37.ヒドラが出た
「へっへっへっ、あんた達、何時までこんな所で油を売っているつもりだい?もうここには用はないんだろ、さっさと行きな」
俺達のやり取りを見て笑いながら、手で俺達を払い除ける様な仕草をして追い出そうとするロッシ。ところで俺の防具は無いのか?さりげなく尋ねてみたが、ロッシは即座に眉を歪めた。
「あんたはきっと、自分の防具を持っているだろ?それに、この星レベルだと防具なんていらないだろうが。さっさと出て行きな」
ロッシの言う通り、確かに俺の防具はある。この星に来て異端児扱いされたつなぎのアレだ。質が良いのは認めるが、俺もアリスの様な恰好の良い防具が欲しい。
しかし、ロッシは俺の話などそれ以上一切耳を貸してはくれず、残った糸で白く美しいバンダナを編み上げた。
「さあ、アリス、あんたのその防具には兜は似合わないよ。代わりにこのバンダナを頭に巻いてな。兜には及ばないがあんたの頭を守ってくれるさ。さあ、もう行きな。なんだか街が荒れているよ」
ロッシはアリスには優しい。アリスは直ぐにそのバンダナを頭に巻き付けた。手前にちょっとした花柄のワンポイントが付いている。バンダナを頭に巻き付けた姿は海賊のコスプレをしたアイドルの様でとても可愛い。
どうせなら師弟関係なので、共通のバンダナをしてみても悪くはない。
「俺にもバンダナを作ってくれないのか?」
ロッシは全く無視だ。くそう、バンダナくらい、俺にもくれたっていいだろうに……
俺がもう一言何か言おうとした瞬間、ロッシは指を振った。
「くそう、追い出しやがった」
俺たちはロッシの店から追い出され、街路に立っていた。もう辺りはすっかり夜だ。夜どころか夜中に近い。ずいぶん時間を使ってしまったものだ。
「こんな夜中に俺達を頬り出すとはなんて奴だ」
「クスッ。レアが執拗いからよ。今日は一旦ホテルへ戻って明日の朝早くにギルドに行きましょう。ロッシも言っていたでしょ?何か街が荒れているって。意味は分からないけど、ギルドに行けば何かわかるかもしれない、なんだか気になるのよね」
アリスはそう言いながら首を傾げながら腕を組んだ。
◇ ◇ ◇
ホテルに到着すると、夜中だというのにフロント周辺で数多くの人間がたむろっている。そのほとんどが冒険者の様だ。勇ましそうに興奮している奴や、頭を抱え考え込んでいる奴と様々だが、明らかに共通の話題で盛り上がっている、本当に喧しい。ロッシが『街が荒れている』と言っていた事と何か関係があるのだろうか。
ただ、ホテルにとってはいい迷惑である。こんな夜中に騒がれて、俺達が自室の鍵を取りにフロント迄辿り着くにも、人を掻き分け一苦労だ。
俺はフロントに問いかける。魔法で聴力を増強させて冒険者達の話に耳を傾けても良いのだが、ロッシとの長いやり取りもあって、如何せん今日は疲れ気味だ、いちいちそんな事に力を注ぎたくはない。
「こんな夜中に冒険者達が集まっているな?ここはギルドの出張所か何かか?」
俺のセリフに対してフロント係の男が深々と頭を下げた。
「お客様方には大変ご迷惑をおかけしております。あの方々も宿泊されているお客様のお連れの方でして、ここから移動して頂くわけにもいかないのです」
どうやら、ここに宿泊している集団やパーティのリーダーの元に、下々の者達が集まっているのだ。しかし、なんでこんな夜中に?
「で、一体何があった?」
「私どもも詳しくは判らないのですが、森の方で危険な魔物が出たとかどうとか……」
フロント係の男は汗を拭いながらそう言って、俺に部屋の鍵を渡した。その噂が本当なら、明日一番に魔物討伐の依頼がギルドから出されるはず。とどのつまりは、その噂を聞きつけた冒険者達は、この時間はギルドが開いていないからここで時間を潰しているという訳だ。しかしこんな所で時間を潰されて、ホテルにとっては大迷惑な話だ。
「沢山の冒険者が集まっているわね。ロッシの言っていた『街が荒れている』ってこの事かしら」
アリスが冒険者達を鬱陶しそうに眺めながらそう呟く。
ヒドラと言えば、俺の中では淡水に居る円柱状の小さな生き物としか思い浮かばないが、それが魔物とは一体どんなものなのだ?残念ながら俺の読んだ百科事典には然程魔物の事は詳しく書かれてはいなかった。こんな事なら百科事典以外にも、専門の魔物辞典も読んでおくべきだった。
部屋に戻った俺はアリスに尋ねてみた。
「アリスは魔物って知っているか?」
「ええ、知っているわよ。危険種としては有名だもの。九つの首を持つ蛇の化け物よ。猛烈な毒も持っていて、倒すのにEランカーが10人は要るって言われているのよ。でも、この辺りの森で出たなんて話聞いたことが無いわ」
成程、想像するに、ヤマタノオロチのような奴か。察するところ10人のEランカーが必要という事は、淡水に居るヒドラと同様切り取った身体の一部が再生する可能性が高そうだ。ほぼ同時に切り取る必要がある為に10人か。結構たちが悪そうだな。
ま、しかし俺なら一人でも余裕だな、再生する前に全部の首を切り落とすことが出来る。だが、本当に魔物が出没したと言うなら、行動範囲が広くなったか、変異を起こしでもしたのか?本当にここの冒険者達がてこずる程の奴が今の行動範囲を超えて、何体もやってきたなら、街そのものが危険だ。ここの冒険者では太刀打ちできずに、壊滅させられるだろう。
やれやれ、大量魔物の暴走の前に新たな問題が勃発か。
ちょっと待てよ。冒険者達が苦労するような魔物なら、相当報酬も良いのではないか?そいつがわざわざ向こうからやって来てくれるんだ、これほど有難いことは無いではないか。丁度懐も寂しくなりつつあるしな。おまけに、そんな大物を倒せば俺のランクアップも早くなるはずだ。良いことずくめではないか。
俺が独りニヤニヤしていると、アリスが「何をニヤニヤしているの?なんか、気持ち悪いわよ?」と眉を歪めながら怪訝そうに身を引いた。拙い、いやらしい事でも考えていると思われたのか。
「い、いや、俺の事は気にしないでくれ、それよりもアリス寝よう。朝からギルドに向かって詳細を聞く。明日は忙しくなるぞ」
「ね、寝るの?」
アリスは眉を歪めながら、俺からかなりの距離を取って布団にもぐった。俺の細剣を布団に忍ばせて。
だから、違うって……
いつも読んで下さりありがとうございます。
レアはヒドラに会えることが楽しみで、なかなか寝付けませんでした。
投稿は明後日になります。




