54.ミラージュを探しに 2
「ところでレアは先に急ぐと言っていたが……ハアハア……ど、何処へいく……ハアハアつもり……ハアハア……ま、またもや発作が……」
発作ではないんだがな。またもや10メートルで魔力切れか。仕方が無いな。
「ほら、回復魔法だ」
マイクに魔力を補充してやった。すぐさまマイクは元気になる。実際ちゃんと解析をしたわけではないが、俺の感覚として枯渇して補充すると三割くらいキャパが増えている感じがする。後、ニ、三十回繰り返せば初期魔法を使えるくらいのキャパにはなりそうだ。
「ら、楽になった、有難う。今日の俺はどうかしている。健康だけが取り柄のはずなのに二度もこんな事に……」
心配するな、すぐにまた同じことになるぞ、それも当分続く。
「大丈夫だ。しんどくなったら直ぐに治してやる。ところで俺の行き先を聞いていたな、俺はミラージュという人物を探しに行くのだ、マイクはその人物を知っているか?」
マイクは首を横に振った。その男が身を隠したのは二十年前だとエルザは言っていた。実際の所は兎も角、世間に対して目立った実績を残していないのなら、その男の存在はとうに風化しているのだろう。
マイクは「俺もついて行っていいか?何かあれば手伝いたい」と言うので、連れていくことにしたのだが、それからへたり込むこと約十回。
「ハアハア……俺が……居ると……かえって迷惑を……掛けている気がする。ハアハア」
そこまで来てマイクは漸く申し訳なさそうに申し出る。
「じゃあ、マイクは引き返せばいい。悪いがそのスカルサーベルは返してもらおう、お前の命に関わるからな」
マイクはギョッとしてスカルサーベルを眺める。それが原因などとは全く思っても見なかったのだ。しかしな、それを持ち出してからそんな事になっているのだから、少しばかりそれが何らかの関与をしている位は感じてもよさそうなものだがな。
「ど、どういうことだ?ハアハア……これに毒でも入っていたのか?もしや本気で俺を殺す気なんじゃあ……」
思ったよりも面倒臭い所がある奴だな。魔力の枯渇によって身体も弱っている為か、かなり気弱になっている。可哀そうに、彼らしからぬ酷く怯えた様な表情も浮かべているし……
「マイクがこうなっているのは一体誰のせいだよ」と突っ込んでくれる人物が居ないのはとても残念だ。
まあ、隠す話でもないし、不信感を持ったままでは強くもなれぬ。よって、ここで種明かしだ。
「そのスカルサーベルの刀身を出そうとすると、持っている人物の魔力を吸い取るのだ。先ほどから苦しくなっているのは、マイクが魔力の枯渇状態になっているからだ。俺はそれを補充していたのさ」
「ハアハア……それは、何かハアハア……意味があるのか?」
「ああ、それを持っていても歩ける距離が伸びてきているだろう?それはお前の魔法容量が増えてきているのさ。つまり魔力をギリギリまで枯渇させて補充すると容量が増える。それを持たせたのは魔法を使えるようになる為の訓練だったって訳さ」
「なんと、先程までのやけに身体がしんどいのは魔力の枯渇状態という事なのか?俺の?俺の魔力?俺に魔力が本当にあると?それに増えている?ま、マジか……」
マイクは握っているスカルサーベルをじっと見つめていたかと思うと、うっすらと口角を持ち上げた。そして「俺に魔力が……本当に……」と呟いた。
その事は最初に説明をしていたとは思うが……
俺はマイクに最初はおちょこ程度のキャパが今では缶ジュース一本分くらいにはなっている事を伝えると、がぜんやる気が出たようで何気に刀身の出ていないスカルサーベルを振り回していた。
「マイク、ここから先はしんどくなったらこれを食え。これで魔力を補充できる。ただし、ギリギリ迄枯渇をさせた方が伸び率は高いので、出来る限り我慢をしろよ」
俺はマイクに真っ赤な飴玉を渡した。以前アリスにくれてやったのと同じものだ。マイクは「魔力を補充できる飴なんて貴重なものをいいのか?」と驚いていたが、それはそこらの雑草を元に『複製』魔法を使って作ったものだ。俺にとっては貴重でも何でもない。
『複製』魔法は以前シルバールピナスを作った時に使った魔法だ。初めてギルドの依頼を受けた時の事だったな。今となってはなんとなく懐かしい。
マイクに真っ赤な飴玉を50個ほど渡して俺達は先へ進んだ。歩きながら飴を食べるマイクは低血糖を起こした病人の様だが、歩ける距離も着実に延び、渡した飴が半分に減った頃、彼の魔力のキャパは一升瓶くらいにはなっていた。魔力との相性の問題か思ったよりも伸びは悪いが、これならそろそろ松明に火を灯すくらいは出来るかもしれない。先を急ぐのでまだ言わんけど。
◇ ◇ ◇
森の奥、太陽の光が所々にしか届かず、美しい木漏れ日の中を歩きながらミラージュの居場所を感知しようとするが全く見つからぬ。見事な隠蔽魔法だ。それにいつもなら出現してくるはずの魔物がやけに少ない。危険種から身を隠しているのかもしれない。もしそうなら、この辺りでの危険種の出現頻度は高いという事だ。
急がねば、と少し危機感を覚えていると魔力が増えてきているのを実感してか、ご機嫌なマイクは「本当にこんな所に人が住んでいるのか?魔法って奥が深いよな」と興奮気味に聞いてくる。
そう言われると本当にこの場所で合っているのかとやや不安を覚える。闇雲に探した所で見つかるとは思えない。思考を変えて、先ず俺はこの辺りの魔物の軌跡を検知し、魔物達が立ち入っていない場所を調べる事にした。
「あった、湖近くのある場所で、魔物が全く立ち寄っていない場所がある。そこが怪しい」
「なんだと?レアにはそんな事が分かるのか?」
「ああ、なんせ天才だからな」
少し格好をつけて見たが、アリスの様に突っ込んではこない。それどころか、マイクは素直にふんふんと納得してある意味尊敬の眼差しで見つめてくるものだから、かえって気恥ずかしい。余計な事を言わなければよかった。
湖迄歩く事ニ十分、魔物達が立ち入っていない場所に到着。目の前には透明度が高く美しい湖が広がっている。魔物とはいえ水は必要だ。この湖の周囲の何処にでも魔物が出現しそうだが、全く立ち寄っていない場所があるとは考えにくい。丁度その該当する場所でおれはロッシに教わった魔素感知を試みる。すると湖畔の一部に違和感を覚えた。
その場所は水草等がうっそうと茂っており、魔物や動物も立ち入りにくい場所ではあるものの、立ち入れない場所ではない。身を隠すにはうってつけに見えるが、魔物が立ち入っていない事に違和感を覚える。まあ、人に関しては言えば、出来れば立ち入りたくない場所ではある。
「見つけた。ここに僅かな魔力の歪みを感じる。マイク俺の手を握れ」
ここにか?と疑問を呈するような表情を浮かべていたマイクは、急にほんの少し頬を赤らめなんとも表現し難い笑みを浮かべた。
「なんだなんだ?レアともあろうものが怖いのか?仕方が無いな。ほら、手を繋いでやろう、今回だけ特別だからな」
ん?何故頬を赤らめる?
弱者や愛すべき者に差し伸べる様な手つきに、妙にもじもじした仕草、どうやら完全に何か勘違いしている。やばい、変な汗が出てきそうだ。
大概の事では動じない俺だが、予想外のマイクの反応に慌てて全否定をした。
「ち、違うぞ。怖いわけではないし、俺にはそんな趣味がある訳でも無い。幻影無効の効果がお前にはないから、俺と手を繋がないとお前の幻影は解除されないという事だ」
「何だ。驚いたぞ。フフフ。そりゃそうだよな。そんな趣味とはどんな趣味かは知らんが、フフフ、世話になっているお礼に相手をしようと思ったぞ」
そう言いながらも「大丈夫、分かっているよ」みたいな表情で頷くマイク。
おいおい、何をニヤニヤ笑っている。勘違いも大概にしてくれ、それにいきなりその特殊な発想はなんだ。魔力が上がってキャラが変わったんじゃないか?本気で言っているのかはたまた冗談で言っているのかを表情からは読み取れんし、最初に会った時のクールなマイクは何処へ行った……
マイクへの発言には気を付けよう、俺は冷や汗を拭いながらそう心に誓った。
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