36.アリスの防具 2
出来立ての胴具を早速装着したアリスは、その軽さと柔軟性に感激していた。白く光沢のある糸で編まれ、淡いピンク色をした何本かのストライプの入った胴具は本当に美しく、金属でできたものと比べると一見防具とは思えない程とても上品だ。それにとても彼女に似合っている。
「わあ、軽い軽い、それにピッタリだわ。そしてとても動きやすいよ。どうレア?似合ってる?」
笑みを浮かべたアリスはくるっと身体を回転させ、俺にベストタイプの胴具を見せた。
「ああ、とてもよく似合っているぞ。それにしてもロッシの魔法は本当に凄いな、バルディーニが推薦するだけの事はある」
間違っても『似合っていない』等言ってしまったものなら、確実に強烈な蹴りが飛んでくるだろう。まあ、実際にはとても似合っているのでわざわざ否定する必要もないし、俺に褒められてとても喜んでいるアリスを見ると安堵感も覚える。
「ひっひっひっ。軽いだけじゃないぞ。おい、レア。その胴具に向け中等度の火の魔法を放ってみろ」
ロッシは中等度と言うが、どのくらいの威力を中等度というのかが判らん。俺の全力の半分を出すと、アリスはおろかこの店や、この街の一部にまで被害が及ぶぞ。しかしまあ、ロッシがそういうのだから中等度の火の魔法を使っても問題ないのだろう。
……そんな訳は無いか。まあ、一応聞いてみるかな。
「アリス、悪いが炭になるかもしれぬ。俺を恨まないでくれ」
「ちょっとちょっと、何を恐ろしい事を言っているのよ。恨むに決まっているじゃないの。そんな事をしたら完全に化けて出て、一生付き纏ってやるんだから」
化けて出なくとも、十分付き纏われてはいる。何ら今とは変わらんな。
「付き纏われているのは今と一緒だから何ら変わりは無いな。では」
「こらこらこらこら、何が『では』よ。それに付き纏われているってなにさ、こんな美女が一緒に居てあげているというのに、他の人なら涙を流して喜ぶところよ。……全くもう」
何やら自己評価が高いな。アリスってこんなキャラだったか?それに、俺が本当に彼女の師匠であるのかを、いささか疑問にも感じる。
アリスは腕を組み、ぷくっと頬を膨らます。少し機嫌を損ねた時はいつもそのポーズだ。そういう可愛らしいポーズを所かまわず取っていると、益々揶揄いたくなってくるのだが。
「おい、そんな会話はどうでもいいぞ。レア、そこらに居る冒険者が出せる程度の炎で良いから、アリスに向けて撃ってみな、あんたなら魔法も使えるんだろう?」
俺がなかなか魔法を打たないので、痺れを切らしたロッシは呆れ顔で「さっさとやらんか」と促すようにそう言った。早く自分の自信作の防具の強度を早く見て貰いたくてうずうずしている。
三桁の年齢のエルフも子供っぽい所がある。まあ、見た目はまるで子供だしな。これ以上焦らすわけにもいかないので、俺は直ぐに行動に移す。
「バキューン」
俺はガンマンの如く指をピストル状にして、声と同時に先からそこらに居る冒険者が出せる程度の炎を出してみた。
弾丸よりは大きく、ソフトボールよりは小さい、そう、丁度ピンポン玉くらいの大きさの火の玉が俺の指先から飛び出し、アリスの胴具のど真ん中に当った。アリスの身体はその衝撃で仰け反ってはいたが、火の玉はあっけなく砕け散ったのだ。
誰かに突かれた様な感覚はあった様だが痛みも無い。アリスは全く焦げ後のついていない胴具を見て、感嘆の声を上げた。
「凄い、全く熱くないし、痛くも無い。でも『バキューン』ってなに?変なの。で、どれくらいの強さの炎だったの?」
アリスは俺に冷たい視線を浴びせる。
「……ま、まあ、威力としたらサーベルウルフを一瞬で魔石に変える程度の強さだがな、無事で何よりだ」
『ゴンッ』 「いてっ」
そこらに置いてあった売り物のヘルメットが飛んできて、俺の頭に当たった。売り物になんてことをするのだ。
「何考えているのよ!全然、そこらに居る冒険者(ワーカー)が出せる程度の炎ではないじゃないのさ」
「え?弱すぎたのか?」
「ばかっ!逆よ。強すぎなのよ。私を殺す気?」
アリスはいつもの如く頬を膨らませながら、更に別のヘルメットを掴もうとしている。そんなに怒らなくともいいじゃないか。怪我をしたわけでもないのに……
「ちょっとまて、それは売り物だぞ。傷でもつけたらアリスは買い取れるのか?」
そのセリフで我に返ったようにアリスはてへっと舌を出し、そっとヘルメットを撫でながら元の場所に置いた。
全く、てへっじゃないぜ。しかし、そこらに居る冒険者が出せる程度の炎は、それ程までに弱いのか?大量魔物の暴走大丈夫か?先が思いやられるぞ。
「へっへっへっ。大丈夫さ、そのくらいであたしの作ったヘルメットは傷ついたりしないよ。だがね、どうだい、あたしの胴具は凄いだろう。まあ、アリス、レアはああ言っているが、あたしの胴具の防御力を分かって打っているさ、安心しな。さて、もうひと頑張りするかね」
いや、そう言って貰うのは恐縮だが、正直防御力は判ってはいなかった。ただ、アリスの生命力なら死なないだろう程度にと……
俺が愛想笑いをすると、アリスは鋭い目つきで俺を睨む。そんなアリスにロッシは「まあまあ」と言いながら再び指を編み込むように回すと、空中で美しい前腕防具と下腿防具が作られた。もう、アリスが採ってきた繭の糸は殆ど残ってはいない。
「さあ、アリスそれを付けな。それであんたの防具は完成だ」
ぷかぷか浮かんで飛んできた前腕防具と下腿防具をアリスは受け取り、嬉しそうに装着していく。全裸にして採寸しただけあって、それらは見事にフィットしていた。
前腕防具は前腕背側を守るように作られており、剣を持つにも全く支障のない造りだ。普段から装着していても生活に支障は無さそうなので、アリスは装着したままでいるらしい。下腿防具は膝と脛を守る為の物で、ブーツを履いていてもその上から装着が出来る問題のない造りだ。膝までガードされているので、アリスが軽く屈伸運動をして関節可動域制限が無いかを確かめていたが「全く違和感がないわ」と驚いていた。
どちらも白い色がベースになっていて、胴具と同じような淡いピンク色のストライプの柄が入っている。こちらも女性に人気がありそうな優しいデザインで、アリスにはとてもよく似合っていた。
「それらの防具は魔法攻撃に加え、物理攻撃に対しても強力な防御力を誇る。普通の剣なら盾を使わなくとも、その前腕防具でカバーできるだろうよ」
「どれ、それもどれ程の防御力が有るか試せばいいのだな」
俺の細剣はアリスに取られているので、仕方なくスペルサーベルを取り出すと再びヘルメットが飛んできた。
「ばかっ!私の腕を切り落とすつもりなの?」
いつも読んで下さりありがとうございます。
レアは調子に乗りすぎたようです。




