51.なんですって!
俺と少女がギルドの外へ行くと、アリスとヤックまで付いて来た。お前らが来ると揉めそうだから来なくていいのに……外に連れ出した意味が無くなるではないか。
俺に手を引かれて表へ出されているのに、少女の表情には全く変化が無く実に堂々としたものである。なんでこんな事になっているのだと、大きなため息をつくと少女がフフフと笑った。
「あなたいい人だよね。あたしなんか放っておいてもいいのに。事情を聞いてくれようとしているんでしょ?」
やれやれ、この娘が何を考えているのかが全く分からない。そもそも、何故俺の事を知っているのだ?そこから始めないと。という事で俺は少女に尋ねる事にした。
「お前は一体誰だ?何故、俺の事を知っている」
アリスとヤックがジト目で俺の事を見ている中、少女は何食わぬ顔をしながらしれっと答える。
「お母さんに教えて貰ったんだよ。レアはお母さんに借りがあるでしょ?その借りを返してもらおうと思って」
その言葉で、再びアリスとヤックは完全に沸騰状態。拳を震わせ俺に突っかかって来る。あぁ煩わしい、だからついて来なくてもいいのに……
「お母さんってどういう事よ!ロリコンだけでなく人妻にも手を出すって!」
「岡っ引きを連れてきて!市中引き回しの上貼り付け獄門の刑だわ!」
いつの時代の人だよ……
興奮して好き放題にわあわあ言ってくる、流石に俺も変な汗が出てきた。だが、この身に覚えなない言われ様にほんの少し興味も沸いてきた。
「ちょっと、ややこしくなるからアリスもヤックも黙っていてくれ」
迫りくる二人を横に追いやり、再び少女に尋ねる。
「悪いが、俺は君のお母さんなど知らないのだが?」
「絶対知っているよ。この服はお母さんが作ってくれたものなんだけど、見おぼえない?」
少女は自分の着ているローブを少し持ち上げ、クルリと回って見せた。
「作ってくれた……だと?」
少女の着ている臙脂色のローブをよく見てみると、生地に特殊な糸を編み込んではいるが、その織り方や作りの美しさはアリスの装着しているボディガードに非常によく似ている。光沢のあるその生地には見た目の艶やかさの他に、魔法や物理に対する防御が何重にも付与されている様だ。そのローブを見たことは無いが、こんなローブを作れる奴と言えば……
「あぁ、お前の母親はロッシか……まぁ、確かに借りが有るかもしれないな」
「大正解!」
少女は右手を上げてピースサインを作り、可愛らしくニコッと笑った。そう言われると、よく見ると耳もほんの僅かだが尖がっている。
「ええ?ロッシさんって娘さんがいたの?ロッシさんもどう見ても子供が作れる年齢には見えなかったんだけど……」
思わず両掌を口に当て、大きな瞳を更に大きく見開いたアリスは、キツネにつままれたの如く驚きを隠せない。少女の事をジロジロ見つめて怪しい人みたいに振舞っている。ロッシのあの見た目からして子供がいるにしても、まだ赤子くらいのはず。しかしながら、この娘よりも下手すればロッシの方が若く見えるくらいである。そんな話はどうあっても信じられない……ってとこだろう。
「だから言ったろ?ロッシはかなりの高齢だって。この娘がロッシの子供だとしたら、見た目と違い、相当な年齢のはずだ。それと、ロッシとそう変わらない様に見えるのはこの娘が純粋のエルフではないから、ロッシよりは成長が早いのだろう」
漸く合点がいった。ロッシと違いエルフの特徴である大きくて尖がった耳を持っていないのでこの娘の狂言かとも思ったが、人とのハーフだと考えればそれも有り得るだ。ただし、アリスはまだ納得していないようだがな。
「よく分かるね。その通り、あたしはエルフのお母さんとこの街の男の人との間に生まれたんだよ」
少女はエッヘンとばかりにふんぞり返る。
「ロッシのあの姿で結婚だなんて、相手は相当のロリコンに感じるが、どういう父親なんだ?」
「こらこら、お父さんに失礼な事を言わないで。お母さんがお父さんと付き合っている時は魔法で大人になっていたんだから」
大人の姿……何でも有りだな、あいつは。だが、今ロッシが元の姿に戻っているという事は
「そうか、お前の父は亡くなったんだな」
「うん、老衰で10年前にね。『お前のお陰でいい人生だった』ってお母さんに言っていたよ、生前から死ぬ間際に必ずそう言うと決めていたみたいなんだ」
ろ、老衰……全く父が無くなったというのに、なんだか軽いな。それに何処かで聴いた歌の歌詞の様だ。気になったので試しにちょっと聞いてみた。
「お前の父は亭主関白だったのか?」
「うん、飯はうまいって言ってたし、いつもきれいだぞって言ってたし、いつもお父さん酔っぱらって気持ちよさそうにお母さんより早く寝てたから、亭主関白ではなかったんじゃないかな?」
いや、きっと本人の中では亭主関白のつもりだったんだよ。だいたいその返答はなんだ。やはり何処かで聴いた歌の歌詞みたいではないか。
「まあいい、そんな事より、お前の名前と本当の要件を聴こうか」
少女は手をパンと叩き「ホントだ、あたし何を言っているんだろう」と言って、自分の頭をコツンと叩いた後、下をペロッと出し「もうあたしったら……」と古臭いセリフを吐いた後、ようやく本題に入った。この娘確実に八十歳は超えているな。
もうアリスもヤックも意味が解らず唖然としているが、この際こいつらの事は放っておこう。
「あの、あたしね。冒険者になってから……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った!君ね。冒険者って言うけど、受付嬢の私はあなたの事を知らないわよ?いくら子供とはいえさっきから嘘ばかり言ってはダメだよ」
突然、娘のセリフに沈黙を破って食いついてきたのはヤックだ。ヤックは諭すように少女の頭を優しく撫でるが、その手は勢い良く払い除けられた。
「な……」驚いたヤックの表情が歪む。
「馬鹿だな。子ども扱いするからだよ。たぶんその娘はお前よりも相当年上だぞ?」
「なんですって!そんなわけないでしょ?だって……」
ヤックは疑惑の目を浮かべながら少女を見つめている。どう見ても十代前後の少女が自分よりも年上だなんて考えられないのだ。
「レアの言う通りだよ。あたしが冒険者登録したのは50年程前だもの。受付嬢さん、あなたまだこの世に生を受けていないでしょ?調べてみればわかるよ。まだノービスだけど、エルザって登録名が有るはずだから」
エルザと名乗った少女がそう言った時、何やら必死になって考え込むヤックは突然その場で飛び跳ねた。
「ひゃあ!」
ヤックの気付かぬ間に背後に来ていたオリバーに突然肩を叩かれたのだ。
「び、び、び、ビックリするじゃないですかマスター」
いやいや、既にビックリしているだろう、飛び跳ねていたじゃないか。
頬を膨らますヤックにオリバーはハハハと笑いながらなんとエルザに頭を下げたのだ。
「お久しぶりですね、エルザ姉さん。ここに来られるのは何年ぶりでしょうかね。少しは大きくなられましたかな?ハハハ。どういった御用件で?まさか依頼を受けに来られたのですかな?」
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次話は二日後投稿予定です。




