68.海岸での出来事
さて、魔法の修行をしているアリスとエルザであるが、修行の場所を森の入口から海辺の海岸へと移動していた。
エルザが考えていたよりもアリスの魔力が強かった為、このままここで修行を続けると森が焼け野原になる事を懸念したのだ。しかし、強いといっても、まだまだエルザが望む強さよりは程遠い。個人的な攻撃力ならさておき、彼女の目指すところは来る大量魔物の暴走の為の、冒険者全体の底上げである。
エルザ自身でもそれなりに大量魔物の暴走の対応は出来なくはないが、魔物を食う魔物が大量魔物の暴走に混ざる事を考えれば、自分だけでは少々力不足に感じるのである。つまり、それだけ魔物を食う魔物の生命力が想像以上に高かったという事だ。
「ねえ、あんたは他人に強化魔法をかけた事があるの?」
アリスが他人に補助的な魔法をかけた事が有るかどうかは重大案件である。最初から補助に徹する僧侶等の職業の場合は出来て当たり前の事項だが、アリスは攻撃に特化した魔法剣士である。
正直言ってエルザ自身は、冒険者の中で自分の様なマルチタスクな魔法使いにほとんど出会ったことは無い。場合によってはアリスに一からその方法を教えなければならないわけで、その教育時間は大きなタイムロスに繋がる。今後、多くの冒険者を鍛える事を考えれば残された時間は決して多くはない。出来れば武術大会が始まるまでにアリスの修行を終わらせたいと考えているのだが、出鼻をくじかれると痛い。
「はい。この間ベヒモスと戦った時に強化魔法を仲間に使いましたが……」
アリスはエルザの質問の意図が今一つ読み取ることが出来ず、キョトンと首を傾げた。
「で、何人同時にかけたの?」
「え?一人にですけど……」
「一人だけに?」
「はい……」
「たった一人?」
「(立ったも座ったも寝転んだもないです。一人はひとりです)……はい」
これってバカにされているのよね?アリスは少しムッとして頬を膨らませた。
「あの……何を仰りたいのかよく分からないのですが……」
すると、エルザが飛んでも無いことを言い出したのだ。
「あのね、50人くらい同時にかけることは出来る?いえ、最低10人でもいい。複数人に強化魔法をかけるのよ。それに強化魔法だけではない、回復魔法も同時にね」
「え?強化魔法と回復魔法を同時にかけるんですか?怪我もしていない人に回復魔法?なんで?」
エルザは頭を抱えた。
「はぁ……違うわ。それぞれ別々にかけられるかって言っているんだよ。強化魔法も複数人に、回復魔法も複数人にかけろといっているのよ、ちゃんと理解しなさいよ」
「なあんだ。ビックリした」
「お?そのセリフは……出来るの?」
「多分。出来ません。やった事ないので」
アリスはキョトンとしながら腕を逆ハの字に開いた。その様子を見ながらエルザは少しため息をつきながら話を続ける。
「何だよ一体……あのね、大量魔物の暴走の話はしたよね……」
その後のエルザの話によると魔物を喰らう魔物が出た以上、実際に戦力になるのはアリスを含め僅か数人。他の冒険者達はパーティを組んでいてもヒドラ一匹倒せなかったのだ。もし、この間の様にヒドラクラス若しくはそれ以上の強さの魔物が出た時、僅かな強者をそこで使わねばならない。
要はヒドラレベルの奴は冒険者達で倒して貰わないと、話にならないのだ。
「わかる?今居る冒険者達だけで、その他の魔物をやっつけられると思う?」
「確かに、ちょっと厳しいかもしれません」
「でしょ?だからね。少なくとも10人くらいは精鋭部隊を構成する為の弟子を摂るのよ。武術大会であんたが活躍したら、きっと弟子にしてくれっていう冒険者が出て来るわ。その中で厳選した10人を選んで前線で戦える部隊を作るのよ」
「へ?で、弟子ですか?私が弟子を取るの?いや、無理でしょ?そもそも私が弟子なのに……」
アリスが手と首をブンブン横に振って否定すると、エルザにぺしっと頭を叩かれた。
「甘えんじゃないわよ。今それが出来るのはあんた位なものでしょ。街を破壊されたいの?」
きつい言葉が飛んできた。だが、それも仕方がない事、アリスがやらねば誰がやる状態である。
アリスの課題は10人単位以上の複数人に補助魔法をかける事、そして、それだけの魔法量を身に付けなければならない事、更に冒険者達を鍛えなければならないのだ。責務の重さにアリスが困った顔をして蟀谷から一すじの汗を垂らした時である。
その様子を傍目で見ていたいかがわしい奴らが二人に近寄る。エルザはその存在に気付いていたが、あまりにもショボい奴らなので全く気にしてはいなかった。自分たちの実力も顧みず、まさか近寄って来るとは……と少々驚いてしまう。
「よおよお、姉ちゃんたち、俺らも弟子にしてくれよな」
突然声を掛けてきたのはブラックシューズのゲルダとその仲間だった。
「鬱陶しいよ、あっちへ行って。あんたらに構っている場合じゃないのよ」
エルザが蠅を追い払う様に手を振ると、ゲルダは眉間に皺を寄せたがアリスの顔を見てアッと声を上げた。
「お前はあの時の女の冒険者じゃねえか。今日はあの怖い兄ちゃんは居ないのか?それに、幸いここにはお前ら以外誰も居ない。へへへ、じゃあ、遠慮なくお前らを攫って行くことにするかな」
ゲルダは、以前声を掛けた時にガタガタ震えている弱かったころのアリスしか知らない。冒険者ではないので最近のアリスの活躍など知る由も無いのだ。だから攫う等と言えば恐怖で顔を引き攣らせるだろうと想像をしていた。
しかし、アリスもその隣に居る小娘も動じないばかりか、鼻で笑いだしたのだ。
「あんたがあたしたちを攫うって?ふふふ、チャンチャラ可笑しいわね。あんた、あたしたちに勝てるとでも思っているの?」
「なんだ?この小娘は。気の強ええガキだな。心配するな、お前も一緒に攫ってやるからよ」
ゲルダはそう言うと傍に居る手下の男二人を見て、掴まえろと顎で指図した。ガタイの良い二人は「へい」と頷くと、アリスとエルザに近寄ってきた。
「ねえアリス。面倒だからあんたがのしちゃってよ」
エルザがやれやれ顔でアリスにそう言うと、アリスの方は「へ?私ですか?」と少々驚きながら自身の顔に指をさした。
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