35.アリスの防具 1
先ほど迄揉めていたとは思えない程、防具の構成に関してアリスとロッシは話し込んでいる。なぜこうなったかと言えば、ロッシがアリスにも大量魔物の暴走の件を話したからである。ロッシは巧みにも、その際に素早く繭を回収してきた実力や潜在能力を褒めまくった。勿論それはアリスの機嫌を取る作戦なのだが、アリスはまんまとそれに引っかかり、すっかり気を良くしてしまったわけだ。
美女同士が真剣に話している姿はなかなか絵になり、見ていて飽きが来ない。邪魔にならぬよう、俺は黙って傍観だ。
実際の所、ロッシが言ったおべんちゃらはあながち間違いではなく、他の冒険者に比べて今のアリスの実力は二歩も三歩も抜きに出ている。そんな実力者と揉めるより、上手に利用する方が断然良いに決まっている。そこはだてに年を取ってはいない。老いたる馬は道を忘れずってとこだ。全ては街の為……だと思うが……ロッシの利益の為でもありそうだな。
「ねえ、ロッシさんはどうしてお店をオープンにしないの?」
アリスが不思議そうな表情を浮かべながらロッシに問う。それに関しては俺も同意見だ。こんなにいい武具が揃っているのだ、オープンにすれば客が殺到すると思う。
「あたしの店は量販店じゃないんだよ。誰彼構わず来られたら直ぐに武具は無くなっちまう。冒険者達には申し訳ないけど、売る相手を選別したいのさ。来るべき日に備えてね」
ロッシはアリスの体型をジロジロ見ながらそう答えた。大量に並べてある防具を見ると、量販店に見えなくはないが、それを言うと怒りを買いそうなのでそこはそっとしておく。
「だが、人が来なければ選別もできないだろう」
俺の言葉に対して、ロッシは頷いてはいるが、アリスの身体に夢中で全く切迫感は無い。どうやって選別するつもりなのか。
「ああ、それは悩みの種だったのさ、だが、もう解決した。お前さん達が武術大会であたしの防具を身に着けて宣伝してくれるんだろう?そうなればこの店をオープンにするさ。より多くの冒険者に来て貰った方が選別できるだろう」
ああ……確かにアリスが武術大会で活躍してロッシの名を広めるみたいな事を言っていたっけ。
ロッシもアリスのその意見に納得しているという事は、武術大会での優勝はとてつもなく大きな宣伝になるという訳か。もしかすると他の武具屋のスポンサーとかついている奴が、居るかもしれないな。
「さあ、アリス。ちょっとそこで全裸になっておくれ」
「へ?」
突然何を言い出すのか、ロッシは意味不明な事を言い出した。アリスは目を点にして硬直状態になった。ロッシはそんなアリスに容赦なく魔法で衣類を剥ぎ取ろうとする。
「ちょ、ちょ、ちょっとちょっと……」
服を剥ぎ取られまいと、アリスは必死になって上着を押さえている。
あまりに異様な光景に俺も口をボカンと開けた状態で、それを見ていると、ロッシにいきなり睨まれた。
「何してんだい!あんたは外へ出ときな。アリスが恥ずかしいだろう。へっへっへっ、悪いようにはしないよ」
ロッシが意地悪そうに笑いながら、指をクルクル回すと、俺は屋敷の外へ追い出されていた。
一見怪しい事をやっている様に見えるが、何をしたいかは分かっている。アリスの体型をきちんと採寸して、彼女専用の防具を作ろうと思っているのだろう。素直にそう言えばいいのに、全く悪戯好きな奴だよ。
最初に店に入った様に『幻影無効』の魔法を使って中に入る事は可能だが、それはあまりにも無粋だ。ロッシの顔を立てて、ここは黙って待つとしよう。
◇ ◇ ◇
待つこと約15分。俺の身体はいきなり店の中へと連れ戻された。対象を移動させることが出来るなんて、ロッシの魔法は本当に凄い。
「へっへっへっ、アリスの裸が見られなくて残念だったろう」
ロッシは空中にアリスが取ってきた繭30個を浮かせながら、ニヤニヤ笑っている。アリスは全裸ではなく、元々着ていた衣装を身に着けていた。
まあ、正直スタイルの良いアリスの裸体を見られないのは残念と言えば残念だが、嫌がる事はしたくない。……なんてことを考えさせるのだ!そんな事今はどうでもいいではないか。
頭に浮かんだよからぬ妄想を手で払いながら戸惑う俺の横で、アリスは少しほほ笑みながら上目遣いで俺を見ている。
「何を想像しているのよ。見せると言っても見なかったくせに」
以前の事を根に持ってやがる。あれは謝罪したではないか。
「へっへっへっ。そりゃあ一体どういうことだい?詳しく知りたいものだねぇ」
ロッシもニヤニヤしながら意地わるそうな視線を、俺に浴びせて来る。
「もう一つ飴ちゃんをあげるから、もう勘弁してくれ、それよりもアリスの防具を作る為に採寸したのではないのか?」
「へっへっへっ、そうだったね」ロッシはそう言うと、浮かせた繭の周りを魔法で出した水で包み込んだ。その不思議な光景を見つめていると「滅多に人には見せないんだよ、よく見てな」と言いながら包み込んだ水の温度を上げていったのだ。
包み込んだ水から湯気が立ち上り、ゆっくりと繭を形成している糸がほつれていく。30個の繭の糸がほつれた時、ロッシは指をクルクル回してその糸を束ねだした。
「これがアリスの防具になるんだよ」
すべての糸が巻かれると、それは3つの大きな塊になった。それがぷかぷかと空中に浮かんでいるのだ。何とも不思議な光景である。
ロッシがもう一度指をクルクルまわした後、そのうちの1つが淡いピンクに染まる。そして編み物をするような手つきを行うと、宙に浮かんだ糸の塊がゆっくりほつれて防具の形に形成されていく。
「美しい……」
アリスはその光景に完全に釘付けにされていた。そして、瞬く間に光沢のある白、間には淡いピングの模様が、きめ細かく編まれたベストの形をした胴具が仕上がった。
「ほら、あんたの胴具だ。着けてみな」
空中を浮遊する胴具はアリスの元へ行き、目の前で止まった。それを抱えるアリス。
「軽い……軽いわ。それに、なんて柔らかいの……」
軟そうだが、本当にそれ防御力が高いのか?
いつも読んで下さりありがとうございます。
出来立ての防具です。その防御力は如何に?
次話は明後日投稿予定です。




