34.武術大会に向けて?
「それで、水の月の二十一の日の魔物対策は、ロッシが戦えば何とかなりそうなのか?」
ロッシの生命力の高さは十分判る。広範囲魔法を放てばかなり多くの魔物を駆逐できるだろうが、出る魔物の数がそれぞれ10倍以上となると、はたして街を守り切ることが出来るのか。それに、魔素の量が多くなるという事は、強い魔物もエリア外まで進出してくるんだろう?そのような状況なら俺は異星に向かわず、一緒に戦った方が良くはないのだろうか。
「あんた、今大丈夫か?と思っているだろう。自分も街を守るために参加した方がいいんじゃないかと。そりゃ駄目さ。今回はそれで乗り切ったとしても、また半年後には氷の月がやって来る。その日は昼が一番短い日だ。そっちの日の方が危ないんだよ、魔物は夜の方が強いからな」
「これを見ろ」とロッシはクルクルと指を回し、再び例の如く魔法で前回の氷の月の様子を映像として空に浮かび上がらせた。本当にこいつの魔法は何でもありだ。
映像で映し出されたものとは、夥しい魔物達が一方向に暴走をしている様子や、大勢の冒険者が必死になって立ち向かっている姿であった。
完全に大量魔物の暴走だな。こんな事が起これば学者たちが『裏世界の奴らはこの表世界をも手に入れようとしている』と考えるのも無理はない。それに、この映像よりも遥かに多い魔物が氷の月にはやってくる可能性がある……と、確かにそれは相当やばいな。
俺が出れば余裕で何とかなりそうだが、俺はいずれ自分の星に帰る男だ。俺が居なくてもこの星の人間たちが何とかできる様に考えないと、本当に人類は滅びてしまうぞ。
「ロッシには何か対策が有るのか?」
俺がそう問うと彼女は店の中を見てみろと言わんばかりに両腕を広げて、鼻息荒く顎を持ち上げた。改めてそこに目をやると、汎用だが美しい防具が所狭しと並べられているのが判る。
「あたしが戦いに出るだけでは勝機は無いね。だがね、ほれ、店の中をちゃんと見たのか?この武具を冒険者達に提供して防護力を上げる。勿論、それなりの費用は貰うがね。どうせ奴らにゃあ大量の魔石が手に入るんだ、それが酒に消えるよりも防具の方が余程役に立つだろう?」
ロッシは幾らかの美しい防具を宙に浮かせながら「はっはっはっ」と笑った。俺から見てもそうだが、ロッシから見ても冒険者達の防御力は今ひとつだと考えているわけだ。受けたダメージが少ない程、長く戦えるからな。それに怪我をすると余分に回復薬も必要となる。大量魔物の暴走が起きている時は誰が怪我をしてもおかしくはない。そういう時こそ、戦力は一人でも長く使える方がいい。
それに、俺のミッションが上手くいったとしても、いつ、再び大量魔物の暴走が起こるかなんて誰にもわからない。ロッシはもっと未来を見据えて行動している。流石三桁を生きているエルフだ、見直したぞ。
ならば、俺とアリスが武術大会で活躍をして、ロッシの防具の素晴らしさを広めればいいのだ。圧倒的な防御力を見せれば、一斉に冒険者達がこの店に押し寄せるだろう。まあ、アリスの防具を作って貰うんだ、持ちつ持たれつだな。
そんな話をしている時である。店の入り口が開き、アリスが帰ってきた。想像以上に早い。彼女は自信に満ちた顔をしながら、俺の元へとやって来る。明らかにミッションコンプリートだと分かる動きだが、ロッシはその自慢げな姿を見て揶揄いたくなったらしい。
「おや、えらく早いね。本当に繭を採って来られたのかい?それとも道に迷っておめおめ帰ってきたのかね?へっへっへっ」
アリスを見たロッシは小ばかにするような口調でそう言った。アリスは表情を歪めた後、何か閃いたようにニヤっと口角を持ち上げた。
「ええ、ロッシさんに言われた通り、繭を全部取ってきたわ。それとあの気持ち悪い芋虫と、飛べない蛾も全部やっつけてきたのよ。これであの美しい桑みたいな木たちも食べられたりしないわ。感謝してほしいわね」
勿論、ロッシはそんな事を言ってはいないし、アリスもそんな事はしてはいない。あそこはロッシがきちんと管理をしてビッグモスを飼っているという事は十分わかっていたので、繭も30個しかとっていないし、成虫にも幼虫にも危害を与えずに帰ってきたのだ。ただ単に、ロッシの言い方が気に入らなかったので、少し意地悪を言ってみたかっただけなのだ。
どや顔をするアリス。彼女はロッシが慌てた所で繭を取り出し「そんなわけないじゃないの」と鼻で笑うつもりだったのだが、真に受けたロッシの顔色がみるみる赤く変化した。幼顔をしたロッシだが、その表情はとても恐ろしい。
ロッシにとっては自分の星から連れてきた虎の子の様な二匹のビックモスと、桑類の木の苗を、時間をかけて育て上げたわけなので、それを破壊されたのだったらたまったものではない。
だてに年を取っているわけではない彼女は、物怖じしない方なのであるが、こればかりは動揺を隠しきれなかった様だ。心底「こんな小娘に任せるのではなかった」と後悔したのだろう。
「……あの子たちはね、あたしが大切に、大切に育てているものさ。それを……それを……」
ロッシはそう言うと、わなわな震わせていた手をサッと振った。
「親切心とは言え、間違った行いをしたんだ。当分反省をして貰うかね」
アリスは何かをされたようだが、その何かが判らない。自分の手足を動かしてみたが何ら変わりも無いのだ。何の罰を受けたのかが全く分からなくて、キョトンと首を傾げた。
「ほほう、立派なものだな」
「え?何?何が立派なの?」
俺はキョトンとしているアリスに鏡を見せてやった。そこには無精髭がたくさん生えたアリスの顔が映っていたのだ。
「★△×※〇!」
言葉にならない叫び声をあげたアリスはロッシをキッと睨みつけた。あーあ、折角の美人が台無しだ。
「お、お、乙女になんて事するのよ!」
赤面をして、顔を覆うアリスに対してロッシは、カッカッカッと笑いながら「その髭は剃っても剃っても生えてくるからな」と言った。
その言葉に完全に逆上したアリスはロッシに猛突進したわけであるが、ロッシは全く動じず指をクルクル回してアリスの身体を宙に浮かせた。
声にならない悲鳴を上げ、手足をバタつかせながら宙を回転するアリス。
「おーい、気を付けろよ。ズボンの隙間からパンツが見えそうだぞ」
実は何度か見えてはいるものの、それは内緒。俺は一応アリスに忠告。その忠告は火に油を注いだようだ。どう見てもアリスは沸騰して、言葉にならない声を発している。だが、そんな髭面で睨まれても笑いしか出てこないのだが。
「そろそろ許してやってはくれないか。たぶん、ロッシに小馬鹿にされたのであらぬ事を言ったのだと思うぞ」
シクシク泣き出したアリスを見ていい加減気の毒になってきたので、師匠としてロッシに進言。すると、ロッシはクルクル回していた指を止め、アリスを地面に落とした。その後、扇子をパタパタさせながらロッシはプイッと顔を横に向けた。まるですねた子供だ。
「ふ、ふん。そんぐらいわかっておるわ。その小娘が生意気な口を利くからちょっとお灸を据えてやったのさ」
おい、絶対嘘だろう。完全に自分を見失っていたではないか。
俺が疑いの眼差しを向けているとロッシは俺を睨みつけた。
「お前も髭をぼうぼうにしてやる」
そう言って俺にも髭の生える魔法を投げかけたのだが残念ながら俺には防御魔法が掛かっている。見事にそれを跳ね返した。
「ふんつまらん」
顔を背けて不貞腐れるロッシに、シクシク泣いているアリス。やれやれ。
その後、俺はロッシに魔力を補充できる飴玉をプレゼントし機嫌を取ると、ロッシはアリスの魔法を解いてようやく和解となったのだ。なんて面倒臭い。
いつも読んで下さりありがとうございます。
軍配はロッシに上がりましたとさ。




