39.ヒドラ
俺が先ず向かった先は後数分経てば防御魔法が破られ全滅するだろうパーティの所だ。
八人パーティだが、そのうち五人はその場に倒れており、三人の女性の冒険者が息も絶え絶えに防御魔法をかけてその場を守っている状態だった。ここには沢山の冒険者が来ているはずなのに、誰助けにはいかない。遠目でその様子を見て震えている者もいる。一体何しに来ているのだ?冒険者には戦っている最中のパーティには介入してはならないという暗黙の了解はあるが、今は明らかに命の危機、そんな事を言っている場合ではないはずだ。
要は、戦っている冒険者以外はとてもヒドラと戦えるだけの生命力は無いという事なのだろう。邪魔だからお前ら帰れと言いたいくらいだ。
多くの冒険者が戦えない状況の中で、実力があるのか無謀なだけなのかはわからないが、ヒドラに立ち向かう勇気は称賛に値する。まだ死人が出ていない所を見ればそれなりに実力はあるのだろう。実際、その防御魔法はなかなか優秀で、ヒドラの攻撃は跳ね返されている。ただ、彼女たちの体力は限界が近い。
俺がそのパーティに近づくと前線で防御魔法をかけている一人がそれに気付き、怒鳴り声をあげた。
「あんた!なんでこんな所へ来てるのよ。早く逃げなさい。私達ももう限界に近い……早く逃げて……」
この娘達は勝てない事が分かっていて自分達が盾になり、他の者たちを逃がそうとしているのだ。残念ながら多くの冒険者はこの気持ちとは裏腹に、安全を確保せずにやじ馬の様に見ているのだ。全く愚か者が多いことよ。
しかしこの娘、見た所二十歳そこそこだが、大した器量ではないか。慈愛に満ちたこの者たちを死なすわけにはいかないな。
「よく頑張ったな。もうひと踏ん張りしてくれ」
俺は今かかっている三人の防御魔法をその後ろから上掛けをした後、彼女たちに体力と魔力を補填した。
「え……」
彼女たちは急に身体が楽になった事で何が起こったのか分からず、一瞬混乱をしていた様だが、強力な防御魔法によって勢いよく弾かれたヒドラを見て直ぐに状況を理解し、そのうちの一人が倒れている仲間に回復魔法をかけだした。
よし、これでしばらくは大丈夫だ。俺はヒドラの前に躍り出た。その後ろで女性冒険者達が「早く戻って!何やっているのよあの人、馬鹿じゃないの」と黄色い声援を送ってくれる。
まあ、心配するな。
「さあ、俺が来たからには残念だか、お前の寿命もここまでだ。来てはならない所に来てしまった自分を恨めよ」
こいつが俺の言葉を理解するとは思えないが、ついつい調子に乗って要らぬ言葉を口走ってしまった。恥ずかしくて少し体が熱くなる。
俺の言葉でいきり立ったのか、ヒドラの三本の首が牙をむき出しにし、突っ込んでくる。まあ、止まっている様なものだな。あっさり躱しながら生命力を検知すると4000程。再生能力が無ければ、マイクひとりでも余裕だろうが。ふむ、属性は火の様だな。口から少し火が漏れている。
俺は本来の愛刀であるスペルサーベルを取り出した。勿論刃は水魔法で作成したので、刀身はブルーの光を放っている。相手は火だからな、切れ味は二倍以上。まあ待っていろ、直ぐに消火してやる。
敵意をむき出しにして、鋭い牙をむき出しに俺を襲ってくるヒドラの首をかいくぐり、順番に首を刎ねていった。切り落とされた首は暫く地面を這う様に動いた後、ジュルジュル音を立てて消滅した。
ま、所詮生命力4000位の魔物だ。余裕の一振りで首を刎ねることが出来るのだ。ヒドラの首は絶叫しながら落ちていくが、思ったより再生力は早い。それでも四本の首を刎ねて、一本再生する程度なのでみるみるうちに首の数が減っていく。
後ろから「……何あの人、どうなっているのこれ、それにあの剣も一体どうなっているのよ」と黄色い声援を送ってくれた女性冒険者達が驚嘆しているのが判る。後ろを向いてウインクでもしてやりたい気分になるが、確実に周囲が冬に変わりそうなのでそれは止めておこう。
「おいおい、そろそろ再生が追い付けなくなったかな」
いよいよ首もあと一本となった時、その首ごと胴体迄ぶった切ってやった、たわいない。俺の後ろに居るやじ馬冒険者達も目をパチクリ。そして倒したヒドラの後に残ったものはバスケットボール程の魔石。こりゃ金になりそうだ。
さあ、次に行く。
別の一体と戦っている今にも崩れ落ちそうなパーティに向かうと、そこでも同じように冒険者達は風前の灯火。さっきと同じように前線で踏ん張っている冒険者に回復魔法と魔力の補填を施し、再びヒドラの前に躍り出す。
その際にチラッとアリスの方を見てみると、マイクとの息ピッタリの連携の取れた攻撃で既に一匹を倒し終わり二匹目へと向かっていた。蝶のように舞い、蜂の様に刺すって感じで全く心配はない。
さあ、俺もさっさと済まさないとな。
先程と同様にあっさりと二匹目を倒した後、今までのパーティの中で一番頑張っていた奴らの所へ向かう。
このパーティはランクが高いだけあって、かなり善戦している。防御だけではなくて首も刎ねているのだ。だが、残念な事にヒドラの再生の方が早い。このままではいつか冒険者達の魔力や体力が尽きやられてしまうのは目に見えている。
が、人の戦いに割って入るのはあまり好きではないし、もしかしたらまだ切り札を隠し持っているかもしれぬ故、しばし傍観することにした。
前線の四人が攻撃担当で、後の六人は防御担当。防御担当のうちの二人は何かの時の為に回復に備えている様だ。
首一本落とすのに二人がかりで、それも一撃とはいかない。切っても切っても生えてくる首に攻撃役の疲弊の色は隠せない。肩で息もしているし、いよいよ動きが鈍った時、ヒドラの牙が冒険者の腕を捕らえた。
「ぎゃあぁ」
絶叫が響き、回復薬が直ぐに解毒と回復を行うが、別の首が更に襲い掛かって来る。他の攻撃役がフォローに入ろうとするが、自分を守るのに精一杯。これは全滅する道筋だ。
倒れている冒険者と回復役の冒険者へ二本の首が鋭い牙を立てて襲い掛かる。万事休す……
「だが、お前の思い通りにはならないんだよ」
俺はその首二本を刎ね飛ばした。
一体何が起こった?と目を見開く冒険者達、そこには見た事のない剣を持った男が立っている。
「よく耐えたな。後は任せろ。単なるGランク如きだが、俺は相当強いぜ」
ヒドラは俺を危険認識したのだろう。他の冒険者への攻撃を止め、すべての残った首を俺に向けて来た。
まあ、余裕で刎ねていくだけだが、丁度その時何処から出てきたのか、ヒドラのすぐ傍でサーベルウルフが唸り声をあげた。
大した戦力にもならないだろうが、ヒドラを助けにでも来たか?
そう思ったが、目の前でとんでもない事が起こったのだ。ヒドラが傍に居るサーベルウルフに襲い掛かったのだ。鋭い牙で噛みつき、悲鳴を上げるサーベルウルフを全く無視して、一気にそれを丸飲みすると、そのヒドラの首が一瞬で全て再生し、生命力の上限も上がったのだ。
「こいつら……他の魔物を食って魔素を上げてここまで来たのか。知恵がついた……のか」
魔物が魔物を食うなど聞いたことも無かった。それは他の冒険者達も同じで、ゴクリと生唾を飲む音があちこちで聞こえたのだ。
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