16.負担を与える
「そういう訳だから、その杖に思い入れがなければ、杖を置いて修行をするのだ。だが、どうしてもその杖を使って強くなりたいのなら、それはそれで考えてみよう」
別に強引に杖を置けと言ってもいいのだが、戦うスタイルは個人の自由だ。その意思を歪めさせてまで俺の思い通りにすると、経験上強くなりきれない。彼女にとって杖を持って戦う事が戦闘スタイルとして認識しているなら、それを尊重してやりたい。
「大丈夫、今まで杖を持って魔法を使うと教えられてきたから、そうやっていただけ。こだわりはないわ。で、どうやって何も言わずに、杖もなしで魔法を発動できるか教えてくれる?」
「詠唱はその魔法のイメージを作り上げる為の時間稼ぎの様なものだ。イメージさえできればそのような呪文は必要ない」
「ふうん、よく判らないけど、分かった。レアの言う通りにするわ」
そう言ってアリスは杖を仕舞いこんだ。素直で宜しい。ならば話は早い、俺は亜空間ボックスから予備のスペルサーベルを取り出し、アリスに手渡した。
「先ずは、それに魔力を込めて刀身を出すのだ。取り敢えず属性は拘らなくても良い。さあ、やってみろ」
いきなりやった事も無い杖無し、詠唱無しの魔法発動は厳しいだろう。それよりも刀身を作り出すイメージの方が描きやすい。刀身を出すのに詠唱は要らないからな。ただし、一つ問題が……
アリスはスペルサーベルを受け取ると、それを強く握ってみたり、少し振り回したり、何か思いを込める様に祈ってみたり、眉に皺をよせ歯を食いしばってみたり、色々と試みていた様だが、刀身は出なかった。
やっぱりか……
上手くいかない時には決まって、それが壊れているのではないかと疑問に思うものだ。彼女もしかり、俺の持っているスペルサーベルをチラチラ見ている。その仕草だけでアリスの考えている事が手に取れるほど理解できる俺は、アリスの持っているものと、俺の持っているスペルサーベルを交換してやった。だが、結果は同じ。当たり前だ、俺は一切、小細工などしてはいない。
俺の心配が現実となった。アリスの魔力が圧倒的に足りてないのだ。
まあ、正直こうなるかもしれないとは思っていた。俺たち魔術騎士は厳しい訓練を乗り越え、スペルサーベルを片手に数々の功績を挙げ、英雄と呼ばれるほどの集団だった。その中でもトップの俺は相当凄い奴なのだ。え?俺の事はいいだと?すまぬ、つい。
生命力も俺たちから比べると極端に少ないアリスは、刀身を出せる程の魔力を持ち合わせてはいなかったのだ。しかしだ、強くなりたいのなら出来る様になるしかない。
しょげるアリスに俺は容赦なく次の手段を取る。
「やはり出せないか。アリスは基礎体力が低く、魔力も少ない。全体的に底上げをする必要があるな。基礎体力を上げる為に、アリスに先ずは10パーセント重力を上乗せする。魔力に関しては枯渇だな。使い切れば徐々に許容量が増える。全体的な基礎体力と魔力が増えたら、魔法の使い方を教えてやろう。それまでは俺に付いて来るだけでいい、それと、スペルサーベルは常に手に持ちそこに魔力を流すことをイメージしておくのだ、刀身は出なくてもよい」
俺はそう言ってアリスに重力魔法をかけた。この魔法は俺が解除しない限りかかり続ける。本人は辛いだろうが普通に生活をしているだけで体力が向上するのだから、身体強化にはもってこいの魔法だ、我慢して貰おう。それと、実はスカルサーベルを手に持ち刀身を出すイメージを持ち続けるだけで魔力は吸い取られるのだ。枯渇をすれば俺が回復させる。使えば使う程、鍛えられて魔力は増えるのだ。その繰り返しで徐々にでも、許容量を増やしていくしかない。
「身体が重い……」
魔法をかけた途端、アリスは片膝をついた。たかが10パーセントとは言え、されど10パーセントだ。突然の重力増は身体全てに影響を与え、慣れないうちは呼吸するのにも力を要する。フウフウと肩で息をするアリスは、もう既に息切れしそうな状態だ。やれやれ、今魔法をかけたばかりだぞ、まだ5分も経っていない。
「ひ弱だな、先が思いやられる。だがこれはまだ序の口だ。それに慣れたらどんどん重くしていくぞ。そして今日の所は俺が3体のサーベルウルフを倒すから、戦い方をよく見ておけ」
俺はそう言って西へと歩き出した。ここから真っすぐ1キロメートル先にはサーベルウルフ3体が居る。今日はそいつを倒してお開きとする予定だ。
肩で息をしながら必死になって付いて来るアリスは、100メートル程歩いたところで顔が真っ青になって、その場に座り込んだ。相当辛そうだ。
「だ、大丈夫……す、直ぐに立ち上がるから……」
額からは油汗が滲み出ている。単に暑いだけではない、原因は分かっている、魔力の枯渇だ。
「無理をするな。待ってろ直ぐに治してやるから」
俺はアリスの額に両掌を広げた。薄黄色い光が彼女を包む。
「嘘?気怠さが一気になくなったわ」
「ああ、さっきのは魔力の枯渇状態だ。まあ、スペルサーベルに魔力を込め続けると常に吸い取られている状態になるからな。基本的に魔力は生命維持にも一役買っているので、枯渇しすぎると生命維持に影響が出る。俺が傍に居る時には回復させてやるが、念のためにこれを渡しておく、枯渇になりそうになったら食べるといい」
俺が差し出した物をキョトンとしながら受け取るアリス。彼女がそれをじっくり見てみるとそれは真っ赤な飴玉。
「これ?……何?」
「それは魔力を回復させる飴だ。魔力の回復量は少ないが、今のアリスの魔力量なら全回復できるだろう」
魔術騎士が持ち歩く代物なので、アリスが見た事ないのは当然だ。回復量が少ないとはいえ、俺の枯渇状態から10パーセントは補充できるものだ。今のアリスなら飴の魔力保有量の1パーセント分もあれば十分だ。割って舐めて欲しいがけち臭いのでそんな事は言わない。
「そんなものが有るんだ……今の魔力量ならって、なんか引っかかるけどまあいいわ。ありがと」
少し不貞腐れ気味にそう言ったアリスは、飴玉をもう一度じっくり見た後、自分のカバンに仕舞った。
魔力は回復したが、アリスには10パーセント増量の重力が付きまとう。相変わらず肩で息をしながら必死になって付いては来るが、あっという間に疲労困憊状態だ。彼女の持つスペルサーベルは、相変わらず刀身が出る気配もなく、この状態ではスライムに出くわしてもやられてしまうだろう。
仕方がない、絶対的な魔力の容量が不足しているのだ。刀身を出すには相応の魔力が必要である。まだ刀身を出せる程の魔力量には至っていないという訳だ。現にたった1キロメートルの距離を歩く間に、もう既に3回の魔力を補充してやっている。
アリスも必死になって付いてきているが、表情は暗い。身体に負担が来すぎると精神も折れそうになり、今行っている事に不安を持ってしまうものだ。
だが、悲観ばかりではないぞ。俺自らが補充しているので分かるのだが、1回の補充量は着実に増えているのだ。枯渇するたびにキャパが増えているので、見込み有りだ。本人には自覚が無いかもしれないが、この増え方だと明日には刀身が出るかもしれない。まあ、ヒョロヒョロの刀身だろうけどな。
そんな状態ではあるが、何とか目的の場所には辿り着いた。さあ、俺の実力を見せる時だ。このやり方に不安げなその気持ちを払拭させてやるぞ。
いつも読んで下さりありがとうございます。
厳しい修行が続きます。