26.取引
男はゆっくりとしているが棘のある口調でそう言った。ただ、一切俺の顔を見ようとはしない。
「折れた剣が何本も散乱しているが、それが何か?」
おおよそ彼が何を言いたいのかは検討がつく。俺の細剣の素材と製作者を聞きたいのだ。今の問いはそこに至るまでの大切な道筋だ、間違ってはいけない、下手な返答をすると直ぐに追い返されるだろう。
「お前の持ってきた剣で、儂の作った剣を切ったのだ。お前の剣は刃こぼれひとつおこしていない」
「当然だ。俺の愛刀だからな」
「……何しに来た。その剣を自慢しに来たわけではないのだろう」
「この細剣と同等の性能の剣を作って貰いに来たのだ」
「何故、俺が剣を打つ人間だと分かる?」
「感だ。俺の直感は、あんたが巨匠バルディーニだと言っている。それにたった今、その口が言ったではないか『儂の作った剣を切った』と」
「うぬぬ、儂としたことがとんだ失言を……ふんっ、お前は全て直感を信じて生きているのか?」
男の表情が僅かに歪む。感情に変化があった。
「そういう時もある。そうでないときもある。だが、今はそういう時だ」
「……よく分からんがまあいい、何故その剣を作った人物に頼まないのだ」
「もうこの世には居ないからだ」
俺のそのセリフを聞き、その男性は初めて俺の顔を見た。予想をしていただろう俺の答えは、彼にとって聞きたくない方の答えだったのだろう。素晴らしい作品に出会えば、同業者としてその人物を知りたくなるのは性である。俺がここに来た時点で、俺の細剣を作った人物が居ないという事は、この男にも想像はついたはずだ。でも、否定したかったのだ。だからこそ、俺達をここに呼んだのだ。
「お前の剣は美しくて強い。儂にはその剣と同等の物を作ることは出来ぬ」
男は俺の細剣を鞘へ仕舞いながら、首を横に振った。だが俺は確信した。
「あんたは作ることが出来る。その為に俺が此処に来た。俺はあんたが何故その剣と同等の物を作れないかも知っている」
そう、理由は簡単だ。男は俺の剣が鉄や鋼などで作られたわけではない事を知っているのだ。そして、彼は可能な限り強度を上げた鋼で鍛え上げた剣と俺の剣を戦わせた。散乱している壊れた剣を見ればわかる、どれも刃渡りが美しく丹念に作られたものである事が分かるのだ。
鍛え上げた自分の剣が無残に敗れ去ったのだ。嘸かし無念だっただろう。
だから俺ができる事はこうする事だ。
おれは亜空間ボックスからミスリル製のハンマーとミスリル製の金床を取り出した。オリハルコンやミスリル製の武具を作れるものはこれしかない。この星にミスリルの産地があるかどうかは知らないが、少なくともオリハルコンはあった。オリハルコンの原石は数が少ない為、加工する為の道具が無かったのだろう。だから、その武具が出回っていないのだ。
俺が取り出した鍛冶道具を男は手に取った。その表情から激しく動揺しているのが判る。やはり巨匠だ。これらがただのハンマーと金床ではないと、一目で見抜いたのだ。
「こ、これで儂に剣を打てと言うのか……。そ、素材はどうするのだ?」
勿論それも用意してある。アリスが掘り起こした例のアレだ。俺はもう一度亜空間ボックスに手を突っ込み、オリハルコンの原石が含まれた岩を取り出した。
「この岩の中に俺の細剣と同じ金属原石が10キログラムは含まれている、少し待っていろ」
俺はアリスに細剣を手渡した。
「アリス、その岩を思いっきり砕いてしまえ」
「へ?オリハルコンの原石が切れちゃってもいいの?」
アリスは驚いてそう問いかけるが心配は無用。きっとアリスの腕ならオリハルコンの原石だけを切らずに残せるはずだ。それに、彼女に託したのは男に……つまり、バルディーニにその腕前を披露したかったのもある。一流の鍛冶師は使い手も気にするものだ。アリスの武器を作って貰うのだから、彼女もバルディーニに認めてもらわなければならない。
「気にするな、やってみろ」
俺はアリスにかかっている重力魔法を解いた。彼女は水を得た魚の如く、跳躍して剣を振り回した。
俺の方を向いて黙って頷いた後、細剣を構えたアリスはゆっくり岩へ近づいた。そして素晴らしい速さで全周性に岩を切りまくったのだ。
ゆで卵の白身を取り除き、中から黄身が出てきたように、岩の中から濃青色の塊が姿を現した。彼女の剣技も素晴らしかった。
オリハルコン同士がぶつかり合うと、どちらかに傷がついても仕方ないのだ。最悪の場合細剣に刃こぼれがあったとしても、それも経験だと思い、半ばあきらめた。だが、彼女は双方に傷一つ付けなかったのだ。よくここまで成長してくれたものである。
「お、お前は道具と原石を持ってきた。ならば、200万ピネルでその剣と同じレベルの物を作ってやる、ただし儂の作った剣を使うのは誰だ?それによっては考えも変わる」
俺の細剣の素晴らしさを目の当たりにしたのだ。鍛冶師として同等、もしくはそれ以上のものを作りたくないわけはない。それに、無理だと思っていた剣を打つための素材がすべて揃ったのだ、心が震えないわけがない。
200万ピネルは鍛冶師としてのプライドの値段だろう。俺はアリスが剣を使うのだと言った。
自分の剣を作って貰う事は判ってはいたアリスだが、あまりの値段の高さにたじろいだ。
「に、200万ピネルですって?道具と原石を提供してそれなら、剣だけ頼むとしたらいくらほどかかるのよ!それに、レア?そんなお金持っているの?」
アリスが心配になって俺に問いかける、勿論そこまでの金は持っていない。
「持ってはいないぞ、そこまでの手持ちは無い」
そのセリフを聞いたバルディーニは「金が無いなら剣は打てぬ」と言ったのだ。後で払うとか言ったとしても、きっと彼は譲ることはしないだろう。自分の価値を容易く下げたりはしない。そういう男の様に思えるのだ。だか、俺にこう提案されても断る事ができるかな?
「金はないが、そこのハンマーと金床を代金の代わりとする。そして、剣を作った後の余ったオリハルコンの原石は好きに使ってもいいぞ」
俺にとっては破格の提案だ。俺の星ではオリハルコンの原石だけでも1キログラムで、ここの金の価値なら10万ピネルはする代物だ。細剣を作るだけなら2キログラムもあれば十分おつりがくる。つまり残りの8キログラム程の原石をバルディーニは好きに使えるわけだ。
それにだ。ミスリル製のハンマーとミスリル製の金床はこの星に有るかどうかもわからない品だ。金額の付けられるものではない。それだけでも200万ピネルが超えそうな物なのに、それを『お前にやる』と言っているのだ、断れるわけがないだろう。
俺のセリフにバルディーニは身体を震わせた。直ぐにハンマーを手に取ると血走った眼で「本当にこれを代金の代わりにするというのか?」と言った。
隣でアリスが呟く「ほら、あんなトンカチと金床が200万ピネルの代わりだなんて、いくら何でも無理じゃないの」
あれの価値が判らない素人ならその判断は正しい。だが、お前にとってのアレの価値は如何なものかな?バルディーニ。
俺が何も言わずにバルディーニを見つめていると彼は急に立ち上がり「ライラック、直ぐにこっちへ来い」と、大声で使用人を呼びつけた。
「このハンマーと金床、それにそこの石を工房に運ばせておけ!」
いつも読んで下さりありがとうございます。
どうやら剣を作って貰えそうです。




