25.巨匠バルディーニ
スミスに教えて貰ったバルディーニの工房は街の北にある。俺の頭の中にはこの街の地図は記憶されているのだが、工房の場所は載っていなかったのだ。ライザーの工房はあったのだが、工房として公にはしていないのだろう。
スミスによると気難しいと言われる男で、自分の好む武具しか作らないらしい。時間をかけて丁寧に仕上げるので今まで制作された剣も少なく、持ち手も彼の事を公表したりしないので、彼が作ったものは製作者不明の名品として扱われているのだとか。
今回、俺が剣作成の依頼に訪れたとしても、それが叶うかどうかは判らないが、スミスはこんな機会はそうそうないからと付いて来た。
それはそうと、お前ライザーの工房を勝手に抜け出して大丈夫なのか?
心配になってそう聞いてみると、神妙な顔つきになったスミスは「レアさんの細剣をこの目で見てしまった以上、それと同様物を作れる技術を持った人を一目見ないと気がすまないのです」と言った。どうなっても俺は知らんぞ。
◇ ◇ ◇
スミスと一緒にバルディーニの家に到着した俺たちはその家の広さに驚いた。まるで大名屋敷だ。かなり大きな庭があり、中には工房もあるのだろう。
家の広さに驚いている俺達にスミスは、バルディーニは多くの武具を作っているわけでは無いが、その1つの値段はとても高額で通常の冒険者が出せる値段ではないと教えてくれた。作者不明とうたっているくせに凄いものだな。価値的にはまるでストラディバリの作ったバイオリンのようだ。
「レア、そんな高い武器だったらきっと作って貰えないよ。そんなに高い武器私も貰えないし、もういいから別の鍛冶師にお願いしようよ」
アリスは心配そうにそう言ったが、「別に新しく剣を作らなくても、その細剣で我慢するから」と追加のセリフを聞くと、益々アリス専用の剣を作らないと……と思ってしまう。いくらアリスが望もうとも、あの細剣をあげるわけにはいかぬのだ。
そうやってずっと握りしめられていると、本当に返してくれるのか心配になるぞ。
まあ、それは兎も角、本音を言えばスミスの話を聞けば聞くほど俺自身がバルディーニに会ってみたくなったのだ。俺の持っているピネルでは全然足りないだろうが、俺にはとっておきの秘策があるのだ。
◇ ◇ ◇
「それにしてもでかいな。これだけの家を維持するには1本どれくらいで剣を売っているのだろう」
俺はアリスのセリフを遮った。ここまで来たのに何もせずに帰るなど、俺の辞書にはそのような選択肢が無いからだ。丁度玄関に呼び鈴があった為、俺はそれを鳴らした。当然、本人が出てくることは無いだろうが、無視をされるとも思えない。
1回呼び鈴を鳴らし、待つこと5分。全く何の音沙汰もない。
2回目呼び鈴を鳴らし、待つこと5分。相変わらず何の音沙汰もない。
「ほら、やっぱりアポなしでは、無理なんだよ。丁度スミス君も居るしさ、他に知っている鍛冶師を紹介してもらえばいいじゃん」
アリスは俺の袖を引っ張るが、こうなったら意地だ。何らかのアクションが無い限り帰るまい。
3回目、呼び鈴を『リンリンリンリン』と何度も鳴らしてみた。
「ちょっと、やめなよ。そんな事をしたら会ってくれたってすごく機嫌が悪くなっているよ」
俺の袖をグイグイ引っ張り、それを止めさせようとするアリスの不安げな顔が……少し面白い。スミスに言わせれば、バルディーニ気難しいと言われる男なのだから、これ位の事をやってもきっと何も変わらぬ。むしろ好転するかも。
アリスの顔を見て笑ってしまうと、ほっぺたを膨らませた彼女に脛を蹴られた。おいスミス、漫才ではないぞ、笑うでない。
そんなやり取りをしていると、遂に玄関が開いた。そして、不機嫌そうに黒いスーツを着た初老の使用人らしき男性が出てきたのだ。
「どちら様か判りませんが、旦那様によると本日は誰ともお約束をされていないらしく、速やかに帰って貰えとの事でして……」
知る人ぞ知るバルディーニ。使用人もこの手の突然の来客の相手を散々してきているのだろう。こちらが何かを言う間もなく、言いたい事を言って扉を閉めようとする。俺は急いで締められそうになる扉に手を入れた。折角出て切れくれたのだ、あっさり帰すわけにはいかない。
「ちょっと待ってくれないか。一つだけ頼みたいことがある。この細剣をバルディーニ氏に見せるだけでいい、何も返事は要らない。それだけをお願いしたい」
初老の男性にアリスから奪い取った俺の細剣と、チップとして1,000ピネル銀貨を渡した。彼は俺をジロジロ観察した後、1,000ピネル銀貨を内ポケットに入れて、細剣を握ったまま屋敷へと戻って行った。
「ねえ、レア?大切な細剣を渡しちゃって大丈夫なの?」
アリスが心配そうに尋ねて来る。
「ああ、スミスの言う様にバルディーニが本物の名鍛冶師なら、俺達を屋敷に入れてくれるはずだ」
「もし、このままあの初老の男性が帰ってこなかったどうするのよ?私の細剣を取り戻してくれるの?」
俺の細剣だけどな。その時はその時で何か考えるさ、なんせ力ずくなら負けやしないからな。
そんな話をして30分ほど時間が経過した時である。使用人が再び俺の細剣を持って現れた。
「旦那様が特別にお会いになってくださるそうです。お入りになってください」
「ほらな、大丈夫だっただろ」
予想通りだ。これでバルディーニが名鍛冶師だって証明されたようなものだ。俺の細剣を見て作り方に加え、素材にも興味を持ったに違いない。それに一流の鍛冶師ならだれが作ったのかを知りたくなって当然だからな。
「うん、本当だね。でも作って貰えるかしら?もし作って貰えなかったらその細剣は私のものにするからね」
アリスは好きな事を言う。けれど、余程俺の細剣が気に入ったのだな。それはそれで悪い気はしないが、取られてしまうのは困る、なんとしても彼女の剣を作って貰わねばなるまい。
初老の男性に案内をされた場所は、中庭の前の軒下にある広い縁側。そのど真ん中に深緑色の作務衣を来たこれまた、白髪の初老の男性。その男性の前には鋼鉄製の長剣が数本分断され、投げ捨てられていた。
「旦那様、ご案内させて頂きました。こちらが細剣をお持ちになった方々です」
旦那様と言っている。やはり彼は使用人で、そこに座っているのがバルディーニだな。
使用人はバルディーニらしき人物ににそう言って軽く頭を下げ「では、私はこれで」と屋敷に中へ入って行った。
白髪で年を召している割には腕もごつく、肌の焼け具合からしても、見るからに鍛冶師って感じだ。
男は俺達の方を全く見ずに口を開いた。
「おい、それを見てみろ」
男は目の前に切られて散らかっている長剣を指さし、俺にそう言ってきた。
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第二章終了まで毎日投稿します。
巨匠は気難しそうです。




