49.討伐
腕を切り落とされたベヒモスは激痛に耐えかねたのか、地鳴りがおこりそうな程に嘶いたと思うと、凄まじい速さで大きな鼻を使いマイクの身体を拘束した。
鼓膜が破れそうな嘶きに思わず耳を塞いだその隙に拘束されたのだ。
宙吊りになり容赦なくで締め付けられるマイクの身体から、ギシギシと軋む音が聞こえ彼は苦悶の表情を浮かべる。
「ぐうっ……」
胸郭が圧迫され呼吸も苦しくなっている所へ、ベヒモスの大きな棍棒がマイクの頭上に振り下ろされる。
「ガキン!」
手に持っている細剣で辛うじて棍棒を受け止めたマイクだったが、ベヒモスの力に押されるその棍棒は何度も何度も顔面へ向け打ち続けられる。一撃でもまともに当たると彼の頭蓋はつぶされてしまう、それ程の力で殴打しているのだ。一刻を争う、直ぐにでも拘束を解除しなければマイクの生死に関わる。俺がスペルサーベルを握りあと少しでベヒモスの元へ到着する寸前にベヒモスは悲鳴を上げた。それと同時に、その身体が大きく傾いた。アリスがベヒモスの足を切り落としたのだ。
マイクに巻き付いていた鼻の力が緩んだ。このチャンスを逃すまいと、マイクはその拘束から抜け出したが、彼は驚愕の色を隠せなかった。それもそのはず、自分が切れなかったベヒモスの身体をアリスが切り落としたわけなのだから。
(また切った、あの剣はなんだ?何故あの刀身は光り輝いているのだ。魔法か?それにあの切れ味、一体彼女は何をした?)
鋭い目つきで金色に光る刀身の剣を構えているアリスを見たマイクは、痛みも忘れ呆然と立ち尽くした。
ベヒモスは片腕と片足の無い状態で地面に転がり蠢いているが、切断された断端に鼻から出した水を掛けると、再び肉が盛り上がりだす。
(再生される前に奴の動きを止めねば……)
今はアリスに気を取られている場合じゃないと、マイクは再び細剣を構えてベヒモスの鼻を切りつけた。
マイクの剣はベヒモスの鼻の半分ほどの食い込みを見せたが、切断するまでには至らない。ベヒモスに絞められた身体は痛む……力が出し切れないのはそのせいだ、と自身に言い聞かせるがそれが言い訳だという事は判っている。
マイクは魔法が使えないが、これまでの敵なら魔法は無くとも力だけで押し切ることは出来てきた。それも圧倒的なパワーでだ。だから魔法が使えないという事で困ることは無かった。だが、先日のヒドラも一人では倒し切れなかったし、今回は身体強化魔法をかけて貰っていてもベヒモスを切断することは出来なかったのだ。
アリスと自身を比べると腕力は明らかに自分の方が勝っているものの、彼女はベヒモスを切断しているのだ。マイクは初めて自身より強い冒険者を認識し、魔法の有用さをも感じた。
(もし、俺も魔法が使えたとしたらこんな無様な事には……)
「マイクさん!危ない」
思考を巡らせた事で動きが一歩遅れ、切断間近の鼻がマイクの顔面を殴打した。アリスが彼に身体強化魔法をかけていなければ確実に首の骨が折れていただろう。
吹っ飛ばされた身体が大木に激突し、マイクの意識が遠のくときベヒモスの身体からアリスの金色に光る刀身が突き出てくるのが見えたのだった。
◇ ◇ ◇
「……マイクさん、マイクさん、マイクさん!」
目の前で呼びかけるアリスと俺の声にようやく反応して、マイクは薄っすらと目を開けた。直ぐに事態を把握できずに辺りを見渡した後「べ、ベヒモスは?」と声を発した。
「大丈夫よこんなんなっちゃったから」と言いながらアリスはバスケットボール程あるベヒモスの魔石と、ドロップされた牙をマイクに見せた。
「マイクさんが居たお陰で倒すことが出来ましたよ。有難うございました」
アリスはニコリと笑いながらマイクに向かってぺこりと頭を下げたが、マイクは辛そうに俯き下唇を噛んだ。何処か痛いのか?傷はすっかり回復させたはずだが……
「礼など……俺は何もできなかった……」
ああ、そういう事だったのか。マイクの立ち振る舞いを見ていると、今まで倒せない相手なんて居なかったのだろう。あの状況では落ち込んでも仕方が無いか……
まあ、今の時点では及第点だとは思うが、彼は冒険者の中でも相当上位の実力者であったはず。マイクほどの実力者でもベヒモス相手にあれほどの苦戦をするのだ、迫りくる大量魔物の暴走がいよいよ発生した時、今の冒険者達の実力では魔物達に太刀打など到底できそうにない。
これは前途多難だな。どうしても冒険者全体の底上げが必要だ。さて、どうしたものか。落ち込むマイクを他所に俺は全く別の事を考えていたのだった。
◇ ◇ ◇
無事ベヒモスを倒す事の出来た俺達がギルドに戻ると、直ぐにオリバーとヤックがやって来た。そしてその周りを多くの冒険者達が取り囲んだ。冒険者達は誰一人帰らずにこの場で待機をしていたのだ。
正午までにはまだ半刻程の時間が残っている。約束の時間には間に合ったはずだが、なぜこんなに神妙になっている?
意味不明な緊張と異様な空気を感じる。皆、俺達が言葉を発するのを、固唾を呑んで見守っているのだ。
「レア君、どうだ?凶悪な魔物はどうなった?」
数秒の沈黙の後、痺れを切らしたオリバーが言葉を発した。拳を握りしめている。
魔物はどうなった?だと?どうなったという事は何が起こっているのかを知っているという事だ。ふと気付けば、オリバーの後ろには青い顔をした冒険者が立っている。よく見ればベヒモスに襲われていたあの冒険者達ではないか。
成程つまり、ここにいる者たちは事情を知っているという事だ。こいつらが知りたいのは、俺達がベヒモスを倒したのか、それとも命からがら逃げてきたのかのどちらかを知りたがっているという事だ。
その結果次第で今後の体制が恐ろしく変わる。一瞬、悪戯心でコマーシャルの多いテレビ番組の様に、もっと焦らしてやろうかとも思ったが、アリスが「人を困らせないで」と言わんばかりに睨んでいる。やれやれ……
確かに事情を知っていればこの雰囲気になっても仕方が無いな。この様な雰囲気にさせる程、今の冒険者達にとってベヒモスは恐ろしい存在なのであろう。
俺は黙ってバスケットボール程あるベヒモスの魔石と、ドロップされた牙を亜空間ボックスから取り出した。
いつも読んで下さりありがとうございます。
次話は12月4日投稿予定です。




