46.ほほう、こいつがベヒモスか
そんな事を言っても、森への立ち入り禁止を出したのは受付嬢じゃないし、保証をしろと怒鳴っても彼女たちにそれにこたえる権限も無い。明らかに八つ当たりである。みっともない、女の子に対して大の男が寄ってたかって……
「おい、どうした。ギルドの方針に文句があるなら俺に言ってもらおうか」
フロアにその大きな声が響き渡ると同時に、オリバーは責められていた受付嬢の横に躍り出た。受付嬢もほっとした表情を浮かべている。
こうやって後ろから見るとオリバーは他の冒険者よりも頭一つ分はデカく、体格もすこぶる良い。それにマスターらしい貫禄もある。
当然、恐れをなして、キャンキャン吠えていた冒険者達は怯み、黙ってしまったわけだが、表情から不満が腑出しているのは見て取れる。
「ま、マスター……な、何故森へ行ってはいけないんだ。仕事が無いと生きていけねえよ」
冒険者の一人がオリバーに申し出た。膝や腕はガクガク、顔いっぱいに冷や汗を掻いて相当ビビッているのが判る。それほどまでにオリバーは恐れられているのだ。きっとこれまでに彼の怒りを買って痛い目にあったやつが相当いるのだろう。それでも意見を申し出た、その勇気ある行動は称えてやりたい。
「ああ、お前たちの仕事をストップさせてすまない。申し訳ないが、正午まで森への立ち入りを止めてくれないか。第四層にヒドラが出たのだよ。他にも凶暴な魔物が居ないとは限らない。俺はマスターとして、お前たちの命を守りたいのだ」
オリバーはそう言って深々と頭を下げた。これで勇気を振り絞って意見を述べた先ほどの冒険者の顔もたつ。案の定その冒険者もオリバーに敬意を表し、深々と頭を下げた。
ベヒモスが居るとは言わなかったが、ギルドのマスターとして潔い態度だ。余計な事を言ってパニックになる事を避けたのだろう。それにベヒモスと聞けば面白いもの見たさに、森へ行くやつも出てくるかもしれないしな。
マスターに頭を下げられたのだから、これ以上クレームをつけるわけにはいかない冒険者達だが、どうしても聞いておきたい事がある者達が徐々に口を開く。
「なんで、半日なんだ?半日で何が判るんだ?」
「半日経てば森に行っていいんだね?」
「ダメだった場合には保証をしてくれるのだろうな」
人というものは一旦口を開くと、徐々に調子に乗ってくるもので、次第にあちこちから再び苦情が溢れてくる。最初の勇気ある冒険者は兎も角、今吠えているのは烏合の衆だ。誰かが言えば、漸く自分も言える根性無しばかり、責任の所在が広範囲にならないと行動を起こせないのだ。兎に角煩い、実力も無いくせにキャンキャンと……それにだんだんエスカレートだ。
オリバーは眉間をピクピクさせながら黙ってそれらを聞いていたが、俺の方が我慢できなくなった。普段は温厚な俺だが、流石に好き放題物を言う奴らに少し切れてしまい、少しだけ声を張り上げた。ほんの少しだがな。
「少し黙って貰おうか。俺とアリスが調査に行って正午までに帰って来る。そして、その際危険な魔物が居れば、狩ってくるという約束になっている。これはギルドの為と言うよりお前たち冒険者の安全を確保するために行われることだ。それに対して不満がある奴はついて来てもいいが、俺とアリスはギルドの約束を守らないものを助けたりはしない。例え、お前たちに命の危険が迫っていてもだ」
俺とアリスがヒドラを倒したのは旬の話。俺の意見に皆が声を失った。
「正午には戻る、行くぞアリス」
アリスが黙って頷くと、犇めき合っていた冒険者達が一斉に動き出し、入口までの通路を作った。まるでモーゼの海割の様だ。
その時、一人の冒険者が俺達の前に躍り出た。
「俺も一緒に連れて行ってくれ」
人が割れた中から飛び出してきたのはマイクだった。それを見たアリスの顔がほんの少し赤くなる。ヤックは……ほんの少し斜め後ろに居たヤックに目をやると、真顔だが尻尾を振ってやがる。
マイクは「俺が一緒に行けば戦力になる」だの、「手助けができる」だの、「有難いだろ」等の野暮な事は一切言わない。言ったのは「連れて行ってくれ」だけである。俺との実力差を十分理解したうえでの発言だ。やはり恰好の良い男だ、女性から人気があるのが十分理解できる。
言い方は悪いがいくらマイク強いとはいえ、俺からすればハムスター並み。単にベヒモスを倒すだけなら俺一人で充分、戦力としては全く必要としないレベルだ。が……
来るべき水の日の大量魔物の暴走に備え、一人でも多くの強者を養成しておく必要がある。今回、マイクが名乗りを上げてくれたので、これをきっかけに何かできる事が無いかを考えてみよう。
「マイクが来てくれたら、百人力だ。宜しく頼む」
俺はマイクの顔を立ててそう言った。マイクは自分が居なくても問題ない事は判っているので、そうやって顔を立てて貰えたことが嬉しかった様だ。握り拳を作り「ああ、せめて足手纏いにならない様に頑張るよ」と、他の冒険者を牽制するようにそう言った。
「他に一緒に来たいものはいるのか?」
俺の問いかけに名乗り出るものは誰一人いなかった。さっきまでギャアギャアと吠えていた輩も、皆が俺と目を合わさずに下を向いていた。あのマイクが「足手纏いにならない様……」と言ったので、他の奴らは身の程を知ったのだろう。それに前回のヒドラとの闘いで、奴クラスの魔物が出現した時には自分の身を守れない事が分かっているのだ。
「じゃあ、正午まで待っていてくれ。安全を確認してくる」
俺たち三人はギルドを出発した。新しいパーティの初仕事だ。
◇ ◇ ◇
「マイク、あそこでは言わなかったが、実はこの調査はとても危険なのだ」
「どういう事だ?」
「実は第四層にベヒモスが居る事が分かっている。そして、早くいかないとそれを知らない冒険者が襲われる可能性がある」
「襲われる可能性とは?」
「ああ、森が立ち入り禁止になっている事を知らないパーティ三人がベヒモスから300メートル離れた場所で活動している」
「な、なんでこんな事が分かるんだ?」
マイクは驚いた表情を浮かべ、その場に立ち止まる。
「おい、立ち止まっている場合じゃねえぞ。俺は空間認識魔法が使えるからな。さあ、お喋りはここまでだ、冒険者達とベヒモスの差が縮まっている、急ぐぞ」
俺達は速足で一直線にベヒモスの所へ向かった。
正直言って危なかった。後5分遅かったらそこは血の海になっていただろう。ベヒモスの元に辿り着いた時、俺の三倍近くはあるその大きな魔物が棍棒を振りかぶっていたのだ。
見た目は立位の象の様で長い鼻、薄黄色のボディに立派な角に牙もある。ご丁寧に体幹には革の鎧を羽織り、腕にはいかつい棍棒。その前には腰を抜かした若い冒険者が三人、ガタガタ震えながら涙を浮かべていた。
「ほほう、間に合って良かった。お前がベヒモスか。棍棒を持っている所を見ると、多少は知性がある様だな。他の魔物を食って行動範囲を広げたのだろうが、残念だったな。それがお前の寿命を縮めた」
俺はすかさずベヒモスの前に躍り出て、奴を蹴り飛ばしてやった。
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