15.修行を始める
俺の一言で目を輝かせたアリスは猛ダッシュで掲示板へ走って行った。彼女が俺の実力を半信半疑でいる事は十分承知している。なんせ、俺が戦っている所を見たことが無いからな。初めて俺の実力を知れる機会が来たわけだから興味深いのだろう。
だが考えてもみろ、彼女は俺の実力など全く知らない癖に、弟子になりたいと言い出したのだ。ここの住人は皆こんなに適当な奴ばかりなのかと疑問に思ってしまうがまあいい。先ずはサーベルウルフを大量に狩って、さっさとアリスを強くするだけだ。ん?なんだって?他の冒険者の為に、少しは遠慮したらどうかだと?馬鹿を言うな、この世界は実力重視だろう、悔しければ俺より先に狩ればいいだけだ。
「レア、取ってきたよ。何体とか言うのは無かったけど、『サーベルウルフの魔石1個につき300ピネルで買い取ります』それと『サーベルウルフの牙5本3000ピエル』『サーベルウルフの毛皮1枚750ピネル』だって」
アリスが嬉しそうに依頼書をペラペラさせながら戻ってきた。よしよし、魔石1個につきという事は、数に制限は無いという事だな。つまり何体狩っても大丈夫ってわけだ。だが、牙と毛皮とはなんだ?
「牙と毛皮はどうやって採取するのだ?」
以前サーベルウルフを倒した時には魔石しか落ちなかった。何か特別な討伐方法でもあるのか?
「牙と毛皮は時々ドロップされるものよ。まあ、100体も倒せば数枚は落ちるんじゃないかしら」
そうか、ドロップがおこる事も有るのか。なになに?牙は学校用の標本?毛皮は太鼓や、三味線の皮に使用されるとな。この星にも太鼓とか三味線とかが有るのか。そういえば、百科事典にそう書いていたっけ。
依頼を受けたなら、最低でも牙を5本と毛皮を1枚手に入れるまではサーベルウルフを倒し続けないといけないという訳だな。上等じゃないか。
「成程、それと魔石の買い取り価格はギルドと同じだな。どうせ依頼にするなら少しくらい色を付けてくれればいいのに」
「え?レアはサーベルウルフの魔石をギルドに売った事があるの?」
ノービスなのに、いつサーベルウルフを倒したの?って感じの顔だな。
「ああ、冒険者になる前に倒した奴の1個を持っていたのでな」
「そうだよ、拾ったんだって。ラッキーだよね」
すかさずヤックが横から口を挟んでくる。だから、拾ったんじゃない倒したのだ。それも小石で。もう訂正する気も起きないがな。
あの石は丁度この星に着いた時に、俺を襲ってきた奴の魔石だ。サーベルウルフの魔石は何故無数に買い取ってくれるのか?と問うと、あの魔石は主に水を浄化する時に使うので、いくらあっても問題はないのだと。依頼主は浄水場とかなのかな?
まあ、そんな事はどうでもいい。前に出くわしたサーベルウルフの強さは確か120だった。個体によって多少違いはあるだろうが、アリスの強さは125なので、1体ならギリギリひとりで倒せるくらいか。複数体が同時に出てくると厳しいだろうな。
だが、一気にランクを上げる為にも100体は倒したいと思っている。敢えて集団生息の場所に向かうつもりだが、先ずは単体だ。アリスがどの様にして戦うのかを見せてもらわねば。
◇ ◇ ◇
ヤックにアリスと俺をパーティとして登録してもらい、依頼書に受諾の印を押してもらった後、俺は山に向けて空間認識魔法を施行した。サーベルウルフの群れを探すためだ。
「サーベルウルフは冒険者にとって強い魔物ではないけれど、Gランクの人がどうにかソロで倒せる強さなんだよ。それも単体での話だからね。特にレアはノービスなんだから、気を付けて戦ってね、複数体を見つけたら必ず逃げるんだよ」
またノービスか……探索の最中にヤックに注意を促される。心配をしてくれているのだろうが、彼女は俺の実力を知らないので致し方ない。否定するのも面倒なので「ああ、忠告有難う。気を付けるよ」とだけ言っておいた。……このやり取りをアリスはどの様な気持ちで聞いているのだろう。
手を振ってくれているヤックを背に、ギルドを出ようとした時、俺たちは様々な冒険者から声をかけられた。集団やパーティのお誘いだ。残念だが俺は集団に入るつもりはない。集団に入らなくともどんな魔物でも余裕で戦えるし、自分の星へ帰ることを目的としている俺は集団の活動で時間をつぶしたくはないのだ。アリスは、今まで入っていた集団はパーティを追放されたので脱退するつもりらしいが、ソロ活動を強要するつもりはない。俺との修行に支障が無ければそのまま継続でも良いのだが、暫くは修行に専念してもらう。
勧誘してきた奴らには、やんわりと断りを入れたが、不服そうに睨んでいる奴もいる。今後難癖をつけられる可能性も、念頭に置かねばなるまい。
それでも何とか揉め事にはならずに済んだので、俺たちは直ぐにサーベルウルフの居る山へと向かった。
◇ ◇ ◇
「この林道から外れて1キロメートル西へ進んだところに、3体のサーベルウルフが居る。俺の武器はこれだが、アリスは何で戦うのだ?」
「1キロメートル先に3体のサーベルウルフが居るですって?」なんでそんな事が分かるのだろう?と不思議そうな表情を浮かべるアリスに、空間認識魔法の説明をする。彼女にとってそのような魔法は聞いたことが無いと不思議がるが、そんな事より討伐の準備だ。
俺は亜空間ボックスから俺の武器である『スペルサーベル』を取り出した。そんなものを出さなくとも、サーベルウルフ如き投石で倒せるのだが、指導をする上でそれなりの格好をつけなければならない。俺が投石で倒してしまうと、それを真似てアリスも投石するだろうが、絶対に倒せない。よって、今後の為にも戦いの王道を見せる必要があるのだ。
スペルサーベルの見た目は単なる短い棒、しいて言えばすりこぎ棒の様に見える。地球で見た映画の中にスペルサーベルとそっくりなライトサーベルというものがあるのだが、決して真似をして作ったわけではない。この武器は惑星イメルダの魔術騎士が昔から使っている最強の武器なのだ。それは魔力を込めると棒の先から魔力で作られた刀身が出現する。魔力が無いと使えないが、折れる事も無く切れ味も良い。
「なにそれ?そんな武器見たことが無い、どうやってそれで戦うの?」
不思議がる彼女の目の前で、俺はスペルサーベルの刀身を出した。見た目は映画の中のライトサーベルそっくりだが、刀身の色は今は白。このサーベルの良い所は刀身に属性の魔力を込められるところだ。炎の魔力を込めると赤い刀身になり、水の魔力を込めると青くなる。つまり相手の属性に有利な刀身で戦うことが出来るのだ。俺はそう説明しながら刀身の色を七色に変えてみた。
「す、凄い……私の武器はこれなの」
アリスはローブの懐から木の棒を出した。長さは30センチメートル程で直径2センチメートル程度、いわゆる魔法の杖って奴だ。そう言えばギルド周辺でも杖を持っている奴はいたな。この世界で魔法を使う奴はそれが必須アイティムって訳か。それを振って先から水だの火だのを出して敵を攻撃するわけだ。まあ、在り来りだな。
「その杖は何か思い入れのある品か?」
「え?どういう事?」
「つまりこういう言う事だ」
俺は何も持っていない左手の掌を真正面に広げ、そのまま無言で炎と水の魔法を放った。俺の手から飛び出した炎の玉は、10メートル位の先の木にぶつかり燃え上がったが、すぐさま後から追いついた水流がその炎をかき消した。
「つ、杖が無くても魔法を出せるの?それも何の詠唱も無しに……」
アリスは目の前で起こった出来事を呆然と見ていた。この星で、そういう魔法を使うものは誰も居なかったのだろう。しかし、詠唱なんてしていたら場合によっては、その隙にやられてしまうぞ。そんな危険な方法を俺は使わない。
「詠唱なんてなくても魔法を出せる様にするんだ。そして、杖を持つ代わりにこのスペルサーベルを持つ。今日から魔法とサーベル両方がお前の武器だ」
いつも読んで下さりありがとうございます。
いよいよ修行の始まりです。