かない程の速さで二人の後頭部を殴打し、意識を刈り取った。
他愛も無い、生命力500程度何てこんなものだ。半日は目を覚ますまい。
レアは二人をトイレに押し込み、自身に体格の近いサングラスの男から服を剥ぎ取りそれを身に着けた。
これで誰かに見つかったとしても直ぐには正体を見破られないはずだ。実際の所、出くわした奴の意識を刈り取りながらエルザの所へ向かってもいいのだが、いずれ騒ぎになるだろうし時間もかかる。ばれないに越したことは無い。
偽装したレアはサングラスの男同様、やや肩をいからせながら建物内を歩き出した。
レアの検知魔法では何処に生命が居るのかを把握することは出来るが、建物内の詳しい構造までは流石に把握できない。誰かが監視カメラの故障に気付いて、修理をするまでの間にエルザの元へ行ける事が理想ではあるが、思ったよりも建物の内部はややこしい。直ぐにエレベーターやエスカレーターでも見つかればいいのだが、何かを探してキョロキョロしているときっと怪しまれるだろう。
はて、一体何処に上へと上がる階段があるのやら……
検知魔法の結果によると、この建物の中には50人くらいの人間がいる。その内の一人がエルザだが、彼女の生命力は極めて高いので、彼女だけは居場所が分かっている。その他に……生命力が50程度の人間が10人程、3階のある場所に固まっている。
生命力の低さから考えて、攫われた女性ないし子供たちが監禁されている可能性があるな。追いつめられてそれらを人質に取られても厄介だ。
それにしても殺風景な建物である。壁に絵画が飾っているわけでもなく、デザインを施しているわけでもなく、単なる白と黒のコントラストのみのフロアで、天井にはスプリンクラーは付いているが、妙な穴も開いている。
怪しい造りだ。防犯扉らしきものは沢山備え付けられている所から、怪しい輩が居たら閉じ込めて毒ガスでも噴霧しようという魂胆かもしれぬ。厳重っちゃあ厳重だが、俺ならこんな防犯扉は一撃で敗れるし毒も魔法でなんなと解決できる。全く問題なしだ。
その時、丁度生命力500程度の奴が建物の上に向かって進んでいるのをレアは感知した。
どうやらそこらへんに階段ないし、エレベーターの類のものがありそうだ。
レアは急いでその方向へ足を向けた。幸いなことに時折人とすれ違いはしたが、誰も気にかけたりはしてこない。変装は大成功だ。
レアの口角がニヤっと上がる。
目的の場所に到着すると目の前にエレベーターらしきものはあるが、何故か昇降ボタンが見当たらない。横に黒っぽいプレートが当たっているだけだ。こんなエレベーターは見たことが無い、レアがプレートに触っても一切反応も無い。
一体どういう事だ?
その場で首を傾げていると、これまた頬に傷のある見た目頭の悪そうないかつい奴が声を掛けてきた。
「おい、おまえ、そんな所で何をしているんだ。今連絡が入ったのだが、防犯カメラにトラブルが発生したんだ。持ち場へ早く戻れ」
男は荒めの口調でレアにそう言った。その口調から考えると、立場的にはサングラスの男よりも上に位置する奴なのだろう。加えて、この男はそれぞれの持ち場を把握している様だ。
それにしても変装している俺と本人の区別がつかないとは、人間のセキュリティが甘すぎだ。金を出せばホイホイ入れてくれる奴や、人の区別もつかない奴。よくもまあ、こういう奴らに防犯担当を任せているものだと呆れてしまう。
「ああ、それよりも3階に荷物を取りに来いと言われた。今から上がろうと思っていた所だったのだ。そう言うなら持ち場へ戻るが、俺の代わりに取りに行ってくれるか?」
レアは即興で思いついた口から出まかせを吐いた。すると、レアの言葉に男は少し顔を顰めた。
タメ口で喋ってしまったのは不味かったか。
「……そんな話は聞いてはいないが、誰に頼まれた」
「ゲルダさんに呼ばれている」
「ゲルダに?……」
ゲルダの名前を覚えておいて良かった。あんな奴でもこういう時にはその存在が役に立つ。
男は益々顔を顰めるが、黙って内ポケットから会員証の様なものを取り出し、エレベーターの横にある黒っぽいプレートに当てがった。すると、エレベーターの上の方が光り、扉が開いた。
成程、こうやって乗る事になっているのか。
地味に感心していると男はまじまじとレアを観察している。
理由は判っている、確実に俺が不審者だとばれているのだ。この男は俺の力量が判らないので、ひと気の多い所へ俺を連れて行き、拘束する予定なのだろう。そりゃそうだよな、エレベーターの乗り方を知らない奴が仲間であるはずはないのだから。
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