17.基礎体力作りのついでに
100メートル程先の木々の間に灰色の毛が動いている、サーベルウルフだ。まだ距離があるのと、俺が気配を押さえているので奴らはまだこちらに気付いていない。
「アリス、止まれ。ほら、あそこに3体のサーベルウルフが居るぞ。そこで待機、俺の戦い方をよく見ておけ」
声を押さえた俺のセリフを聞いて、示した先をじっと見つめるアリス。必死になって呼吸音を押さえながら刀身の無いスペルサーベルを握りしめている。
奴ら以外周囲に魔物が居ない事を確認し、念のために再度アリスの魔力を補充した後、アリスをその場に置いて距離を詰めていく。サーベルウルフとの距離は約20メートル、気配を押さえなくなった俺にようやく気付いた魔物達は、牙をむき出しにして俺を睨んでいる。
あらかさまに敵意を向けて来るな、ヤックが言っていた「人間を根絶やしにしようとしている」と言うのは正しい様だ。有難い、情け容赦なく狩ることができる。
俺は亜空間ボックスからスペルサーベルを取り出した。いつもの如く軽く魔力を込めると、出現した刀身の白く光る輝きがどんどん増していく、俺はかかってこいと言わんばかり両手を広げた。
俺の身体が淡い光に包まれると、その挑発に乗ってやるぜとばかりに、殺意と牙をむき出しにしたサーベルウルフ達が、3体ほぼ同時に俺に飛びかかってきた。その生命力は122,120、133。
ほほう、130を超える奴もいるのか。だが、俺にとってはどいつもこいつもミジンコクラスだ。たわいない、勿論、奴らの鋭い牙が俺の身体に食い込むことは無かった。ヒュンヒュンと僅か3振りでそれぞれのサーベルウルフ達は真っ二つになったのだから。
「どうなっているのよ!何が起こったのか全然分からなかった……」
そう言って呆然と立ちすくみ、驚愕するアリス。俺は今倒したサーベルウルフの魔石を拾い彼女の元へと足を向けた。
「俺の身体が白く光っただろう。今のは『先見』と言って数秒先の未来が見える魔法だ。俺は武器を持って戦う時にはこの魔法を使う」
アリスは「そんな魔法を聞いたことが無い」と首を横に振る。知らなくとも仕方がない、魔術騎士独特の戦い方だ。
「『先見』は相手がどうのように動いて来るかが見えるので、躱すことも、その動きを利用してカウンターをかけることも可能だ。弾でさえ弾道が見えるので避ける事も、スペルサーベルで弾く事も可能だ。ただし、未来が見えたとしても対応するには、それ相応の身体能力が必要だ。お前にはその魔法と身体能力の両方を身につけてもらう」
本当はあんな奴ら『先見』を使うまでも無いのだが、俺の強さを強調する為に敢えて使ったのだ。目に見えた方が判り易いだろう。
ふふふ、あのアリスの驚いた顔、開いた口が塞がっていないではないか。実はアリスにも1体くらいは落として貰おうと思っていたのだが、まだスペルサーベルの刀身を出せないので、今日の所は方針変更。基礎体力作りから始めるしかない。
まあ、基礎体力作りと言っても特に何をするわけではない。この山を探索するだけだ。まだサーベルウルフの群れの所に行くには早すぎる、アリスの成長が全く追いついてはいない。
アリスには重力魔法が掛かっているので、山をうろつくだけで十分な体力作りになる。魔力量に関しては、まだ刀身の出ないスペルサーベルが一役買ってくれていて、もう既に10回はアリスの魔力を補充している。そして有難い事に、その魔力量もキャパも確実に増えていっているのだ。
何?そんなに補充をし続けて俺の魔力が枯渇しないのかだと?それに関しては心配ない。アリスの生命力は125、俺の生命力は250万くらいだから魔力量に関しても同じくらいの差がある。1回の補充を例えて言えば、満タンのビアサーバーからおちょこでビールを渡しているようなものだ。
そんな事はどうでもいい。実は空間認識魔法を行った時に発見したのだが、ここから更に奥に行ったところに岩山があり、そこにオリハルコンの原石があった。オリハルコンは大変貴重な鉱石だ、ここの金の単位で言うと1キログラムで10万ピネル位の価値はある。何故こんな所に有るのかは判らないが、そうやすやすと見つかるものではない。
オリハルコンで作った武具の硬度は最強だ、多くの一流戦士はこの鉱石で作られた武器を持って戦っている。スペルサーベルを持つようになってからはあまり使うことは無いが、俺も一応オリハルコンの合金で作られた細剣を持っている。上手く原石を手に入れることが出来れば、スペルサーベルの刀身が出ないアリスに剣を作ってやることもできるな。
そういう訳で、俺たちは山の更に奥の岩山へ向かう事にした。
◇ ◇ ◇
「はぁはぁはぁ……」
俺の後ろから激しい息遣いが聞こえてきた。若い女性の激しい息遣いはドキッとしてしまう。……失礼、思わず変な想像をしてしまった。
「何をそんな変な息遣いをしているのだ」
俺は振り返ると、顔面は紅潮、身体は汗だく、手足をガタガタ震わせながらアリスは次の一歩を踏み出さずにいた。
「へ、変な……い、息遣いって……はぁはぁ……何よ……ちゃ、ちゃんと……ついて行くから……はぁはぁ……先に行ってなさいよ……」
そう言いながらアリスは上目遣いで俺を見る。相当苦しそうだ。ああ、この状態は体力の枯渇だ。つまりHPほぼゼロっていう状態だな。どれ、仕方がない。
『回復』
淡い緑色の光がアリスを包み体力が全快した。一瞬驚きの表情を見せた彼女は、激しい息遣いも元に戻り「有難う」と言ったが、直ぐに俯いた。
「『回復』まで無詠唱で使えるのね……杖を振り回していた私がばかみたいじゃない……」
ボソッとため息をついているが、俺は耳もいいのだ。全部聞こえている。体力と魔力のキャパが増えればアリスも余裕で出来る様になるとは思うが、ぬか喜びになる可能性も否定はできない、それを言った方がいいのか、言わない方がいいのか。
「よし、私頑張る」
アリスは握り拳を作ってそう呟いた。可愛いな、心配は杞憂だったらしい。うむ、強くなれるように鍛えてやるからな。俺は活気溢れるアリスの表情を見て、何故か温かい気持ちになった。そこで知らぬ間に微笑んでいる自分に気付く。
……
はっ!……なんてことだ、俺としたことが、アリスを育てるのを楽しんでいるだと?いや、これはあくまでボランティア、仕方なしだ。楽しんでいるわけではない。そもそも、この星から出る事が最優先であり、ここの人間と深くかかわろうと思っていないからな。あくまでも手段だ、手段。
俺は自身にそう言い聞かせた。……深く考えない様にしよう。
も、もうオリハルコンの原石が有る場所は目と鼻の先。アリス喜べ、体力の向上に加えてオリハルコンも手に入るわけだ。こんなにいいことは無いぞ。
俺が何とも言えない表情を繰り返しているのを、アリスは不思議そうに見つめていた。
いつも読んで下さりありがとうございます。
レア自身は、自分はクールでダンディな男だと思っている様ですが、本当の彼はとてもお人好しで、人が大好きなのです。