52.エルザ
「げげげ、あのマスターが敬語を使っている。殆どの人に対して横柄で態度のデカいあのマスターがあんな子供に対して敬語を使うなんて……」
ゴンッ
「ぎゃあ」
ヤックはマスターに拳骨をお見舞いされた。ヤックは頭を両手で抑え涙目を浮かべる
「誰が、横柄で態度がデカいだ。俺は常に誰に対しても謙虚であり、人々を尊敬していて……」
その辺りで俺やアリス、涙目のヤックにエルザ迄オリバーをジト目で見ている事に彼は気付く。どう見てもオリバーがそんなに崇高な人物だとは思えない。その視線を気にしてか、コホンと咳払いをして「で、エルザ姉さん?」と再び問いかけた。
隣でヤックが「上司のパワハラだよ!暴力反対だよ!」とわあわあ騒ぎ始めるが、余計なこと言ったあんたも悪い。俺も話の続きを早く聞きたいのでヤックの口に飴ちゃんを放り込んだ。いきなり黙り込んでむにゃむにゃと口を動かくヤックの隣でアリスがクスクス笑っている。
「大きくなったね、オリバー。前会ったのは何時ぶりかしら?」
「そうですね、俺が最後に姉さんと会ったのが八歳の時だから、三十七年くらい前になりますかね」
「アンドレイ君は元気?」
「ええ、親父ももう年なのにまだまだ働けるって、森に魔物を狩りに行ったりもしていますよ」
目を瞑れば一見普通だが、直視しながら聞くと有り得ないような会話を、ヤックもアリスもぽかんと口を開けて聞いている。が、このまま話を続けられると昔話だけで日が暮れてしまうぞ。
俺はエルザの肩をトントンと叩き、話に割って入った。
「話の途中にもう仕訳けない。俺もエルザと呼ばせてもらっていいのかな?俺の方も聞きたい事がある。エルザのここへ来た目的はなんだ?」
俺の所にわざわざ来たことを今思い出したかのように、エルザははっと驚くような表情をした後、フフッと笑みを浮かべ「だから、あなたとお友達から始める為に……」と言いかけたが、その話の旬は過ぎてしまったと自覚してか、急に真顔になって俺を見つめた。
「大量魔物の暴走の話は知っているよね。でも、それだけじゃないの、きっとね誰かが魔物を操作しているのよね。あなた達が出会っている魔物を喰らう魔物が居たのがその証拠になるかな。あれらはね、誰かの操作によって行われている。だって今まで魔物同士が食い合うなんて事一度も無かったのだもの」
エルザの懸念は大量魔物の暴走する魔物の全てが操作されている場合、無秩序な暴走から秩序ある戦略に変わるという事、それはこの街いや、この国の崩壊を意味するものだ。
ただ、魔物操作によって利益を得るにも、街の経済が成り立ち労働者が居て初めて成立するものである。大量魔物の暴走よって町を破壊し、人を殲滅してしまったならその街に何らかの価値があるのだろうか?人を従え、好きなように利益を得たいのならそのような方法はとらないはず。では一体……
「きっと相手は使役できる魔物を従えて脅迫するつもりよ。この街を手始めに、いずれこの国をも支配するつもりかもしれないね」
エルザは険しい顔をしながらその様に話した。魔物を食う魔物と戦った事のあるアリスにとってはその魔物の恐ろしさは十分に理解している。彼女の表情もにわかに険しくなっていった。
厄介な事に巻き込まれたものだ。次の大量魔物の暴走の際に軽く手伝ってこの星からおさらばするつもりだったのだが、どうやらそうもいかなくなってしまった様だ。
「で、その考えが正しいとして、エルザはどうしようと思っているのだ?」
俺がそう言うとエルザはアリスの方へ眼をやった。
「この娘を貸してもらうわね。この娘には広範囲でかけられる魔法を覚えてもらうつもりよ。お母さんに服を作って貰ったんだもの、見どころがあるという事よね。たっぷり鍛えてあげる」
こっそりエルザの生命力を覗き見ると18,200なかなかの強さだ。これまでの戦闘をスペルサーベルで乗り切ってきた俺よりも、魔法を駆使して戦ってきたエルザの方がより多くの魔法戦術を知っているのだろう。確かに、今後多くの冒険者達と共闘することを考えれば広範囲魔法は必須だ。けれどこれだけは言っておかねば
「アリスは俺の弟子なんだが……」
「レアよりもあたしの方が魔法を上手に扱えるでしょ?それにレアには頼みたいことがあるのよね」
エルザは指をクルクル回し、「ロッシと同じくらい魔法は使えるのよ」と言いたげだ。それにしても俺の事をろくに知りもしないのに、自分の方が魔法をうまく扱えるだなんて何て言い草だ。たぶん合っているけれど……
だが、俺はそのセリフに対して何もクレームは付けない。人間の器が大きいから、いちいちそんな事で文句を言ったりしないのだ。
「アリスが良いのなら構わないが、それと俺に頼みたいこととは一体なんだ?」
俺が良いと言ったからかは判らないが、アリスはエルザを羨望の眼差しで見ている。そもそもアリスは魔術師だったので多様な魔法への憧れも大きいのだろう。ましてや俺よりも魔法が上手だとエルザが言って、俺が否定しなかったのだからそうなってもおかしい話ではない。
そんなアリスを横目で見ながらエルザは森を指さした。
「あの山に魔法薬師のミラージュというじじいが居るの。強力な隠蔽魔法で身を隠しているのだけれど、彼を探して欲しいのよ。あたしの魔力では見つけられないのよ」
よくよく話を聞くと、魔物達は魔法や道具で操られているのではなく、何らかの魔法薬で操作されている可能性が高いという事。その魔法薬の解毒剤をミラージュなら作れるはずだが、彼は隠居をしたと言って姿を隠してしまった。加えて、極度の人嫌いでも有る為協力してくれる可能性が相当低いのだ。
「だが、なんで操作されているという事が分かるんだ?」
「ん?だってあなたと戦ったベヒモスは棍棒を持っていて革の防具を付けていたんでしょ?ベヒモスだけでそんなことできるわけないじゃん」
エルザは手を逆ハの字にしながらそう言った。何処からその話を聞いてきたのだか。だが成程、ベヒモスはたいして知性も無く防具を付ける様な奴ではないのか。確かに会話もできなかったものな。俺はあの時の事を思い出し一人で納得した。
「で、俺にミラージュを見つけて説得しろという訳か。本気で言っているのか?本気で会った事も無い相手の俺に説得が出来ると思っているのか?」
「大丈夫大丈夫、レアならやれるさ。うまくいったらデートしてあげるから」
いや、別にいらんけど……それに何が大丈夫だ、口から出まかせではないか。
拒否をしたのだが、アリスを指導する引き換えだからと強引に押し切られ、俺は渋々ミラージュを探しに行くことになったのだった。
そもそも、アリスの指導もお前の押し売りではないか。……全く……
いつも読んで下さりありがとうございます。
ミラージュを探しに行ってきます。




