11.やはりこうなるのか
美味い、歯ごたえがあって、瑞々しく、新鮮感が溢れている。出されたサラダを二人ともペロリと食べ終わるかな、という絶妙なタイミングで次に運ばれてきたのは海鮮パスタ。エビやホタテの様な魚介類が贅沢に盛り込まれているが、コンソメベースで作られたそれは、見た目よりあっさりとしており、とても美味い。量はとしては少量。まだ次に料理が続くことを伺わせる。
3品目に出てきたのは分厚いステーキ肉、相当なボリュームだ。ひとり分が500グラムくらいありそうだった。サービスかも知れないが、俺は兎も角、女子が食うには多すぎるぞ。残念だが品の無さを感じてしまう。
「マニーナ牛の子の肉のステーキです。味付けは塩胡椒のみになります」
用意されたフォークとナイフを肉に入れると、殆ど力を入れていないのにスッと入っていく。驚いた、なんて柔らかいんだ。
サイコロステーキくらいの大きさに切り取り、それをゆっくり口に頬張った。
蕩ける様な柔らかさ、それに口の中に広がる肉汁に加え胡椒の強烈な香り、肉の甘さと胡椒の辛さが絶妙なバランスを取っている。塩も胡椒も選びぬかれたものを使っているに違いない。兎に角美味い、なんて素晴らしいのだ。
それに、なんてこった。500グラムはあるはずなのに全く胃に負担が来ない、これなら1キログラムでも食べてしまいそうだ。品が無いなど言って悪かった、この店は素晴らしい。
俺があまりの美味さに感激していると、滴り落ちる水が視界に入った。何事だ?ふと前を見ると肉を頬張ったアリスの眼から涙が滴り落ちていた。
「な、なんだ?料理が美味しすぎて泣いているのか?」
流石に若い娘が泣いていると焦ってしまう。確かにとても美味いが、泣くほどのものだろうか?俺の頭の中に疑問が渦巻く。
「うん……美味しい……冒険者になってからこんなに美味しいものを食べた事ない。それに、こんなに優しくされたことも……」
その発言から、アリスが冒険者になり、ようやくGランクにはなったものの、なかなか辛い思いをしてきたのだという事を察する事が出来た。
「冒険者になってから辛い思いをしてきた様だな。どうしてそんなに辛いのに冒険者をやっているんだ?こう言ったら失礼だが、アリスの美貌なら他に稼げる仕事などいくらでもあるだろう」
「私が冒険者になったきっかけは……」
その冒頭部分を聞いた瞬間、俺に焦りが生じた。
しまった、迂闊な発言をしてしまった。きっと、これは長くなるやつだ。まずいな、折角の美味い料理を集中して食えなくなってしまう。
目の前の娘は涙を拭きながら、聞いてもらえる事を前提に話を続ける。だが、その質問を振ってしまったのは俺自身である。身から出た錆だ、仕方なし。
長々と続けられた話の内容を要約すれば、両親を早くに失くしたアリスは、兄と共に祖父母に育てられた。決して裕福ではなかったが、二人とも大切に育てられ、恩返しをしたいと思うようになった。そこで、兄は冒険者になって一流になり、恩返しをすることを夢見たのだが、志半ばで病の為に亡くなってしまった。そこでアリスは兄の思いを引き継いで冒険者になり、一流になると誓ったそうだ。
「自分の為と言うより、亡き兄の為なんだな。誰かの為に立てた誓いなんかに振り回されなくてもいいんじゃないか?冒険者の仕事は時に命がけだ。誰かの為に立てた誓いの為に出来る程、容易いものではないだろう。それに今まで辛い事ばかりだったのだろう、さっさと引退して別の仕事を探した方がいい」
しまった、食事を邪魔されたこともあって、少々厳しい事を言ってしまった。実はおれもなり立て冒険者でランクはノービスだと追加すれば、「ノービスがひった様な口をきかないでって」怒って立ち去っていくだろうか?
しかし、本当の事なので仕方がない。何時でも俺の様な善人に出会えるとは限らないし、先程みたいにフラフラしていれば、いずれ痛い目を見る。それならば保護されるような定職に就いた方が絶対いいのだ。
だが、アリスは黙ったまま何も言わない。仕方がないので話を続けた。
「それにあいつらの事は知っているのか?マフィアの『ブラックシューズ』の一員でゲルダっていう奴だ。この街ではああいうハイエナの様な奴らが沢山うろついているんだ。再びこんな事があれば、次こそどこかに連れていかれてしまうぞ」
少々脅しをかけてみた。これも本当の話だ、また聞きの話だけどな。俺はこの際引導を渡してやろうとさえ思ったのだ。だが、アリスは予想外にも別の質問を投げかけてきた。
「あ、あなたも冒険者なのでしょう?どれくらいのランクになればあのような輩に強く出られるのですか?」
アリスの眼が吊り上がり、少し顔を赤らめた。少し腹が立ったのか、辞めるというより対処方法に目を向けてきたのだ。
お、来たかその質問が。本当の事を言えば憤慨して立ち去るだろうか。それとも、例えば嘘をついてBランク位だと言うと納得するのか?残念だな、俺は嘘はつけぬ。
「俺はノービスだぞ」
「え?ノービスなのに何であの人達は逃げて行ったの?」
ノービスと言えば、アリスよりランクは下だ。俺の返答にアリスは怒るというよりも、大いに戸惑った様だ。アリスの経験上、こんなにもお金を持っていて、あんなチンピラにものが言えるノービスなど出会ったことが無かったのだろう。そんな人が何故ノービスで冒険者をやっているのか、不思議でならないという顔をしている。
だが、俺にとってそんな事は全くどうでもいい事だ。
「それは俺が物凄く強いからだ。そしてその事を奴らが知っているという事だ」
アリスの開いた口は塞がらなかった。正に目から鱗か、全く当たり前の事を言ってやっただけだが。強い奴には逆らえない。そこにはランキングなど二の次だ。
「つまり、都合よく使われたくなければ、ランクは関係なく、周りに実力を示せという事ね」
「まあ、そういう事だな」
そこまで話すとアリスは突然肉を食べ始めた。先ほど迄の悲愴な表情から打って変わって、何かが吹っ切れた様に表情も明るくなり、とても美味しそうに肉を食べる様になったのだ。量が多いと心配するのは杞憂だった。アリスもぺろりと食っちまったぞ。
それだけ食えるようなればもう安心だな。その後出されたレモン風味のジェラートを美味しそうに食べた後、アリスは俺に頭を下げた。
「なんでもします。私を強くしてください」
なんだと?なにかこうなりそうな予感がしたのだ。当然の如く、俺は顔を歪めた。
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