47.対ベヒモス
50メートルは飛ばされたかな。お前を蹴って吹っ飛ばす人物が居るとは思わなかっただろう。怒り狂ってここに戻ってくるまでにまだ少し時間がある。これが動物なら力の差を感じて逃げるだろうが、奴は魔物。それに知性にプライドも有るのか?逃げる気配は毛頭感じられない。まあ、あまり賢くはないのだろう。怒りに任せて棍棒を振り回し、周囲の木を殴り倒している。
後ろで震えていた若い冒険者の三人に直ぐにギルドに戻る様にと言って念のために回復魔法をかけてやると、抜けていた腰も元に戻った様で軽く会釈をし、大慌てで森の外へ向かって駆けて行った。
俺がベヒモスを蹴り飛ばしたことに関しては、マイクもアリスも全く驚きはしなかった。二人とも俺の実力を十分把握しているのだ。
「さて、アリス、マイク。奴の生命力、いわば強さは数値で言うと1万5,000くらいだ。そしてアリスは凡そ2,500、マイクは6,000程と言ったところだ。明らかに奴の方が強いのだが、どの様に戦うつもりだ?因みに俺は高みの見物だ」
俺がそう言うと、アリスは「えー何でよ」と顔を歪める。これはマイクが付いて来た時点で俺が勝手に決めていた事だ。少々ベヒモスより生命力が少なくとも、二人なら連携さえうまくやれば倒せると踏んでいる。
グルグルと大きな唸り声を響かせ象の様な長い鼻と、大きな棍棒を持ったいかつい腕を振り回しながらゆっくりとこちらへ向かってくるベヒモス。まだ距離はあるものの、興奮した荒い鼻息の音が此処まで聞こえて来る。俺が蹴飛ばしたものだから相当怒っているのだ。
あれだけ派手に蹴飛ばされて吹っ飛んでいるのだから、俺よりも弱いという事を自覚して逃げてもよさそうなものだが、それは出来ないのだな。そこまでの知能は無いという事か、はたまた自己評価がやたら高いのか……
その振り回している長い鼻を見て、マイクは口を開いた。
「厄介なのは大きな図体だけでなく、あの長い鼻だな。腕の様に器用に動いている。腕が三本あるのと同じだ。アリス、君はあの鼻だけに集中してくれ、俺は身体を叩く」
マイクは長い鼻からの攻撃をアリスに任せて、棍棒の攻撃を避け、足止めをしようと考えているようだが、なんとアリスは首を縦に振らなかった。俺は無難な作戦だと思うのだが、一体何を考えている?
すると、アリスは俺に聞かれない様にマイクにコソコソと耳打ちを始めた。そこでマイクは一瞬驚いた表情を見せた。何を話しているかが少しは気になるのだが……まあ、耳打ちをしたとしてもその気になったら魔法で聴力を増幅をさせて聞くことは出来るのだ。だが、男前の俺はそんな無粋な事はしない。考えている事があれば披露して貰おうではないか。
アリスは耳打ちを終えると、マイクと縦並びになり、いきなり身体強化魔法を自身とマイクに唱えたのだ。その身体強化は2倍。これでアリスの生命力は約5,000、マイクの生命力は約1万2,000、二人の生命力の合計は1万7,000、ベヒモスを上回ったのだ。
おお!いつの間にその魔法が使えるようになったのだ。やるではないか。
次にアリスは俺の細剣を構えると、刀身に電流を宿らせた。
「マイクさん、一気にけりを付けましょう」
「え?ちょ……」
アリスはそう言うと俺が止める間もなく、一瞬驚きを見せたマイクと共に二人は猛スピードで飛び出して行った。確かにベヒモスは象に似ていて鼻から水でも吹き出しそうだ。属性までは判らないが、水との関係は深そうが、どう考えてもそれは悪手だろう。
スピードには自信のあるアリスに、ベヒモスとの生命力が近くなったマイクが突っ込んでいくのは勇気があっていいのかもしれないが、その電流を纏った剣を持っている状態で水攻撃を受ければ、二人揃って感電してしまう。その事を分かって行動しているのか疑問だ。それとも、奴が水攻撃をしてこないと踏んでいるのか?
二人に任せると言った以上手を出すわけにはいかないが、命が危険に晒された場合にはそんな事も言ってはいられまい。俺は最悪の状況を考えて、すぐさま彼らの元へ向かえるくらいの距離を取り見守る事にした。
二倍になってもアリスの生命力は5,000をわずかに超えている程度で、生命力はベヒモスにまだまだ及ばないが、スピードに関しては小柄な分だけあって互角以上。ダメージは与えられなくとも、翻弄させることは出来そうだ。
フットワークを使い、左右に移動しながらビキビキと電流を放つ細剣を振りかぶっているアリスに、俺の予想通りベヒモスは奇声を発しながら、その長い鼻を振り回した後、勢いよく水流を放った。
やばい!感電した途端二人とも詰むぞ
しかしアリスはその行動をまるで読んでいたように上方へ飛び上がり、刀身に纏っている電流を消滅させた後、剣先に水流を触れさせその水を物凄い速さで凍らせ始めたのである。
あいつ、いつの間にあんな魔法を……電流は術策だったのか。
凍った流水の飛び散った部分はバラバラと音を立てて地面に零れ落ち、一直線にアリスに向かっていた水は凄まじい速さで一本の氷柱と化していく。アリスはその氷柱に足をかけると再び刀身に電流を纏わせ、一本橋を渡るかのように氷柱の上をトントンと駆け上がった。
出来上がった氷柱はベヒモスの鼻の一部までも凍らせ始めると、慌てたベヒモスは鼻との繋がりのある氷柱を棍棒で叩き割った。
ベヒモスの意識がマイクとアリスから氷柱に移った時、アリスは再び電流を纏わせた刀身の先を地面の方に向けてベヒモスの遥か頭上に飛び上がっていたのだった。
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