27.スミス
「ええ、なんであれで受けてくれるの?バルディーニさんって実は親切おじさんなわけですか?」
アリスにとって、オリハルコンの原石は高価なものだとは薄々感じていたが、それでも200万ピネルに相当するものでは無いと思っている。ましてや、単なる冒険者が持ち込んだよく分からないハンマーと金床にそんな価値があるとは到底思えなかったのだ。
気持ちは分かるが、もういいからアリスは黙っていて欲しい。お前が心配せずとも、分かる者にはわかるのだから。
俺がやれやれ顔でアリスを見つめていると、スッとバルディーニが立ち上がった。
「お前手を見せてみろ、確かお前の剣を作って欲しいとの事だったな?」
アリスに近寄ったバルディーニは彼女に向かってそう言った。
「若い女と手を繋ぎたいのか?」
バルディーニの裏拳が飛んできた。可愛い冗談なのになんてことをしやがる。ただ、俺には全くダメージが無い、しかしそれだと可愛そうなので、わざと痛がったフリをするとこのじじい、クククと鼻で笑いやがった。
「華奢だな、だが、よく訓練されている。剣のタイプは俺に任せてくれるか?フフフ。任せてくれるかとは言った以上、注文を付けられると内容によっては作らないかもしれんがな」
なんだその言い草は。じゃあ、最初から「俺の好む剣しか作らぬ」とか言えよ、まあ意地悪で言っているのでははなさそうだが、偏屈なじいさんだ。
アリスは恐れ多いと思っているのか、それとも男性に手を触られて動揺しているのか、突然冷や汗を出しながらペコペコ頭を下げている。おいおい、お前の方はもっと堂々としておけ。
お前が今後、彼の作った剣を今以上に有名にするのだから。だが、奴はその事を十分に分かっている。だからこそ限られた人間にしか作らない剣を、お前に作るのだ。自信を持て、お前は選ばれたんだ、あのじじいから。
「気にするな、お前の恩返しはお前が一流になる事だ。その時、きっとその素晴らしい剣は誰が打ったのだと問われるだろう。そして、ちゃんと言うんだ、助平じじいに作って貰ったってな」
再び裏拳が飛んできた。まあ、二度目なので流石に躱した。もう、クククとは笑わせん。
「ふん。ろくな言い方ではなかったが、そういう事だ。だが、心配なのは儂が更に有名になってもっと忙しくなることだな。嬢ちゃん、活躍もほどほどにしておいてくれよ」
バルディーニはカッカッカッっと大きな口を開けて笑った。じじいもアリスの事を気に入った様だ。これなら彼女に合った良い剣が出来そうだ、大いに期待できる。
一通り笑い終えた後、バルディーニは急に真顔になり、スミスを睨みつけた。ん?何か気に障る事でもしていたのか?
「で、お前は誰だ?何故ここに来ている」
スミスはバルディーニの威圧的な声を聞いて身体を震わせた。巨匠の目の前に居るだけでもかなりの緊張状態であるにも関わらず、急に名指しで威嚇されたのだ。震えぬはずはない。
「ぼ、ぼ、僕は……あ、あ、あの……」
汗はダラダラ、緊張がピークに達して舌もろくに回らない状態である。傍から見ていると、こっそり悪事を働いてそれが見つかり、警察に尋問されている容疑者の様な感じだ。一応こいつにも世話になった事は間違いない。なんせバルディーニの存在を教えてくれたのだからな。仕方がない、恩を返すか。
「すまないな。こいつはスミスと言って、ライザーの所で働く見習いの鍛冶師らしいのだ」
「ふん、ライザーか。で、その見習いが何故ここに居るのだ。儂の技術でも盗みに来たのか?」
直ぐに出て行けと言わない所が、一応スミスに興味を持っている事を伺わせるな。こいつの為にも本当の事を言ってやる方がいいだろう。顔が引き攣っていてとても話せる状態ではなさそうだしな。
「巨匠を目の前にして、緊張のあまり口が利けそうにない様だ。俺が代わりに言ってやろう。こいつは俺の細剣を見てあんたが作った剣ではないのか?と問うてきたのだ」
「どういう事だ?お前とその男の接点はなんだ?」
バルディーニは俺とスミスの接点を聞いてきた。俺はここに来たいきさつを話した。
「申し訳ないが、俺は世間に疎い。このスミスに聞くまではあんたの名は知らなかったのだ。だが、こいつの眼が確かかどうかを見る為に一緒に連れてきたという訳だ。こいつ、本当はあんたの弟子になりたかったらしいぞ」
「もう、レアったら。さっきからバルディーニさんの事をあんたあんたって。偉い人なんだからちゃんと名前で呼びなさいよ。失礼ですっ!」
アリスに叱られた。思っていたよりもバルディーニが気さくだから気にしていなかったな。確かに巨匠相手に失礼か。
「すまない、確かに失礼だった。あんたの打った剣は素晴らしい。これからは巨匠と呼ばせてもらおう。で、巨匠、俺の細剣を巨匠の打った剣だと言ったスミスについてはどう思う?」
「別にお前さんなら儂の事をあんたと呼んでも構わんがね、でも、巨匠と大層な言い方をしてくれるのなら、儂もお前さんの事を名前で呼ばせてもらおう。レアと呼べばよいのかの?ところで坊主、その中で一番優れていると思うものはどれだ?」
バルディーニは俺の細剣との対決で敗れてボロボロになった剣の欠片を指さした。勿論スミスに対してそう問いかけているのだ。
スミスはまだ緊張がほぐれぬまま表情を引き攣らせていたが、バルディーニに「遠慮はいらん、だが、どんな時もお前の選択がお前の価値を決めるものだと考えて答えよ」と言われ、自分の両頬を思い切り自身の手で打った。そして目を凝らし、地面に落ちた剣の欠片を見つめ、小さく頷いた。
沈黙が数分間流れ、スミスは数多くバラバラになった剣の部品の中から、刃ではなく柄の部分を指した。
おい、綺麗な刃が沢山あるだろう、俺にはどれもこれも素晴らしい刃渡りの剣に見えるぞ。どうして柄の部分を選ぶのだ?追い出されたいのか?
アリスも思わず「え?」と声を上げていた。だが、バルディーニは何も言わずにスミスを凝視していたのだ。
いつも読んで下さりありがとうございます。
スミス、一体何を考えているのよ……byアリス




