24.匠を探せ
「おい、お前の所では客のオーダーを聞かずに、時期と値段を言うのか?」
ひげ面のおっさんは面倒臭そうに頭を掻きながら上目づかいに俺を見た。後ろからアリスが「もういいよ」と小声を出しながら俺の服の裾を引っ張るが、折角オリハルコンの原石を手に入れたのだ、どうせならいいものを作って贈ってやりたい。引くわけにはいかん。おっさんの方も、俺のいう事も一理あると感じたのか、面倒くさそうに再度尋ねてきた、
「何を作って欲しいんだ?」
「細剣だ。こんな感じのものを作ることは出来るか?素材の金属は持ってきている」
俺はひげ面のおっさんに細剣を手渡した。
「まあ、綺麗に仕上げているが、大した剣じゃないな。これくらいの剣で良いなら直ぐに作れるぜ」
ひげ面のおっさんは俺の細剣をクルクル回しながらそう言った。俺は細剣を返してもらうと、アリスの方に向き直った。
「アリス、出るぞ。この店にはお前の剣を作ってもらう価値はない」
俺の細剣の価値が判らない奴が、腕利きなわけはないのだ。俺がそう言って店を出ようとすると、ひとりの若造が俺の肩を掴んだ。
「おい、お前!ライザーさんに向かってなんてことを言うんだ。本当ならお前の剣を見て貰う事すらできないお方なのだぞ。それを見て貰った上に『作ってもらう価値が無い』などと、どの口がそうほざくんだ」
ひげ面のおっさんはライザーと言う名前の職人らしい。そして、この若造以外にも冒険者達を含め、多くの職人が俺を睨んでいる。ライザーとやら、大した腕じゃないくせに、評価だけはされているだな。
しかしこいつら、当たり前の様に絡んできやがって、俺に勝てるとでも思っているのか?職人は兎も角、冒険者に関してはどいつもこいつも生命力200そこそこではないか。多勢に無勢で安心しきってやがるのか? お前たちならアリス一人でも全員をのすことが出来るぞ。やれやれ、実力もそこそこなら観察力や感性もそこそこなのだな。
実力が無い分武器で補おうとする気持ちは分かるが、それをするのに、この職人を選ぶのは間違っているぞ、そこそこの武器を使ってもそこそこにしか成れないからな。まあ、俺の知った事じゃないし、それを言うつもりもない。ただ、揉め事は面倒だ、ここ仕方がないので大人の対応を……
「そいつは済まなかった。腕利きの職人に作って貰えないのと、俺の細剣の評価が低かったのとで、つい要らぬ事を言ってしまった。忙しい所面倒をかけたな、他を探すとしよう」
俺達はほんの少し頭を下げ、店を出た。俺の後ろで大声を上げて馬鹿笑いをしているライザーと冒険者の声が響き渡る。そして聞こえよがしに罵ったりもしているが、別にどうでもよい。俺たちの実力の有り無しは武術大会で明らかになるのだしな。
「すまないなアリス。揉め事を起こすつもりはなかったのだが……」
アリスはやれやれ顔で俺を見る。その表情が「大丈夫だよ」と俺に訴える。
「俺からの卒業祝いに細剣を贈ってやろうと持ったのだが……」
アリスはゆっくりと首を横に振った。
「ううん……そんな卒業祝いだなんてそんな……え?卒業祝い?ちょっと、それ、どういう事?」
いきなり風向きが変わった。あまりいい風ではない……アリスを見ると鬼の形相である。ははぁ、自分はまだ強くは無いと思っているわけだな。誤解を解いてあげないと。
「いや、アリスは十分強くなった。今のお前の実力ならあのギルドの冒険者の中でも上位クラスの強さだろう。もう、十分ひとりでやっていける」
そうだぞ。安心しろ。お前は十分強くなったんだ。だからこれからはひとりでも十分に……
「何を言っているのよ!」
アリスはかなり強い口調でかぶりを振った。
「え?」
なんでそんなに怒るんだ?そこ、怒る所か?俺は思わず絶句した。
「私の全てを差し出したのに、今更手放そうったってそうはいかないわよ!だいたいまだ強くなっていないわ」
え?何を言っている?俺はアリスに何もしてはいないが……
「す、全てを差し出したって……俺はアリスに何もしていないと思うが……」
気付かぬうちに何かやらかしたか?……嫌、どう考えてもそれは無い。何もしていないぞ。
俺が少し冷や汗を掻きながらアリスのいう事を否定すると、彼女は俺に向かって人差し指を突きつけた。ひ、人に指をさすのはダメなんだぞ……
「私があなたの前で下着姿になったでしょ。更にその下着を自分で取ろうとしたのよ。それは身も心も差し出したのと同じことよ。そんな事も判らないの?」
凄い理屈だ。これは何を言っても収集が付かないやつかもしれないな。
「……」
「何故黙っているのよ。何とか言いなさいよ!」
「あ、アリスの言う通りだな。もう少し強くなる必要がありそうだな」
アリスは「そうよ、まだ卒業なんて早いのよ」と言いながらそっぽを向いた。じゃあ、もう一度身と心を差し出してくれるかな?とか言ったら……それはそれで怒るだろうな。
アリスの機嫌はまるで夏の天気の様だ。もう少しこの関係を続ける旨を伝えると、いっきに機嫌がよくなった。
なんだかんだ言って、まだ子供だな。また、そこが可愛らしい所なのだが。
「まあ、卒業祝いに関係なく剣は作ってやるさ」
更なる俺のセリフにアリスはもっと上機嫌になり、ニコニコしながら俺の腕にしがみついた。やれやれ、まだまだこの関係は続きそうだ。
◇ ◇ ◇
俺たちが店を出て、当てもなく武具職人を探すしかないかと思っていると、後ろから俺達を呼ぶ声が聞こえた。かなり若そうな声だ。
「ちょっと冒険者さん、あの……」
「俺達に一体何の用だ?何かまだ罵り足りない事でもあったのか?」
「いえ、その……ライザー師匠に見せていた細剣をじっくり見せて頂けないでしょうか?」
追いかけてきたのは先程のライザーの店に居た若い職人のうちの一人、名はスミスと言った。実はスミスもライザーの作る武具に対して、決して悪いものではないが、名品と言えるほどの力強さを感じたことが無かったのだ。だが、誰一人としてそのように言うものは居ない、皆がライザーの武具を褒め称えるので自分の眼がおかしいと思い出していたところ、俺の細剣が目に入ったのだ。
ライザーは細剣を見て「大した剣じゃない」と言っていたが、スミスの眼にはそのようには映らなかったらしい。
俺がスミスに細剣を手渡すと、剣の細部まで舐めるように凝視した後、握りを試したり、振ってみたりと心地を確かめていた。そして彼は生唾を飲み込んだ後、俺に尋ねた。
「……これを作った人は、誰ですか?」
それを作ったのは俺の星、惑星イメルダのワイズマンと言う名の匠職人だ。当然、この星には居ないので死んだことにさせて貰った。すまぬ、ワイズマン。
「俺の知り合いの職人が作ったものだ。残念だが、この世にはいない」
意外な事にスミスはホッと胸をなでおろした。どういう事だ?この世には居なかったという事がホッとする理由なのか?ちょっとした疑問が湧いた時、隣でアリスが「作った人って死んじゃったの?何で?何で?」と俺の袖を引っ張りながら興味深く聞いてきた。
「アリス、少し待ってくれ、その辺りの話はおいおいするから……」と制すると、彼女は僅かに機嫌を損ね頬を膨らます。それよりも今はスミスの方だ。
「どうした?何故、そんなにホッとした顔をしている?」
「実は俺の知っているバルディーニと言う名の鍛冶師が居て、その人が作った剣によく似ていたのです。本当はその人に弟子入りしたかったのですが、家の借金の肩代わりにライザーさんに弟子入りしたのです。ライザー師匠の打つ剣も嫌いではないのですが、ある冒険者さんが持っていたバルディーニさんの打った剣を一目見て、心を奪われたのです」
「それがなぜホッとする理由になるのだ?」
「バルディーニさんはまだ生きています。あなたが素晴らしいと思い持っている細剣と俺が素晴らしいと思っている剣は似ています。感性が同じ人に会えた事と、その事でバルディーニさんが認められたようで嬉しかったのです」
「すまないが、そのバルディーニ氏が何処に居るのか教えて貰えないか?是非、俺の剣を打ってほしい」
俺の剣の素晴らしさを見抜いたスミスの眼は正しいだろう。アリスの剣を打ってもらう相手は決まった。よし、これからバルディーニに会いに行く。
いつも読んで下さりありがとうございます。
第二章終了まで毎日投稿します。
アリスはレアを離してはくれませんでした。




