13.やれやれ
俺のセリフに対してアリスは黙って俯いていた。これだけの事を言えば「人の弱みに付け込んで卑劣だ」等と減らず口を叩き、出て行くだろうと思ったが、一向にその気配はない。
多分沈黙は5分程度だったと思うが、その倍は経過している気がする程、重苦しい空気だ。くそう、どうにでもなれ。
「じゃあ、アリス。服を脱いでもらおうか」
俺がそう言うと、アリスは俯いたまま一つ一つ、ゆっくりとローブのボタンを外しだした。アリスは小刻みに震えながらも自分からローブを脱ぎ去り、インナーシャツも脱ぎ捨てた。目の前には下着だけを身に着けて、自身の身体を抱え怯えた猫の様に俯いている若い女性だ。その仕草はどう見ても男性経験があるとは思えないものだ。
下着だけの体には余分なぜい肉は無く、それなりに鍛えられている。程よく膨らんだ胸とキュッとしまった腰がスタイルの良さを強調させていた。きっと彼女のその姿を見た男で、生唾を飲まない奴はいないはずだ。
彼女が自身で背中に手を回し、下着のホックに手をかけようとした時、俺はそっとそれを制止し、そっと肩に手をのせた。アリスはその仕草に、下着を外すのは俺の仕事だとでも思ったのだろう。腕を下に垂らし、薄目を開けた後、再び目を瞑り顎を上に持ち上げた。
アリスは自分の唇を俺に差し出したのだ。
だが、俺は床に落ちた衣類を拾いアリスの肩に再びかけて、ボタンを掛けた。
「え?」
アリスの眼が開いた。俺の行動が不可解だったのだ。
「もういい、アリス、お前の覚悟はよく理解した。俺がアリスを鍛えてやる」
そもそも、俺はアリスを抱くつもりなど無かった。ただ、引き下がってもらいたかっただけだったのだが、その覚悟に負けてしまったという訳だ。きっと、アリスもほっとしているだろう、と安易に考えていると、アリスは俺の顔にローブを投げつけたのだ。
「女に恥をかかすなんて……私の覚悟を何だと思っているのよ!」
「え?それは喜ぶことであって、怒る事ではないんじゃないか?」
その行動にあっけにとられた俺は、拳を作って睨んでいるアリスを何とか宥めようと再びローブを差し出したが、彼女は益々ヒートアップ、再びローブを投げつけられた。
「私の事を誰にでもこんなことをする軽い女だと思っているのでしょう!私だってね、人をちゃんと見ているのよ。私って、そんなに魅力が無いって訳?ただ単に身体を任せようとしたわけではないわよ、その分何十倍も強くなって、その事を後悔しない様に……」
アリスは悔しさのあまり涙が止まらなくなっていた。強く握りしめた両拳が小刻みに震えている。こんな事なら素直に教えてやると、言っておけばよかったと若干の後悔をした。
こんな展開になるとは、誰が予想をするだろうか。抱かなかったことで帰って怒られるとは思わなかった。女性の気持ちをちゃんと理解していなかったという訳だ。俺もまだまだだな。
だが、目の前で泣いているこの娘を放っておく訳にもいくまい、この事態の原因は俺にもあるわけだし、何より、この雰囲気がずっと続くのはとても耐えられぬ。結局のところ、また俺はしてやられたわけだ。
やれやれ、今日の星占いで最低ランクだったのはむしろ俺の方かも知れぬ。こういう場合の対処法の定番は先ずは謝罪だ。ふぅ、気持ちを落ち着けてと。
俺はローブを持ったまま、目の前でシクシク泣いているアリスをもう一度見つめた。この娘の想いを軽く見ていた事を反省した。
「気もちをちゃんと理解せず、すまなかった。アリスは魅力的だよ。だがな、俺も自分のプライドに掛けて人の弱みに付け込むようなことはしたくないのさ。試すような真似をして本当にすまなかった」
俺はそう言って頭を下げた。涙目を拭こうともせずに、アリスは上目遣いで俺を見た。そして、漸く結んだ拳が解かれたのだった。
こんな事を思うのは場違いかもしれないが、涙目になっている彼女も男を刺激する可愛らしさだ。そもそも俺自身が変な気を起こさない様に律せねば……よし、これからアリスは単なる弟子として扱い、女生とはみなさない。
「傷つけてしまったお詫びに強くしてやるが、俺は厳しいぞ。そしてついて来られなければ容赦なく切り捨てる。アリスが女性だからと言って遠慮もしない。それでも良ければ今日から共同生活を行う。明日はもう少し広い部屋を取るが、一応アリスは弟子なので、今日はそのソファーで眠ってくれ」
アリスはピシッと敬礼をした。何とも可愛い敬礼だ。
ふぅ、結局はアリスの粘り勝ちだ。抱くこともせずに、叱られもした。惑星イメルダの部下たちにその事を話したら「なんてもったいない事をするのですか」と、笑い飛ばされるだろうな。ふふふ、だが、それが俺だから仕方がない。不器用かもしれないが俺はそんな自分を結構気に入っている。
そんな事を考えると、ついつい俺の口から笑いが漏れた。
「もう、何をひとりでニヤ付いているのですか?一人笑いって助平さんがする事ですよ」
漸く機嫌の直ったアリスは、俺の顔を見て微笑みかける。
「まあ、そうだな、気を付けるよ。でもな、お前もいい加減に服を着た方がいいぞ」
俺の一言で今の自分が下着のみの姿だったという事に気付いたアリスは、顔を真っ赤にしてローブで身体を隠しながら、バスルームの方へかけて行った。さっきまでは自分で脱いだくせにおかしなものだな。あ、そうか。俺が脱げって言ったんだっけ……まあ、いいか。
そう言えば、アリスに俺の事は一切何もしゃべっていなのに、よく一緒に居る気になったものだ。丁度いい、そのついでにこの世界の事をもっと教えて貰う事にしよう、百科事典に載っていない事など山ほどあるからな。
◇ ◇ ◇
翌朝、追加料金を払ってアリスと一緒に朝食を食べた。それと、更にツインルームに変更してもらう為に、更に2万ピネルを支払った後ギルドに向かった。
「あらららら、レアさん手が早いですねぇ、もうそんな素敵な娘を見つけちゃって、世界中の女性たちに『この男の人危険ですよ』って言いふらそうかしらねぇ」
俺とアリスが一緒に行動しているのを見て、ヤックがニヤニヤしながら嫌味を言ってくる。
「いや、待て。俺たちはそんな関係ではない、この娘はまあ、なんだ、俺の弟子だ」
「またまたぁ、物は言いようよね、何の弟子かしらね?」
「くっ、アリス、おまえも何とか言え。お前の沽券にも関わるぞ」
俺はアリスに誤解を解いてもらうよう目で訴えたが、彼女は目を細めて意地わるそうな笑みを浮かべた。
「あら、あなた。そんな冷たい事を言わないでよ、一晩一緒に過ごした仲じゃない」
あ、あなたって……そんな呼び方した事も無いくせに、昨夜の仕返しのつもりなのだろう。予想外のアリスの一言に、ヤックは耳をピクピクさせながらニヤ付いた顔で俺を見る。
「あらあら、仲が良くてよろしいわね。ご馳走様」
おいヤック、ご馳走様ってなんだ。昔に流行っていたような文句だぞ。ここは時代遅れ星か、全く……
取り付く島もない。それにこれ以上何を言っても泥沼に嵌っていくだけだ。
「もうどうでもいい、ヤック、俺が受けられる討伐依頼の中で一番強い敵はどれだ?」
「え?今日は薬草じゃなくて討伐なの?」
「ああ、アリスの修行も兼ねて今日から討伐だ。どれだけ強くてもいい、教えてくれ」
ほへ?
俺の依頼に、ヤックは口を開けたまま首を傾けた。これって、そんなに突拍子も無い依頼なのか?
いつも読んで下さりありがとうございます。
無事?弟子が出来ました。