64.さて厄介な事だ
まさに一瞬の出来事、決して油断をしていたわけではないが何もできぬままロバーツは殺されてしまった。首から上がちぎられ跡形もなく粉々、流石に回復魔法でも元通りにすることは出来ない、即死だ。
多分、ロバーツ自身もなぜこうなったかは分かってはいないだろう。自分に危険が及んでいると分かっていれば、俺を盾にするなり防御魔法をかけるなりしていたはずだ。結局は使役できていなかったという事か……今となっては聞く術はないが。
くそぉ、あいつの話も振出しに戻ってしまった。
良い所など一つもなかったロバーツだが、同じ異星人として助けてやれなかったことに対し、レアほんの僅かに心が痛む……なんて訳はない、悔やむのはこいつにはまだまだ聞きたいことがあったのに、という事だけ。
それにしても、生命力8万のロバーツを一撃とは、この魔物は数値以上にパワーを持っているな。火事場のくそ力的な何かがあるのだろうか?
だが、そんな事を気にしている場合じゃない、サイクロプスの次の攻撃対象はレアである。既に奴はロバーツを一撃で砕いた棍棒を大きく振りかぶっている。レアはすぐさま魔物の攻撃力を検知する。
成程、こいつは攻撃する時に生命力を爆発的に上昇させることが出来るのか。それでも所詮50万、俺の敵ではない。
奴にとっては渾身の一撃だったようだが、レアはそれを片手で楽に受け止めた。50万の攻撃だろうがレアにとっては他愛もない事だ。それに受け止めてしまえば15万の生命力、レアの生命力の1割にも満たない。サイクロプスは必死になってレアの手から棍棒を抜こうとするが、ビクともしない。
「フフフ滑稽だな、腕一本の大きさが俺の身体位あるくせに1ミリも動かせないとは。ほほう、一応感情が有るのか、歯をむき出しにしてお前の怒りの感情が伝わって来るぞ」
レアがそう言うと、言葉が通じているのかどうかは定かではないが、サイクロプスは棍棒を手放し大きな唸り声と共に、血走った大きな一つ目で睨みつけながらレアを掴みにかかってきた。
レアは瞬時にその手の指の一本を掴み、ハンマー投げの様にサイクロプスを振り回した後、空中に高く投げ飛ばした。
「さあ、遊びはここまでだ」
レアはいつもの様に安っぽいセリフを吐いた後、愛刀の細剣を取り出し、落下してくるサイクロプスの首を一撃のもとに刎ね飛ばした。
「デカいな、顔だけでも俺の身体の半分くらいはあるぞ」
吹き出す体液を試験管に納め、いつも通り魔石を回収。
さて、どうしたものかな、ロバーツの話だと後五十体は『黄魔』が居るらしいが、空間認識魔法を使ってもこの辺りの敵の強さこれまでの奴よりはるかに強く、どいつが『黄魔』なのかはかいもく見当がつかない。
それに五十体と言ったロバーツはもうこの世に居ない為、その話が本当に真実かどうかを確かめる術もない。奴が大袈裟に言っているのか、控えめに言っているのかどっちだ?
エリア外に出て来られた魔物を『黄魔』とみなして討伐する方法は堅いが、仮に五十体一気に来られるとさすがのレアでも全てを押さえるのはちと困難である。
全く、厄介な事をやってくれたもんだぜ。
全ての試験管にサンプルも手に入れられた事だし、取り敢えずはミラージュの所へ戻り、解毒剤を作って貰う方が賢明だと判断したレアは、すぐさま彼の元へと向かうことにした。
◇ ◇ ◇
その頃ミラージュの所ではマイクが魔法の修行と称して、実験室の一角に何をするのではなくただ座らされていた。
それまでマイクが手に持っていたスカルサーベルを取り上げたミラージュがあっさり真っ白の刀身を出して、フムフムと品定めをする様に眺めた後、再びマイクに手渡した。
そして「お前はこれに刀身を出せるまで念じていればいい、苦しくなればそのななんだ、その薬を引一口飲むがいい」とだけ言って、ミラージュはレアの飴を全てを持って実験室に籠ってしまったのだ。
マイクが今やっている事はレアに言われてやっている事と何ら変わりがない。先ほど迄と違うのは、歩きながらか、今の様に胡坐をかきながらやっているかの違いだけ。それと、もう一つ違うところは妙な倦怠感が自身を襲うとレアに貰った飴ではなく、ミラージュが手教してくれた深緑色の妙な液体を飲むことだった。
マイクが飲んでみるとその効果はレアの飴と変わりはないが、液体の方はすこぶる拙い。初めて口に含んだ時、思わず吐きそうになるとミラージュからこっぴどく怒鳴られたのだ。そして「やっぱり飴に戻してくれないか?」と依頼したもののミラージュから「お前には100万年早いわ!」と更に怒鳴られる始末。
マイクは言われた通り、拙い液体を飲みながら渋々修行を続けた。
「本当にこれが修行なのか?」
自身に何ら変化も現れない為、徐々に疑心暗鬼になって来ていた。それでもレアに続きロッシまであっさりスカルサーベルの刀身を出現させたところを見てしまうと、自分だけが出来ない事が癪に障る。イライラを何とか抑え続けながら言われた通り念を込めていると、柄の部分がほんのりと温かくなったのだ。
「ああ、なんだか手足が温かくなってきた様だ。これは、眠気だな。眠くなると手足が温かくなるって言うものな。いかんかん、もっと集中しなければ」
そう自身に言い聞かし気合を入れたが、変な液体ばかり飲んでいたせいでどうにも喉の違和感が取れないのである。ふとコップに注がれた美味しそうな冷たい水が頭の中に浮かんだ。
喉が渇けば戦は出来ぬ……何かこんな言葉あったような気がする。あ、喉が渇いているわけではないか……
大いに間違えのあることわざだが、我慢が出来ぬほどに喉の違和感に水分を欲した時、握っているスカルサーベルに青い糸の様な刀身が現れたのだ。
「なんだ?これは?」
糸の様に細く、そして長さも20センチメートル程度と短い。とても刀身などと言えるような代物ではないが、初めて出したそれらしいものだ。直ぐにミラージュを呼びたくなったが、風前の灯火の様なそれは何時消えてしまうかもわからない。大声を出してミラージュを呼んだとて、彼が来る前に消滅しそうである。
マイクはまじまじとか細い刀身を見つめた。
「なかなか綺麗じゃないか。とても武器になるとは思えないが、もっと魔力が増えるとこいつが大きくなるんだよな」
刀身だというのに、何か可愛い生き物の様な気がしてくる。マイクはその刀身にそっと掌を添えてみたのだ。
「う、うわぁ!」
「ど、どうしたんだ!」
奥に籠っていたミラージュがマイクの叫び声を聞いて大慌てで飛んできた。
そして、目の前にはパックリ割けた掌を押さえながら血だらけになっているマイクの姿があった。
「一体何をしたんだ?お前……」
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