2.街へ
山を下りている途中に小さな人型の生き物が泣いていた。姿形は俺と同じ人型だ。地球で言うところの少女だ。文明人に違いない、なんせ衣類を身に着けているからな。地球人とよく似ている、上下にシャツとスカートの様な衣類を纏い、長い黒髪は一束に結われていた。コッソリ調査を続けたかったのだが、このように目の前で泣かれていては放っておくわけにもいくまい。なんと言っても俺は人を守る魔術騎士だからな。
しかしながらこの星の言語を習得していない俺は、言語でのコミュニケーションは取れない。
俺の持っている魔法、自動翻訳機能は相手の思念と発する言語を同期させ、俺の知っている言葉へと変換するものだ。だから、相手が話をしてくれれば理解をすることは可能だ。だが、俺の発言も相手の語彙と同調させる為、相手の色々な語彙を獲得しなければ文章を構成することは出来ない。よって、語彙情報がある程度貯まる迄は、理解は出来てもこちらから話しかけることは出来ないのだ。
俺は可能な限りの優しい表情を作り、泣いている少女の肩を軽くたたいた。こういうのもなんだが、決して俺の顔は不細工でも強面でもない……と自分で思っている。女性に好意を持たれた事も無いわけではない。だから、ここで怯えられて逃げていくようならそれはそれで仕方がないのだ、けっして俺の見てくれのせいではない。それに、気を付けねばならぬ事は、見た目は少女でもその姿で相手を油断させ食料とする魔物もいる。そう言えば惑星イーリットに居た可愛い兎みたいな魔物も……そんな事は今どうでもいいか。つまり知らない場所での油断は、後に自身の首を絞める事にもなり得るってことだ。
肩を叩かれた少女はビクッと身体を振わせた後、俺の方へ振り向いた。一瞬安堵の表情を浮かべたが、少女の想像する人物ではなかったのだろう直ぐに顔を伏せて再び泣き出した。どうやら、この生き物に危険は無さそうだ。因みに生命力は13、まぎれもないただの泣いている子供だ。少女は地球で言うところの3,4歳ってとこだろうか、幼いゆえにまだ警戒心は無く、ただ泣くだけだ。もう少し年を取っていれば、俺を警戒して走って逃げていただろう。知らない人に声を掛けられたら、叫びながら走って逃げろって言われているだろうしな。
俺はもう一度か彼女の肩を軽くたたいた。そして、再び振り向いた彼女にジェスチャーで自分の声が出ない事をアピールした。
「お兄ちゃん……声が出せないの?」
よし、言語を発してくれた、自動翻訳機能が解析を始める。少女は俺の事をお兄ちゃんと呼んだ。お兄ちゃんと言えば概ね10歳代後半くらいのイメージだ。彼女には俺がそのように映っているのだな。若くていいじゃないか。
俺はウンウンと頷いた。少女は涙を拭きながら身振り手振りを使いながら話し始めた。
「あのね、私はミヤって言うの、私の髪飾りが鳥さんに取られて追いかけているうちに道に迷ったの」
幼いだけあって、心と言葉が同じであるため、この国の言語がスムーズに翻訳されていく。この少女ミヤの言っている事は本当だろう。この年齢の子供が魔物の出るこの森を、ひとりでうろつくとは考えにくい。無心になって追いかけたのだ。嘸かしこの子の親も心配している事だろうに。
まだ単語しか話せないが、俺はミヤに話しかけた。
「か……髪飾り?」
「お兄ちゃん、声が出せたね。良かった。そう、髪飾りを鳥さんに取られたの」
流石に子供は単純だ。俺が言葉を発したことを素直に喜んでくれる。ミヤは身振り手振りで髪飾りの事を説明してくれるが、イメージはし難い。その物が金属製の物であることはなんとか理解できたので、早速、空間認識魔法を施行した。すると30メートル上空に金属片を持った生命体を認知した。確かに鳥の様だ、だが、以外にでかいぞ、1メートル位はある、怪鳥だな。生命力は218か、弱いがこの子供よりは断然強い。こいつに襲い掛かられると、この娘は確実に命を落とすだろう。
ここで疑問が湧く。何故ミヤに攻撃を仕掛けないのか、俺が居るからか?だが、ミヤがここで泣き出してから結構時間は経っていそうだ、十分襲う時間はあっただろう。別の視点から行くと、何故奪ったものを持って逃走しないのか?何の為に髪飾りを奪ったのだ?必要ならばさっさと飛び去れば良いものを、何故あそこで待機をしているのだ。ミヤをどこかに誘導しようとでも思っているのか?
奴の目的が見えてこないわけだが、まあいい。魔法で仕留めるのはたやすいが、まだ、この世界に魔法が有るのかどうかを確認していないので、ミヤの前で魔法を使う事は避けたい。そうなると、やっぱり石だな。
俺は先程と同様に近くに落ちている石を拾い、上空に向けて指ではじいた。弾丸の様に飛んで行った石は見事に怪鳥の首を跳ね飛ばした。消滅した怪鳥から魔石と髪飾りが落下してくる、やはり魔物だったか。
俺はミヤに気付かれない様に風魔法を使い、落下する魔石と髪飾りを誘導し、パシッとキャッチした。手にした髪飾りをミヤに見せると、彼女は大喜びで飛び跳ねた後、俺にしがみついた。
「ありがとう、お兄ちゃん。お兄ちゃんって凄いね。石をピュンって飛ばして、鳥さんやっつけちゃった」
ここに生存する生き物の生命力から推定すれば、この星の人間なら指で弾いただけの石ころで大きな鳥を倒してしまう事などできないだろう。通常なら引かれる所だが、やはり子供だな。そんな疑問はこれっぽっちも沸いては居ない。それに、人助けも悪くない。柄にもなく照れてしまった。どうせ街に行こうと思っていたし、もののついでだ。俺はミヤを街まで送ることにした。俺が街の方向を指さすとミヤはウンと頷いたので、このあどけない娘を肩に乗せてやったのだ。
道中、ミヤは自身の家族の事や街の事など色々話してくれた。自動翻訳機能のデータが増えて有難いのだが、如何んせん語彙力の未熟なので、俺が言語を発する時には注意が必要だろう。そのまま使うと幼児語になってしまう、いくら何でも俺が「○○でちゅ」とか言うと皆引くだろう?
ミヤの着ている物、先程の髪飾りを鑑定すると相当素材の良いものである。話す内容に関してもよくは判らないが習い事の話も多い。いわゆる良い所の出の娘だろうが、こんな所でひとりなんて親たちは一体何をしているのだ。
森を抜けると、所々に家屋が並び、そのもっと先には大きな建物も見える。丁度ここが森と街の境目だ。街のつくりは地球で読んだ本で見た事のある、20世紀の時代の東洋の島国に有った建物に似ている。残念だが、ここで星間を移動する文明を求めるのはちと無理がありそうだ。
突然、ミヤが俺の肩から降りようとした。きっと家が近くなったのだろう。
「お兄ちゃんありがとう。ここからならひとりで帰れるよ」
取り返した髪飾りを頭に着け直したミヤは、屈託のない満面の笑みを浮かべながら大きく手を振り、中心街へ向かって走っていった。さて、俺はこれからどうするかというと、俺も街の方へ行き、うろつくつもりである。まだ日も高い、人は沢山うろついているはずである。出来る限り人の会話を聞いて、自動翻訳機能のデータを増やすのだ。
◇ ◇ ◇
街路をしばらく歩くと、賑やかな繁華街に入った。多くの人々が行き交い、買い物などをしている。なかなか賑やかではないか。見た目は俺と同じく地球人そっくりで二つ足歩行、ミヤと同族だ。だが、他にも顔面が毛で覆われている奴や、耳の長い奴もいる。いわゆる獣人って奴だ。いずれの人種も服装は地球人とそう変わらない。この星には獣人と上手く共存出来ているのだな。
立ち並ぶ店では食料品や電化製品、魔道具らしきものなどが街路に並べられている、商業を営んでいるのだ。それに魔道具らしきものがあるという事は、魔法を使えるものもいるという事なのか?うう、知りたい、でも語彙が不足しすぎてて聞けない……まあ、何にせよ、これでここが地球でないことは確定したわけだ。
人々に目を向けるが、明らかに街中で魔法を使っている人物はいない。あれが魔道具だという前提で話を進めると、魔法は道具のみに存在するものなのか、それとも何らかのルールで人ごみの中では魔法を使う事を禁止されているのか。兎に角判らないことだらけなので、徐々に調べていく必要があるな。
俺は聞き耳を立てながら、目立たぬようにゆっくり歩いていたつもりだが、そのかいも無く明らかに注目を浴びている。理由は分かっている、俺の服装だ。地球で言うところのつなぎでレーシングスーツの様な衣類を身に纏い、長いブーツを履いているものだから目立つのだ。誰もそんな身なりをしてはいない。
かといって、他に服も持っていないので、どうすることも出来ない。買い物をしている人間が居るのだから、通貨はあるはずだ。直ぐにでもお金を手に入れて、目立たない衣類を揃えたい所だが、その為にも少しでも早く語彙を習得しなければ……
周囲の視線を気にしない様に、物の名前や種類を吸収している時、懸念していたことが一つ。文明に関係なく起こるイベントがやはり発生したのだ。そう、絡まれるってやつだ。
肩を怒らせた体格のいい男たち三人が、いきなり俺を取り囲んだ。いつもそうだ、異文化に触れた時、他と違う事をしていると直ぐに目を付けられてしまう。
「おい、お前、変な格好をしやがって、何処の奴だ」
髪の毛がチリチリの男が口をクチャクチャさせながら、上から目線で俺に問うてくる。鬱陶しい。人に絡んでくるくらいだから、生命力はどれくらいだ?
え?345……?偉そうにしているのに、たった345なのか?他の二人は更に低い
念のために、その辺りに居る人たちの生命力を検知してみた。生命力は平均して100程度。成程、これ位がこの星の町人の平均なのだろう。
分かった。この世界の生き物は俺に比べるとあまりにも弱すぎるのだ。この星の人間からすればこいつら程度でも生命力は高い部類に入るのだろう。だから、この程度の生命力で息巻くことが出来るのだ。やばいな、俺との差はあまりにもデカすぎる、手抜き攻撃でも相手を殺しかねない。どこにでも法律ってものがあるので、殺してしまうと後々厄介になるだろう。
取り敢えず俺は、自身の生命力を極力抑え込むことにした。俺ほどの魔術騎士になると生命力は自在に操作できる。とは言え、限度もあって585以下にするのは難しい。だが、これなら相手を殺してしまうことは無いだろう。しかしできる事なら、穏便に過ごしたいが、無視するにも難しそうだし、ただでさえ目立っているのに、戦うと更に目立つ。厄介な奴らめ、だからチンピラって奴は困るのだ。仕方ない、一発喰らわせてトンずらするか……
いやいやちょっと待て、こいつ、口は悪いがもしかするといい奴かもしれない。人を見かけで判断するのは良くないな。先ずは話を聞いてからだ。
読んで下さりありがとうございます。10話迄毎日投稿します。




