33.そこでだ
僅かでも希望の持てるというロッシの話は本当に無謀である。
仮に時空の歪みに入れたとして、その先どうなるかは全く不明。間違って宇宙空間に放り出されでもしたらその時点で人生の最後を迎える事になる。それって、本当に俺が乗ってもいい話なのか?
だが、彼女は帰れるかもとも言った。その意図をはっきりさせて貰わないと、簡単に首を縦に振ることは出来ぬ。
「その話によると、帰る為には運任せで相当危険な賭けになりそうだ。せめて、帰れるかもとの発言の意図を教えて欲しいのだが」
そう言った俺にロッシは指を突きつけた。
「ああ、先ずは時空の歪み近くの強力な魔物を倒せることが大前提だ。そして、二つ目は時空の歪みに入った時に耐えうる防具を持っている事。まあ、それに関してはあんたがシールドを使えるなら、あたしが作った防具で対応できるだろう。次に必要なのは魔素感知さ」
「魔素感知とはなんだ?」
聞きなれない言葉が出てきた。俺は相手の生命力を感知することは出来るが、魔素を感知したことは無い。するとロッシは「可視化させてやる」と言って掌を天井に向け広げると、そこに黒っぽい霧の様なものが集まってきた。
「ほら、これが魔素だ。触って感じてみな」
見るからに得体のしれないものだ。だが、ここでビビるのは男が廃る。全く動じず触ることが今の俺にとって必要な行動だ。
ロッシの作り出した黒い霧の塊に指を突っ込むと独特の感覚を感じた。成程、これはあれだ、魔石を持った時に魔力を感じるのだが、あの黒い霧の塊はそれを気体に変えた様な感じだな。
「お前さんなら感じたことはあるだろう。自身を研ぎ澄ませれば、何処に居ても魔素を感じることは出来る。これが判らないと時空の歪みに入るのは危険だね」
「ああ、つまり時空の歪みから湧き出る魔素を辿れば、迷わずに余剰魔素を排出している星に辿り着けるという訳だな」
ロッシは「ああ、そうだ」と言いながら開いた掌を握ると、黒い霧の塊は消滅した。確かにほんの少し神経を研ぎ澄ませると、今の黒い霧の塊が拡散していくのが判る。
「魔素を感知することは出来そうだ。そこでだ、これらの情報を俺に教えてくれた訳が何かあるのだろう。対価はなんだ?それを話して貰おうか」
ロッシはフワフワ宙に浮いたまま、指を再びクルクル回すと空中に地球儀の様なものが出現し、ゆっくりと自転を始めた。地球儀と言ったものの色は赤い。
「先ず、一つ目は……これはあたしの母星であるジュール星さ。あたしもここに帰りたいんだよ。でも、あたし一人の力じゃあ、時空の歪み近くの魔物は倒せないのさ」
ロッシの顔が少し寂しそうに歪む。美少女が悲しそうな顔をするとなかなか強烈だ。何とかしてやらねばという気持ちが駆り立てられる。
ロッシの母星のジュール……ではそこに浮かんでいる赤い星はジュール儀って事か、彼女も自分の星を忘れず思い続けていたわけだ。
「つまりロッシは、その半年に一度の書状魔素が大量に放出される日に一緒に時空の歪みへ連れていけと行くことだな?」
俺がそう言うと、ロッシは空を掴むように腕を動かし、空中に浮かび上がっていたジュール儀をかき消した。そして首を横に振りながら、フワフワとカウンターへ戻った。
「いや、あたしが一緒に行くのは足手纏いになる。行くつもりは無いよ」
「では、どうしろというのだ?」
「あんたが無事自分の星へ帰ることが出来た時に、ここへ迎えに来て貰えると嬉しいね。きっとその時には何らかの星間移動手段を持っているのだろうからね」
ロッシはそう言うとニヤリと笑った。
ロッシには俺の強さが判っているので、足手纏いになるというのは本音だろう。だが、絶対的な確信の得られていない方法を、成功する可能性の低い自らが取る事はリスクが大きすぎるとも考えているのだ。そこで俺に託す……と、少々ずるい気もするが、母星に帰りたい気持ちの大きさは俺と同等ってわけか。
仕方が無いな、俺が惑星イメルダに帰れた暁には、俺がロッシをジュール星迄連れて行ってやろう。
「ふふふ、なかなかしたたかな奴だな。まんまとその作戦に乗ってやる。そして、俺がジュール星へ連れ帰ってやる。で、その半年に一度大量に余剰魔素を放出される日というのはいつになるのだ?」
俺の言葉にロッシの顔が緩やかに綻んだ。
「ああ、その日は最も昼間が長い日と、最も夜が長い日さ。ここで100年も住んでいるんだ、間違えはないさ。でもな、あんた、あたしが単にあんたに任せっきりにしていると思っているだろう?」
任せっきりにしているわけではないのか?それに、最も昼間が長い日と、最も夜が長い日とは夏至と冬至の日の様だな。して、この星のその日とはいつになるのだ?
「ふふふ、違うのか?で、その日はいつだ?」
笑みを浮かべたものの、含みのあるロッシの言い方に何やら意図を感じる。
「次の最も昼間が長い日は水の月の二十一の日だよ。約3カ月後だ。ただし一つ問題があるのさ」
ロッシ曰く、大量の余剰魔素が排出された時、それに伴い大量の魔物が発生するのだとか。あのサーベルウルフも頭数が10倍くらいになるらしい。今までは強者の冒険者達が何とか討伐できていたらしいが、その数も年々増えている。それと、もう一つの懸念は更に強い魔物の行動範囲が増えてきているのだ。
「まあな、今までは冒険者にとっても大量の魔石が入るから、賞与月だと言って喜んでいたんだよ。だが、昨年の発生量から考えると、おちおち喜んでいる場合ではないって事だよ。いよいよあたしも出向かないとやばいって訳さ」
ロッシは魔法で色々な災害級の魔物の像を空中に浮かび上がらせながら、話を続けた。
「二つ目の対価になるがね、本当の重大任務はここからだよ。あんたは余剰魔素を排出させている星に行って、大量に排出させる日を分散させるか、もしくは制限をさせなければならないって事さ。できなければいずれこの星は確実に魔物に吞まれるよ」
そういう事か。毎年二回、余剰魔素の大量発生に伴い、大量魔物の暴走の様なものが起こっていると。それが年々酷くなっているという訳だな。そして放っておくと街はつぶされる。俺の役目はその根本も改善させねばならないという事か。
ロッシも自分の惑星に帰りたいとは言っているが、この星に対する愛情も深そうだ。俺はどうしてもその星へ行って、状況を改善させなければならないという事だな。
このミッションの出来不出来がこの星の未来にまで影響するとは……単に自分の星に帰りたいだけの話が、大事になってきたぞ。
いつも読んで下さりありがとうございます。
ロッシはレアならやれると思っているのです。




