60.じゃあ、少し本気を見せますか
馬鹿笑いをするロバーツを目の前にして、レアは腕を逆ハの字にして大きくため息をついた。
「お前、ロバーツだったっけ?お前のその馬鹿笑いを聞くのもそろそろうんざりしてきた。ある程度の情報も頂けたのでそろそろ拘束させてもらうとするか」
「あ?ああん?何だって?お前、何を言っているんだ?今までガタガタ震えていたお前が俺を拘束するだと?ふん、これだから田舎の原住民は困るんだよな、実力の差が判らないからな。折角優しく帰してやろうと思っていたが、痛い目にあって渋々いう事を聞くという方針に変更になってしまったぞ」
ロバーツは最初にレアの生命力を検知してから、再検知をしていない様で、レアがじわじわと潜在的エネルギーを開放している事に全く気付いていない。余裕綽々で腕をブンブン振り回しながらレアを威嚇してくるのだ。
現在、レアは生命力を既に10万まで開放している。たかが2万の差だと思うかもしれないが、その差は割とでかい。例えて言うならストロー級の4回戦のボクサーとヘビー級の世界チャンピオンのボクサーが戦う程の差があるのだ。いや、もっと差が有るかもしれない。
これだから浅慮な奴の行動は読みやすい。仮に俺ならば、相手がいきなり態度を変えた時には警戒して再検知を行うだろうが、こいつはそうはしない。まあ、油断をしてべらべらと自分の情報を話してしまう奴なのだから、仕方がないだろうな。
「……てなわけで、俺としてはお前の指を一本ずつ引き抜き、ギャアギャアわめきながら許しを乞うてくるのを……」
レアが黙っていると、ロバーツは得意げに喋り続けている。ほんの少しレアが耳を傾けるが、その貧相な内容に思わず耳を塞ぎたくなる。
なんだ、こいつまだ独り言の様にどうでもいい事をべらべらと話続けていたのか。俺はこんな奴の事よりもこいつを倒した後のダークバイソンの動きの方が気になるぞ。きっとこいつはダークバイソンの群れに金縛り魔法をかけている。俺がこいつを倒すと『黄魔』と化しているダークバイソンが暴走を始めるだろう。それに、こいつと戦い始めた時追いつめられたこいつはダークバイソンの金縛りを解いてしまう可能性もある。
と、いう事はだ。このまま『黄魔』と化したダークバイソンが金縛りになっている状態で駆除してしまう方がいいだろう。
「おい、お前、人の話を聞いているのか?」
話を無視してレアが考え込んでいると、その態度に憤慨したロバーツは手刀をレアの左肩に向けて放とうとした。ロバーツの動きなどレアにとっては他愛のないもだ。すぐさまレアはそれに気付き反応を始める。
死なない程度に痛めつけて屈服させようと考えているのだろうが、悪いな、お前に構っている場合ではない。
レアはロバーツの手刀を軽くいなし奴の腹に死なない程度のボディーブローを叩きこんだ。
「ぐへっ」と変な言葉を発し蹲るロバーツの顎を更に蹴り飛ばし、レアは細剣を片手にすぐさま『黄魔』になっているダークバイソンの元へ駆け寄った。ロバーツは10メートル以上吹っ飛んでいったが、命には別条は無い様で蹲りながらも、すぐさま立ち上がろうとした。
思ったよりもタフだな。まあ、下顎骨折位はしているかもしれないが今はそんな事はどうでもいい。動き出す前に処理をせねば。
レアは動きを止められているダークバイソンを見渡した。
『黄魔』は顔面が少し黄色っぽくなっているうえに生命力が他の奴よりも高くなっているので簡単に判別がつく。ほらいた、こいつ等十体だ。狙いはこいつら十体だけ。
「恨みはないが、あんな奴に操られるくらいならお前たちも死を選ぶだろう」
意味の分からない事を口に出して言ってしまった。『黄魔』であろうがなかろうが魔物は討伐対象、思わず自分の発言に顔が赤くなる。
おっと、奴が起きる前に仕事を済ませないと……俺は細剣を振り、全ての『黄魔』化したダークバイソンの首を一瞬で刎ねた。そしてお約束の採血も
首を切り落とされたダークバイソンがどんどん魔石に変わっていくとき、レアの背後から怒鳴り声が聞こえるのと同時に、他のダークバイソンたちの金縛りが解けた。動けるようになったダークバイソンはレアに攻撃を仕掛ける事も無く、怯えた様子で四方八方へと散っていった。
『黄魔』化したダークバイソンが魔石へと変わる頃、怒り狂ったロバーツが「お前!何をやっている」と大声でわめきながら浮空術でレアの元へとすっ飛んできた。
レアが蹴り飛ばしたせいでヘルメットは脱げ落ち、長い銀髪を振り乱し口と鼻から血液を垂らしたロバーツは、消滅していく『黄魔』を見て、目を剥きギリギリと大きな歯ぎしりを立てた。
「見ての通り『黄魔』を消滅させたのだ」
「はぁ?なんだ『黄魔』とは、俺の可愛い下僕に勝手に名前を付けるな。それとお前力を隠していたのか。油断ならない奴め、生命力が俺より高いからって勝てると思うなよ」
ロバーツは荒い呼吸をしながらも急に表情を変え不敵に笑う。その動きからしてレアから受けた攻撃も、回復魔法若しくは回復薬を使って治癒させている。そして今頃になって漸く、レアの生命力の再検知も行った事が分かる。
現時点での奴との生命力の差は約2万、その差がどれくらいの戦闘力に差があるかを判らぬはずはないのだが、その余裕は一体なんだ?
何かを企んでいる事を知りつつ、レアは敢えて挑発を試みた。
「生命力の違いが判るのか。ならば、お前が俺に勝てる要素は無いと思うが」
こんな所でこんな奴に負ければ魔術騎士の称号は返上するさ。それくらい何をされてもこんな奴に負けるとは思えない。
そんな事よりも今考えるべきことはこいつがどうやって『黄魔』を作り出しているかを知る事だ。こいつが魔法を使って『黄魔』を作り出しているならこいつの息の根を止めるまで、何か薬を使っているならその原料そのものを消滅させておきたい。
「フハハハハハ……お前に恐怖を与えてやる。俺の最強の魔法は相手の生命力を十分の一に抑えることが出来るのだ。いくらお前の生命力が10万だったしても、それが1万になる訳さ。そしてこの魔法から決して逃れることは出来ない。生命力の減ったお前が慌てふためく姿を見ながら、じわじわ殺すことにしよう。俺に攻撃を加えた報いとしてな」
へえ、十分の一になるのか。なかなかいい魔法じゃないか。後で締め上げてその魔法を教えて貰うかな。
レアはその魔法を撃ってこいと言う様に、ロバーツに向き直り両腕を大の字に広げた。
いつも読んで下さりありがとうございます。




